右手に嘘 左手に愛
「いい天気ですね」
「そうですね」
カブトの家の縁側で、サクラは彼と年寄り夫婦のような会話をする。サクラが彼の家を訪れたのは今日が初めてではなく、本を借りる等の言い訳をしてここ一週間毎日来ている。
それには、理由があったからだ。
死の森での出来事。
サクラは途中で失神したが、断片的には記憶が残っている。
つまり、口では言えないようなことをしている記憶が。
それが夢だったのか、現実だったのか、本人に確かめようとして、だらだらと時が過ぎてしまった。
茶を一口すすったサクラは、意を決してカブトに向き直る。
「あの、カブトさん!」
「はい」
気負うサクラとは対照的に、カブトは穏和な笑顔で振り返る。
とたんにサクラの意気込みはしぼんでいき、反比例して、顔に熱が集中していった。
「な、何でもないです・・・・」
サクラは消え入りそうな声で言うと、真っ赤な顔で俯く。こうしたのんびりとした空気に包まれた状況で、自分達の間に何かあったのかとは、聞き難い。
あのときのことが、夢だったのではとさえ思えてくる。
当のカブトが、面白そうに笑って自分を見ていることに、サクラは全く気付いてなかった。
「あの、サクラさん。ボク、明日からちょっと所用で里を離れるんです」
「え!?」
驚いて顔をあげたサクラに、カブトは両の手を差し出した。
掌には、それぞれ何かを握っている。「どっちがいいですか」
「え??」
「選んでください」
にっこりと微笑まれ、訳が分からないなりに、サクラはカブトの右手を指差す。
ゆっくりと開かれた掌には、派手な紙に包まれたキャンディーが一つのっていた。「これ食べて待っていてください。帰ってきたら、連絡しますから」
言いながら、カブトが差し出したキャンディーを、サクラは嬉しそうに受け取る。
「はい」
「帰しちゃって、良かったの。気に入ってるんでしょ、あの子」
二階の窓からは、去っていくサクラの後ろ姿がよく見える。
スキップをしそうな軽い足取りに、カブトの顔には自然と笑みが浮かんだ。「あなたらしくないわよね。いつもだったら、目を付けたものはすぐに引っさらってたじゃない」
「そうでしたね」
目下のところの上司に、カブトは抑揚のない声で相槌を打つ。
サクラが見えなくなると同時に窓辺から離れたカブトに、大蛇丸は呆れ顔になる。「あんた、まさか愛とか恋とか、くだらないこと言い出すんじゃないでしょうねぇ」
「まさか」
苦笑して振り返ると、カブトは近くにあった椅子を大蛇丸に勧めた。
そして、大蛇丸が外で不用意に食物を口にしないと分かっていても、儀礼的に茶と菓子をテーブルに運ぶ。
「ただ、今までの人達みたいに薬漬けにして服従させるのにも、飽きたので」
大蛇丸の向かいの席に座ると、カブトは話を再開させる。
「大蛇丸さまも、見たでしょ。全く忍びらしくない、あの百面相」
「愚かね」
「ええ、忍びとしては最悪です。でも、くるくるとよく表情が変わるから、次にどう反応するか予想できなくて可愛いんですよ」カブトは嬉しそうに顔を綻ばせて語る。
そうした顔をすること自体、すでに捕らわれているのではないかと大蛇丸は思ったが、口には出さなかった。
このこまっしゃくれた部下は、絶対に本音を言うはずがないのだから。
「で、左手には、何があったの」
「え?」
「あの子に選ばせたでしょ。右手か、左手か。右手にはキャンディーを持っていたけど、左手は?」
「・・・ああ」
湯飲みをテーブルに置くと、カブトは穏やかな微笑を大蛇丸に向ける。
「内緒です」大蛇丸が苦々しい表情をしても、カブトはにこにことした顔を崩さない。
本当に素直でない部下だと、大蛇丸はこのとき心から思った。
あとがき??
カブサク。楽しかったです。ええ。
私のカブサクって、ギャグが基本なので、今回初めて真面目(?)にしてみました。
どうでしょう。
左手の中身は・・・・ご想像にお任せします。怖い物だったのは確かです。