五月雨


「サスケくんが家に金髪の女を連れ込んでるーーー!!?」
「声、でかいわよ、あんた」
金切り声をあげたサクラに、いのは口に指を当てて黙るよう促す。
今はちょうど人がいないとはいえ、場所はいのが店番をする花屋だ。
いつ、客がやってくるか分からない。

「こ、硬派なさサスケくんがそんなこと、す、するはずがないじゃない。私は信じてるわよ」
言葉とは裏腹に、サクラの体は小刻みに震えている。
手に持つティーカップがその動きに合わせて揺れ、中身が床にこぼれ出していた。
いのは面白そうにその様子を眺めていたが、顔面蒼白のサクラは全く気づいていない。

「それで、あんたはサスケくんとどうなってるのよ」
「ど、どうって?」
「最近、サスケくんのこと追っかけまわしてないじゃない。逆に避けてるみたい」
一度言葉を切ると、いのはサクラに顔を近づける。
「何か、あったの?」

その瞬間、サクラの顔は火のように赤くなった。

 

 

 

 

「傘、貸して!」

サスケの家の扉を叩いたサクラは、頭から足までびしょぬれの状態だった。
図書館から家に帰る途中に、雨に降られたのだという。
だが、サスケの家とサクラの家は目と鼻の先だ。

「ここによるなら、家に帰った方が、早いだろ」
呆れて言うサスケに、サクラはにっこりと微笑む。
「でも、久しぶりにサスケくんの顔が見たかったし。元気そうで良かった」
嬉しそうな笑顔で言われてしまっては、サスケも言葉が続かない。

「拭くもの貸してやる」
背を向けたサスケに、サクラは家にあがる許可が出たのだと解釈する。
湿った脚絆を脱ぎ捨てると、サクラは慌ててサスケのあとを追った。

サスケが入っていったのは、家の奥まった場所にある脱衣所。
そこに洗濯済みの物が置かれているらしい。
サクラが廊下で待っていると、タオルを持ったサスケがすぐに出てくる。

 

「ごめんね、サスケくん。すぐ帰るから」
難しい顔をしているサスケを、サクラは上目遣いに見る。
そうしている間にも、サクラの髪から滴った雫は床に落ちた。
おそらく、サクラが歩いてきた場所はそうした水滴だらけになっている。

「しっかり拭け」
「きゃあ!」
バスタオルを頭からかぶせられたサクラは小さく声をあげる。
「ちょ、ちょっとサスケくん、自分でやるから」
ガシガシと乱暴に髪の毛を拭かれ、サクラは泣きそうになった。
サスケが力任せにしているせいで、髪が十本単位で抜かれそうな勢いだ。

「イタッ、痛いってば、サスケくん!やめて!!」
サクラの非難の声が功を奏したのか、サスケの手の動きがぴたりと止まる。
だが、手はそのまま、サクラの頭から離れない。
怪訝に思ったサクラが頭上のタオルごとサスケの手をずらしていくと、ようやく視界が開けた。
すぐ間近にあるのは、口を引き結んだサスケの顔。

サクラが何か言葉を発する前に、唇はふさがれた。

 

 

 

 

「そのまま押し倒されたーーー!!?」
「声、でかいわよ、あんた」
絶叫するいのを、サクラは慌てて制する。
とっさに付近を見回したが、幸いなことに店内にも、街路にも人影はない。

「で、それからどうしたのよ!」
興奮して目を輝かせるいのに対し、サクラは言い難そうに体を縮める。
「・・・途中で逃げてきた」
「え!?」
「だ、だって、しょうがないじゃない」
驚きの声をあげるいのに、サクラは頬を膨らませる。

「キスは何度かしたけど、体触られたのなんて初めてだったし。しかも、脱衣所の前の廊下よ、廊下!全然ロマンチックじゃないわ。体痛いし」
「それで、気まずくてサスケくんを避けてるんだ」
「うん」
しっかりと頷いたサクラに、いのもどうコメントをしたものかと考える。
だけれど、これで金髪の女の話はかなり信憑性のあるものになった。

「もしかして、あんたに拒まれたからやけになって金髪女を家に連れ込んだとか・・・」
いのの不用意な一言に、サクラの顔が歪む。
手で顔を覆ったと思うと、サクラはわっと泣き崩れた。

「いの、本当はロマンチックなんてどうでも良かったの!」
「え?」
「私、あのとき超ガキっぽい下着付けてたから、それを見られるのが嫌だったのよ」

 

 

「時間が経てば経つほど、よけいにギクシャクしてくるでしょー。さっさと真相解明した方がいいのよ」
「うん・・・」
肩を叩くいのに、サクラは気乗りしない様子で返事をする。
花屋の店番は買い物から帰ってきたいのの母に任せ、二人はサスケの家に向かって歩いていた。
不安なのか、サクラはいのの腕から手を離さない。
顔を合わせにくいということ以上に、金髪女性の話が気になって仕方がないのだ。

