解放区


「起きろ!!」

侵入者の気配に全く動じることなく高鼾をかくナルトに、シカマルはカーテンを引きながら怒鳴りつける。
ついでに窓を開けて振り返ると、ナルトはベッドに半身を起こしていた。
眠そうに目元をこするナルトは、シカマルと目が合うなり、にっこりと笑う。

「おはよう」
「女くせーぞ、この部屋」
ナルトを無視したシカマルは辺りを見回して言う。
雑然とした部屋は、ナルトの部屋らしくラーメンの袋や巻物の類が散らばっている。
香水や化粧品の匂いを感じさせるものはない。

「気のせいじゃないの?」
「・・・これも気のせいかよ」
部屋の隅で座り込んだシカマルが摘み上げたのは、女物のストッキングだ。
おそらく、明け方までこの部屋にいた女性の忘れ物。

「夫の浮気現場を発見した奥さんみたいだよ。シカマル」
悪びれもせずに言うと、ナルトは椅子の上に置いてあった制服を身につけ始める。
ギスギスした雰囲気と違い、窓から入り込む外気は春の到来を予感させる暖かなものだった。

 

 

「念願の火影になれたってのに、何で里長の家に引っ越さないんだ」
「あそこ、警備が物々しいから。女の子が入りにくいじゃん」
口元に手をやると、ナルトはアクビ交じりに答える。

今日は長老達が集まる大事な会議があるというのに、ナルトの遅刻癖は一向に治らない。
下忍時代の担任の影響か。
成り行きで火影付きの忍びになってしまったシカマルとしては、良い迷惑だ。
早足で歩いているとはいえ、間に合うかどうか怪しい。

 

「俺さ、夜一人で眠れないんだよ。嫌な夢ばかり見るんだ」
「子供か、お前は!!」
取り繕うナルトを、シカマルは睨みつける。
「理由はどうあれ、毎晩女をとっかえひっかえってのは、あんまり感心できねーぞ。火影としての自覚を持てよ」
「でも、おかしくってさ。俺が火影になったとたん、里の連中が掌を返したように俺に媚びてくるの。女の子にもモテモテ」
「誰か一人に絞れよ」
「それは、無理」
即答したナルトを、シカマルは横目で見る。

「だって、誰のことも愛していないんだもの」
ナルトの口から漏れた言葉に、シカマルは思わず立ち止まった。
眉をひそめているシカマルを振り返って、ナルトはくすりと笑う。
「火影にならなかったら、俺のことなんて見向きもしなかった子ばかりだ。俺が心からいとおしいと思える人は、後にも先にも一人だけだよ」

 

 

長い付き合いであるシカマルには、ナルトが言っているのが誰なのか、すぐに分かった。
ナルトと同じスリーマンセルの一人。
ナルトはアカデミーにいたころから、彼女を追い掛け回していた。
だが、その彼女も、今では結婚して一児の母となっている。

ナルトの中にいる九尾の妖狐の話を聞いたとき、サクラは妖狐に怯える素振りは少しも見せなかった。
ただ、涙した。
大きすぎる秘密を抱え、一人で生きてきたナルトの境遇を思って。
ナルトにとって、サクラが気になる女の子から、掛け替えのない存在へと変化した瞬間だった。

 

 

「・・・そんなに思ってるなら、サクラから離れなければ良かっただろ」

シカマルの主張は最もなことだ。
7班が解散して以降、ナルトとサクラが親しく付き合っていたことを、シカマルは知っている。
恋愛関係に発展していたかどうかは本人達にしか分からないが、傍目で見ていても二人はいい雰囲気だった。
てっきりそのまま一緒になるものと思われていたのに、サクラが最終的に選んだ相手はナルトではなかった。
噂では、ナルトが二人の間を取り持ったらしい。

「サクラはお前のことを好きだった。何でわざわざ他の男に譲ったりしたんだ」

長い間疑問に思っていたことを、シカマルは問いただす。
いつになく真面目な口調のシカマルに、ナルトは困ったような表情をした。
シカマルの視線を避け、ナルトはちらりと隣家を盗み見る。
朝の出勤の時間。
今はまだ周りに人影はないが、どの家から人が出てきてもおかしくない。
ことにナルトは、火影という立場を除いても注目されている人間だ。

 

「大切だったからだよ」

小さく呟くと、ナルトは親指で進行方向を指し示す。
歩きながら話そうという合図。
再び肩を並べて歩き始めたシカマルに、ナルトは薄い笑みを浮かべる。

「仔犬がいたんだ」
「・・・どこに」
「俺の家に」
「そんなの、聞いたことないぞ」
「だろうね。2週間しかいなかったから」
「・・・・へぇ」

ナルトの言葉はどうも要領を得ない。
いちいち質問することも疲れるが、これがサクラの話とどう関係しているのかも不明だ。
「どっかに貰われたのか?」
面倒くさそうに訊ねるシカマルに、ナルトは首を振った。

