資格で受難
テーブルに広がるパンフレットの数々に、カカシは目を見張った。
『カラーコーディネータ』
『危険物取扱者』
『福祉住環境コーディネーター』
『社会保険労務士』
『速習筆ペン』
その他もろもろ。
脱ぎかけのベストもそのままに、一つのパンフレットを呆然としながら手にする。
朝出かける時はこんなものはなかった。とすればこれを持ち込んだ人物は一人しかいない。
「サクラ」
部屋の奥に向かって呼びかけると、「は〜い」と明るい少女の声が聞こえる。
「この通信教育のパンフレット、お前の?」
「そうよ〜。あっ、触んないでね!」
「ああ」
いつもならカカシが帰ってくると真っ先に駆け寄る彼女が、今日はその気配がない。しかも大量の通信教育のパンフレット群に、カカシはまったく彼女の意図が掴めなかった。
「何だってあんなに…」
ベッドルームへと歩み寄り中を覗くと、髪をアップにして、襟が大きく開いたセーターと尻が隠れているだけのミニスカートをはいたサクラが鏡に向かっていた。
「サッ、サクラ?」
「お帰りなさい、先生」
振り向いたサクラは目の回りが青く、小さくて可愛いぷっくりとしたピンク色の唇は、醜悪な赤色に塗られていた。
「何やってんの!」
「何ってお化粧」
「それは見ればわかる。ただ何でそんな娼婦みたいな男に媚び売る化粧してんの?」
カカシの言葉にサクラは、あからさまにムッと顔を歪めた。
「人が一日かけて研究したいい女の化粧にケチつける気?」
「どこが!」
叫ぶなりカカシはサクラに近付き、手短かにあったタオルで乱暴に彼女の化粧を拭き取る。
「何すんのよー!」
抵抗するサクラをものともせず、今度は着ている洋服に手をかける。
「それにこの服もダメ! 全然サクラらしくない! 可愛さがない!」
だが、サクラも負けてはいない。脱がされないように懸命に抑え込む。
「可愛くなくっていいのよ、色気ある女に見えれば!」
「色気なんかあるように見えるわけないだろ!」
言い終わると同時にサクラの拳が、カカシの顔面にヒットした。
「先生のバカ!」
ベッドに撃沈するカカシに向かって舌を出して、サクラはパタパタと洗面所に走っていく。
少女の怒れる後ろ姿を、カカシは起き上がり呆然と見送った。
急にサクラはどうしたというのだろうか。
今までリップはつけても化粧はしなかった。若いうちから化粧をすると肌が痛むとかいって、頑なにしなかった。
なのに突然あんな服を着て、化粧までするなんて。
カカシだとてミニスカートのサクラを見ていたい。本来ならば両手を挙げての大賛成である。しかし、あんなに綺麗な足を他の男の目に触れさせるなんて絶えられないし、うなじも鎖骨も見せられるはずがない。あんな格好で街を歩けば、発情したオスたちが彼女の後ろをついて回るに決まってる。
それとも、自分のためにやってくれてるのかもしれない。
以前から年齢差を気にしていたし、子供の自分を憂いてもいた。だから色気というものを外見だけでも演出しようとしたのかもしれない。それならば嬉しい。
色気の勉強をしているサクラを想像した途端、カカシの顔がふやけたように崩れた。
――いや、サクラの色気は外見じゃない。内面にこそある。
カカシは思い直し頭を左右に振った。
――サクラの色気は自分にさえわかればそれでいいんだ!
