五月雨 2


梅雨時期のたまの晴れ間、ラジオから流れる天気予報は夕方から降り出す雨を警告している。
太陽の光が降り注ぐ窓際の席で、サスケは黙々とペンを走らせていた。
面倒だった任務の報告書は、書くのも億劫だ。

「別に、提出は今日中じゃなくてもいいのよ」
「仕事を次の日まで持ち越したくない」
優しく肩を叩いた仲間のコウガに、サスケはすげなく答える。
ため息をつきながら窓を見やったコウガは、サスケの言葉の意味にようやく気づいた。
4階の窓から望む建物の出入り口付近、扉の前で佇んでいる桃色の髪の少女にコウガは見覚えがある。

「なるほど。今日はこれからサクラちゃんとデートだから、家で残業できないんだー」
からかうような声音にサスケは無視を決め込んでいる。
長いつきあいであるコウガは、その沈黙が肯定であることを知っていた。

 

「だけどあんなところに立ちん坊じゃ、可哀相よ。早く行ってあげたら」
「あれでいいんだ」
「あら、亭主関白ねー」
呆れたように言うと、コウガはサスケの向かいの席に座って悪戯な笑みを浮かべる。
「でもさ、サクラちゃんこの頃急に綺麗になったわよね。今までは可愛い系だと思ってたのに、色気が出てきたっていうか。上忍や中忍の男どもがサクラちゃんの話題で盛り上がっていたわよ」
ペンの砕ける音が周囲に響く。
険しい表情のサスケは壊れたペンを握ったまま動きを止めていた。

「あー、言ってるそばから特別上忍の一人がサクラちゃんに声を掛けてる!チャレンジャーね」
思わず窓の外へ目を向けたサスケに、コウガはさらに追い討ちを掛けた。
「長い間、あんなところに立たせておいたら、まずいんじゃないのー?近くに美味しいケーキの店があるから、なんて言われたら女の子は喜んで付いて行っちゃうわね」
金の巻き毛を揺らし、楽しげに笑うコウガをサスケは睨み付けている。
だけれどサクラが見知らぬ特別上忍と談笑をしているのは事実で、反論は出来なかった。

 

 

「サスケくん、今日はいつもより出てくるの早くなかった?」
「・・・別に」
「そうかなー」
傍らを歩くサスケの素っ気ない返答に、サクラは首を傾げる。
「そうそう、先月からいのと一緒にメイクアップスクールに通ってるの。ちょっとは変わったと思わない?」
「・・・別に」
「もー、サスケくんってばさっきからそればっかり」
不満げに頬を膨らませたサクラだが、自分の手元に目を遣ると再び顔を綻ばせていく。
「サスケくんの方から手を繋いでくるなんて、珍しいね。何かあったの?」
「・・・・別に」

いつものように、通りすがりのくの一達はサスケに熱い眼差しを向けている。
往来で振り返る人間の何割か、自分に対する男性陣の視線が混じっていることにサクラは気づいていなかった。

 

 

 

 

「雨・・・・」

TVを見ていたサクラは、その雨音に敏感に反応した。
窓に打ち付ける雨粒はまだ少量だが、これから本降りになるとTV画面の天気予報士も言っている。
思えば、近頃サクラがサスケの家に来るときはいつも雨だ。
夜の雨は不気味な雰囲気があるが、誰かが近くにいると思うと、それだけで気持ちが違ってくる。
つらつらと考える中、風呂場へと続く脱衣所の扉が開いたことに気づいたサクラは、その方角へと顔向けた。

「・・・何だよ」
パタパタとスリッパの音を立てながら冷蔵庫に向かうサスケは、目を丸くして自分を見ているサクラに訪ねる。
サスケは怪訝な表情をしていたが、サクラはもう限界だった。
「サスケくん、か、可愛いーー!!!」
腹を抱えて笑い出したサクラに、サスケは当然不満げな顔になる。
「お前が使えって言ったんだろ」
「ほ、本当に着てくれるとは、思わなかったんだもの」
目端に滲んだ涙を拭うと、サクラは笑いをかみ殺しながら必死に平静を装った。