「ここまできたら、腹括りなさいよー」
いのはサクラを叱咤しながら、サスケの家のチャイムを鳴らす。
そして、出てきたのはサスケではなく、一人の女性。
噂の彼女との突然の対面に、いのとサクラは目を大きく見開いた。

サクラ達より2、3年上と思われる彼女は、豊かな金の髪を後ろで束ねた、目のさめるような美女。
随分と背が高く、いのとサクラは彼女に見下ろされているような状況だ。

 

「えーっと、こっちがサクラちゃんだ。違う?」
第一声と共に、彼女はサクラを指差す。
「え、は、はい」
「ビンゴー」
大人びた外見にそぐわず、彼女は子供のように笑った。
「サスケくんの様子が気になって、見にきてくれたんでしょ!乱暴なことしてごめんねー。雨に濡れたサクラちゃんがいつもと違ってちょっと艶っぽかったから、サスケくん動揺しちゃったみたいなのよ。イテッ」
話の途中で後ろからサスケに蹴られた彼女は、顔をしかめて振り向いた。

「人の家の扉、勝手に開けるな!」
「蹴ることないでしょーが!!口下手なあんたに代わって、私がサクラちゃんに説明してあげよーとしてるんでしょー!」
「それが勝手なことなんだ!」

そのまま、二人は激しい怒鳴りあいに突入した。
その間、サクラといのは、呆然と立ち尽くしたままだ。
彼女達の目から見て、どうもサスケと彼女は甘い関係とは程遠い。
さらに、先ほどから気になっていた彼女の野太い声。

「あの、サスケくん。そちらの女性と同棲してるっていう噂は・・・・」
「こいつは男だ!!馬鹿!」
殺気立ったサスケの声に、サクラといのは同時に飛び上がった。

 

 

「サクラちゃんに逃げられてから、サスケくんってば成績がた落ちなのよ。だから、同じ職場のよしみで何か悩みがあるのかと私が話を聞いてあげてたの」
女装好きのサスケの同僚は、からからと笑いながら話す。
サクラといのはサスケの家の居間に通されたあとも、まだ彼の顔を凝視している。
どうみても、外見は女。
その彼の口から、とっくに声変わりしました、という低い声が飛び出すのが、不思議でしょうがない。

「こうして来てくれたってことは、サスケくんのこと嫌いになったわけじゃないんでしょ」
「え、あ、ああ。そうです。私の方こそサスケくんに嫌われたんじゃないかと、心配で・・・」
「良かったわねー!」
彼に背中を強く叩かれ、茶を口に運んでいたサスケは大きく咳き込む。
気管に入ったのか、そのままむせ返るサスケを気にせず、彼は立ち上がった。

「それじゃあ、行きましょうか」
「え、どこに」
「私達は邪魔でしょー」
意味ありげに目配せをされ、いのはようやく彼の言葉の意味を悟る。
彼といのがいなくなれば、この家にはサスケとサクラの二人だけだ。

「じゃ、私も帰るわ」
「え、ちょっと!!」
きょとんとした顔をしていたサクラは、いそいそと身支度をする二人に、急に慌てだす。
外野がいないと、まだ気恥ずかしいということもある。

だが、それ以上に・・・・。

 

「いの、いの」
「何よ」
「ちょっと!」
サクラは手招きでいのに顔を近づけるよう、促す。
そして、サスケ達に聞こえないよう、いのの耳元でサクラは小さく呟いた。

「どうしよう・・・。私、今日、グンゼのパンツはいてる」

サクラは青ざめた表情でいのを見つめる。
サクラは必死だったが、正直、もう勝手にしてくれ、というのがいのの心境だった。


あとがき??
二ヶ月くらい前からずっと書きたかった話。すっきりしましました。
サブタイトルは『恋人も濡れる街角』。(←中村雅俊)
最初は、サスケも濡れてる話だった。(誤解を招きそうな言い回し)

サスサクでこんな生っぽい話はもう書かないです。(^_^;)
うちのサスサクは、やっぱりギャグから離れられない宿命らしい。
サクラ、グンゼはまずいよ。上目遣いも。

サスサクは、こう、唯一の清純派なのですよ。私の中で。
カカサクやナルサクだと暗い話でも大丈夫なのですが、サスサクは清らか。どこまでいっても透明。
どんなに汚そうとしても、清廉なイメージが拭えないのはどうしてか。うーん。
・・・今度、いろいろやってみようかなぁ。12歳設定で。(舌の根が乾かぬうちに)

金髪お兄さんの名前、決めてなかった。なかなか良いキャラだったから、続き書こうかしら。
普段、彼に可愛がられている(いじめられている)サスケの姿が目に浮かぶ。


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