妙な決意とともに立ち上がり、サクラにわけを聞くために洗面所に向かおうとした途端、床に落ちていたパンフレットのタイトルに、カカシは硬直した。
通信教育のパンフレットを片付けたテーブルに、二人は向かい合って座っている。
腕を組んでイスに深く背もたれながら、カカシは憮然としている。
目の前にいるサクラは肩を下げて俯いていた。
テーブル中央にあるのは『官房術一級資格取得』と書かれたパンフレットである。
この術資格等級制が導入されたのは二年前からで、特殊な術に対するスキルアップのためというのが理由だった。カカシも立場上内容は知っていたし、どんな術を資格等級制にするのか、会議にも出たことがある。
よもや、サクラが受けるとは思ってもみなかったが。
しばらくの沈黙の後、カカシは恋人の口調ではなく、上司のそれで高圧的に言い放った。
「これはどういうことだ?」
「受けようと思って」
「官房術一級資格取るつもりだったの?」
コクンと頷くサクラに、カカシは大仰に息を吐いた。
「この術は15歳にならないと受けられないんだぞ。年齢制限で引っかかってる」
「受験資格の下のコメ印よ」
受験資格の表の下にある小さな文字に、カカシは愕然とした。
「ただし、二級資格取得者は年齢に関係なく受験することができますぅ?」
「ほら、二級資格証明証」
すかさず提示された小さなカードサイズの厚紙には、確かに官房術二級資格証明証と記されていて、その下には春野サクラと明記されていた。
「いつまに二級資格とったの?」
「先生が長期任務に行ってる間」
「二級って確か…」
二級の内容を思い出そうと首を傾げると、サクラがため息まじりに言う。
「官房術を遂行する際の論理とセックスの体位の名称とか、その他いろんな筆記試験」
「あれって細かいところまで問題になってたよね。経験ないと書けないこともあっただろ?」
「だって知識は本読めば載ってるし、経験はあるわけだし。先生に付き合ってるとほとんど書けちゃうもん。だから二級は取る自信あったのよ」
サクラは何でもないことのように話す。
一方のカカシは問題の内容を少しばかり知っているだけに、普段自分がサクラに何をしているのか思い知らされているようで、一気に立場が悪くなった気がした。
「一級はさすがにね〜。実施試験もあるし、こんな身体じゃ男もやる気出してくれないだろうし。相手が先生なら苦労しないんだけど」
さらりとすごいことを言い放つサクラに、カカシはまたもやパニック寸前になる。
「ちょっ、ちょっと待って。じゃ何、色気つけようとしたのも他の男を誘惑するためとかいう?」
「そうよ。実施試験で男がやる気出してくんないと、試験に受かんないじゃない」
サクラが不思議そうにカカシを見つめる。
「サクラ〜、ちゃんと意味わかって言ってんだろうね。それって俺以外の男とセックスするってことなんだよ?」
「わかってるわよ。でも資格取るためだもん」
奮然と腕を組むサクラに、カカシは涙が溢れる思いがした。
「サクラ! 俺は絶対に受けさせないからなぁ!」
「でも、これがあればくの一には有利なのよ」
「俺が官房術なんか使わなくてもいいような立派な忍にしてやるから、他の男と犯るのはダメ!」
「ケチ!」
ブチッ!!
この時、カカシの脳内の何かがものすごい音を立ててブチ切れた。
忍耐の限界とでもいうのだろうか。
浮かんでいた涙は引っ込み、口の端が妙に引きつる。
目は暗雲立ちこめたように暗く光り、サクラを見下ろした。
「先生?」
目の前で怪しげな雰囲気をまとって立ち上がったカカシに気付いたサクラは、恐るおそる彼の顔を覗き込む。
すると影の落ちた目元が、キラリと険悪に光った。
「ひっ!」
思わずサクラはイスの背にしがみつく。
「サクラがその気なら、俺にだって考えがある」
「先生、落ち着いて」
「実施試験なんか受けなくても、俺がみーっちり官房術を教え込んであげる」
「けけけけ結構です」
頭を左右に激しく振る恋人に、カカシはニタリと笑う。
「遠慮しなくてもいいよ。俺の技、みんな見たがるんだから」
サクラはフルフルと力一杯首を左右に振る。
それでもカカシはゆらりと身体を揺らしながら近付いていく。
「きっとサクラも満足するよv」
「ごめんなさ〜〜〜い!」
謝っても一度キレたカカシを止めることはできなかった。
ベッドルームへと連行されたサクラは、一晩中、嫌というほど官房術を教え込まれた。
そして、目覚めた時のカカシの第一声に、サクラは意識を手放しそうになる。
「夕べのは第一段階だからね。今日は第二段階を教えてあげるから」
「もう結構です」
ぐったりと身体を横たえるサクラに覆いかぶさり、カカシは額にキスを落とす。
「そう遠慮しないで。第一段階よりもハードプレイだから乞うご期待v」
語尾に大きなハートマークのついた声に、サクラは完全に意識を手放した。
|