サスケの着ているパジャマにプリントされているのは、人気アニメのキャラクター“プリごろ太”だ。
サクラが現在着ているピンク生地のものとお揃いで、ブルーが基調となっている。
駄目もとでサスケにプレゼントしたサクラだったが、嫌そうな顔をしながらもちゃっかり愛用している彼の姿が可笑しくて仕方がなかった。

「ベッドに入ればどうせ脱いじゃうんだしねー、あ、“プリごろ太”ジュース!!」
「おい、勝手に見るな!」
開けっ放しになっている冷蔵庫からジュースを発見したサクラは、素早くそれを取り上げた。
“プリごろ太”に登場するキャラクターが一人ずつ、おまけについてくるジュースだ。
これを収集しているせいで、サクラの家の冷蔵庫は“プリごろ太”ジュースでぎっしりになっている。
「サスケくん、興味ないんだったらこのおまけのカズオくん人形、私に頂戴よ。まだ持っていないから」
「・・・嫌だ」
押し殺した声で答えたサスケに、サクラの笑いは再び止まらなくなる。
皿を仕舞う棚の脇には、今まで彼が集めたとおぼしき“プリごろ太”キャラクターが3つ並んでいた。

 

 

「サスケくん、雨、嫌いなの?」
二人並んでビデオ録画した『プリごろ太』を見ながら、サクラはぽつりと呟く。
振り向いたサスケは、眼差しでその意味を訊ねていた。
「だって、サスケくん雨の日機嫌悪いこと多くない?そのわりに呼び出されるというか、くっつきたがるっていうか・・・・いつもなら私がTV見ていてもソファーで本読んでるのに」
サクラは間近に座るサスケをちらちらと見ながら疑問をぶつける。
それからは長く沈黙が続いた。
アニメの効果音が雨音をかき消し、サクラが返答はないものと諦めたとき、サスケはようやく口を開く。

「雨の夜だったんだ」
「え?」
「家族が死んで目が覚めたら病院だった。真っ暗な病室で雨音だけが聞こえて、誰もいない。広い世界に俺一人だけが取り残されたような気がした」
「・・・・」
「雨が降るとそのときの気持ちを思い出すから、嫌いだ」
思いの丈を語り、サスケは口をつぐむ。
その横顔が泣いているように見えて、サクラは思わず彼の体を抱きしめた。
「これからは私がいるから、寂しくないね」

 

膝立ちをしたサクラの手が頭に触れていることを感じながら、サスケは彼女に聞こうと思っていたことをふと思い出す。
「そういえば、お前、俺が行く間あの特別上忍と何を話していたんだ」
「・・・・・そんな人、いたっけ」
首を傾げたサクラはとぼけているのではなく、本当に忘れ去っている。
サクラに対し熱心に語りかけていた姿を目撃しただけに、歯牙にも掛けられていない彼を少々哀れに思ったサスケだった。


あとがき??
短い話なのにえらい時間かかりました。書き直し3回。
もうちょっと大人向けーの内容だったけれど、肝心な部分(?)で毎回筆が止まる。
諦めました。サスサクで大人向けーは無理です。
代わりに登場した“プリごろ太”は『のだめカンタービレ』に登場するキャラクターです。好き。
このネタが出てきてからすらすら書けた。
サスケはサクラが彼の家で“プリごろ太”を熱心に見ているのを傍観していて、いつのまにか気になるキャラになっていたらしい。
そのまんま、のだめと千秋先輩。(笑)

お揃いのパジャマを着て“プリごろ太”を見ている二人を想像するだけで気恥ずかしいのですが。
ま、やることはやってる仲だと思っておいてください。
前作に出てきた金髪お兄さんの名前はコウガだったらしいです。
私の中で、女装した麗人は全部コウガになる・・・・。(『お嬢様と私』参照)

『五月雨』に投票してくださった皆様、有難うございました。


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