「俺が殺したんだ」

 

 

 

九尾の妖狐が体に住んでいたからか、それとも相性の問題か、ナルトは動物に好かれるという経験がほとんどなかった。
だが、その仔犬だけは違った。
ある日、アカデミーから帰る途中に見つけた、捨てられた仔犬。
自分を威嚇することなく、擦り寄ってきた仔犬を見たときの嬉しさといったら、ナルトは口で言い表すことができない。

さっそく仔犬を自宅へ連れて帰ったナルトは体を洗い、エサを与え、一緒に眠るという生活を続けた。
玄関の扉を開け、駆け寄ってきた仔犬を抱えたときは、これ以上ないほどの幸福を感じたものだ。
ナルトと仔犬の関係が一変したのは、仔犬がナルト以外の人間にも懐いていたことを知ってから。

 

庭に出していた仔犬は、近くの家に住む少年に、甘えた声を出していた。
おそらく、動物好きの少年なのだろう。
ためらくことなく、仔犬の体に触れている。
それを目撃したとき、ナルトは強いショックを受けた。

近所の住人と仔犬が仲良くなるなど、世間ではよくあること。
だが、家族のいない、仔犬だけが心の拠り所だったナルトには、それが酷い裏切り行為に見えた。

 

それから、ナルトは仔犬を家の外に一歩も出さなくなった。

自分だけを見るように。
他に、注意を引くものを見つけないように。
仔犬が嫌いだったからではない。
大好きだったから。
ずっとずっと一緒にいたいと思ったから。

拾って丁度2週間後、仔犬は死んだ。
ストレスが溜まっていたからか、それとも他に理由があるのか。
ナルトに分かるのは、おそらく自分が拾わなければ、仔犬はまだ生きていたであろうということ。

 

 

「サクラは仔犬じゃない・・・・」
だからそんな話とは無関係だ、と言おうとしたシカマルだが、言葉が続かなかった。
ナルトの抱える孤独。
それは、ナルトにしか分からないものだ。

「そう。だから、困るんだ」
言いながら、ナルトは寂しげに微笑する。
「大切なものを見つけたら、俺はまた同じことをする。俺以外の誰の目にも触れないように、逃げられないように、閉じ込める。そんなことしたら駄目だって思っても、止められない」

ナルトは空を見上げた。
そこには、ぬけるような青空。
届かないと分かっていても、ナルトは天高く手を伸ばす。

「サクラちゃんのことは、手放すことができるくらい好きだったんだよ」

 

 

 

会議が行われる建物はもう目と鼻の先だ。
何とか時間にも間に合いそうだが、シカマルの顔色は冴えなかった。

「・・・ナルト、お前、夜一人だと眠れないって言ってたよな」
「そう」
「だからなのか」
真剣な表情で問い掛けるシカマルに、ナルトは黙りこむ。
シカマルは聡い。
ナルトの浅知恵など、全てお見通しだ。

 

夜遊びをするような女を選んで、部屋に連れ込むのは。
好きになりたくないから。
もう誰も、仔犬のように死なせたくない。

信頼できる仲間や友達が出来た今でも、ナルトは夢を見る。
寄る辺のいない、幼い頃の孤独の日々を。
夜に目が覚めて、真っ暗闇で一人だと分かると、死にたい気持ちになった。
誰かに側にいて欲しいのに、他の生き物だと、情が移ってしまう。
だから、大切な存在にはならないようなものを、ナルトはわざわざ選別している。

 

 

溜息をついたシカマルは、持っていたファイルでナルトの頭を叩く。

「資料、ちゃんと読んだか?会議で居眠りしたらしょうちしねーぞ」
目を丸くするナルトの横を素通りし、シカマルはすたすたと会議室へと向かう。
分かっていても、シカマルは深いことは口出ししない。
できる限り手助けはしても、あとは本人の意思に任せる。
ただ、面倒くさいのかもしれない。

「俺、お前のそういうところ、わりと好き」
慌てて追いついたナルトに、シカマルは顔を顰めた。
「俺はお前の添い寝はしないぞ。気味が悪い」


あとがき??
・・・・切ない話に思えるのは、私だけでしょうか。
普通にナルサクにしようと思ったのに、完成したら全然別物に???
サクラ、登場しないし。あれ?

ナルトは私にとって好き、嫌いという言葉では表現できないくらい大切なキャラです。
サクラやカカシ先生のことは大好きーvvとはっきり言えるのですが。
ナルトは、他のNARUTO登場人物とはちょっと別次元にいる。
とにかく、ひたすら、大切。
うちの駄文では、毎回辛い思いをさせて悪いと思っております。
でも、私が一番惹かれるのはナルトの悲しい部分なので。

シカマルとナルトのコンビは大好きです。天才とお馬鹿。(笑)
シカマルは参謀として役に立つキャラだと思います。
サスケだと、誰かの下について働く副官の役割は、性格的に無理。プライド高し。


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