恋のライバル

 




テーブルには食べ散らかした後の食器たちが無造作に置かれたままで、椅子は乱暴に引かれたまま斜め向いている。
それらを片づけながら、カカシは大きなため息をついた。
背後に視線を向けると、枕くらいの大きさのぬいぐるみを抱いたサクラが、食い入るようにテレビを見ている。
「サクラー。もう少し離れないと目を悪くするよー」
「うん」
間髪入れずに返ってくる返事には、反省の色もない。カカシの言葉など、今のサクラの耳には入っていないのだ。
せっかく昨夜から泊まっているというのに、朝が早いからといって早々に眠ってしまうし、起きたら起きたで食事もそこそこにテレビの前に陣取る始末。
それもこれもすべては、あるテレビアニメのせいだった。

今からちょうど一か月前に悪夢は始まった。
家に遊びに来ていたサクラが偶然つけたテレビ画面に、小さな子供たちとネズミのように小さな白い竜が動き回っていた。二人してかわいいねと穏やかに見ていたのだが、いつの間にやらサクラは、妙に小さな竜を気に入ってしまったのである。
アニメのあらすじを簡単に説明するとこうだ。
ある日少年が父親からタリスポッドなるものをもらう。そこには水晶のようなものが付いていて「リボーン」と叫ぶとモンスターが現れる。主人公の持つタリスポッドを狙って悪党どもが襲ってくるという、子供番組特有の単純な物語である。
サクラは何が気に入ったかというと、主人公のモンスターである「ウィンドドラゴン・シロン」の小さい時の姿だ。
白くてポッテリとしていて、ひと目見ただけならば、本当のねずみと間違うほどの愛らしさを持っている。
確かにかわいい。
カカシもそれは納得する。
しかし、街に出るとぬいぐるみを買わされ、グッズを買わされ、気付いた時にはシンプルで機能的だったカカシの部屋は、「シロン」こと「ねずっちょ」だらけになっていた。
壁際に鎮座した巨大ねずっちょなど、サクラの身長ほどもある。ベッドのふとんカバーもねずっちょ模様だし、抱き枕さえねずっちょ。さらにはウッキーくんは横に追いやられ、狭しとねずっちょのぬいぐるみが並べられていた。




テレビに夢中なサクラに何を言っても無駄だとあきらめたカカシはベッドに横になり、いつものように頭上に手を伸ばす。本来なら愛読書の硬い感触がするのだが、今日はなぜだかフニッと柔らかい。
眉根を寄せながら引き寄せると、やっぱりねずっちょのぬいぐるみだった。
慌てて起き上がってベッドヘッドを見ると、どこにも愛読書の姿はなく、かわいく笑うねずっちょだらけになっている。本を探しに探して見つけたのは、部屋の隅にひもでくくられている悲惨な姿だった。
とうとうカカシの額に青スジが走った。
「サクラ!」
叫ぶと同時にテレビのスイッチをオフにする。
プツンと音を立てて画面は真っ黒に変化した。
「あーーーー!!」
いい気分で見ていたサクラは、突然画面が消えたことに驚いて叫んだ。
「当分ねずっちょはお預け」
「やめてよ! 今、いいところなんだから!」
サクラはカカシの身体の横から手を伸ばし、スイッチを押そうとする。しかし、カカシはすかさず腕を掴んで阻止した。
そして、サクラと目線を合わせるためにしゃがみ込んで、にっこりと笑う。
「サクラ、俺の話聞く気ある?」
「ない!」
これまた考えることもせずに答えている。
カカシは唇を軽く尖らせると、視線を彼女から外した。
「じゃ、つけてあげない」
「ひどいわ先生! 私が毎週楽しみにしてるの知ってて!」
ぶっすりと膨れるサクラに、穏便に済まそうと思っていたカカシは、ちょっとお灸をすえてやらなければならないことを悟った。
なぜなら、ハマったら一直線というサクラの悪い癖が出て来ているようである。
「知ってるけどね、度を越すのはよくないでしょ」
急に厳しい表情になったカカシに、サクラは胸元のぬいぐるみをギュッと抱き締めた。
「越してないもん…」
「昨日の任務、ミスったろ?」
サクラは驚いたように目を見開いた。
どうして知っているのかと言いたげな表情の彼女に、カカシはさらに顔を硬くする。
「鍵につけてるキーホルダー、ねずっちょのぬいぐるみだったよね。ポーチに入れてるみたいだけど、クナイを出そうとして鍵を落として、必死で取りに戻ってた」
「……うん」
事実なのでサクラは反論できない。
「見てないと思ってたろ?」
「……うん、ごめんなさい」
うなだれるサクラは、ねずっちょのぬいぐるみに顎を埋もらせる。上目遣いに伺ってくる彼女にカカシはキツイ表情を崩さない。
「俺に謝っても仕方ないでしょ? もし実戦だったら死んでたのはサクラなんだし」
突き放した口調に、サクラの瞳が突然潤み始めた。
「先生……ひどいよ……」
「そう? 事実だよ?」
「でも先生が助けてくれるんでしょ?」
「……俺がいなかったらどうするの?」
どこまでも容赦ない言葉に、サクラはとうとう涙を流し落とした。ねずっちょの頭に丸く涙の後が広がった。
「……これから控えるから……お願いだから意地悪しないでよお」
「本当に?」
「うん……ごめんなさい……先生…」
「じゃあ、ねずっちょの買い物はこれでおしまい。食事もちゃんと落ち着いて摂ること。いい?」
「うん」
こっくりと頷くサクラは本当に反省している様子である。それに気を良くしたカカシは、ふわりとサクラを抱き締めた。
「それと、ちゃんと俺を見ること」
「うん……」
しゃくりあげるサクラの小さな身体は、とっても暖かい。
この暖かさをもっと感じていたいのに、今はすべてねずっちょのもの。
何だかサクラを虐めた理由はただのヤキモチなのかもしれない。アニメのキャラクターにヤキモチっていうのも笑えるが、それでもいいとカカシは思っている。もっともっと自分がどれだけサクラを好きなのか、知ってもらわなければならないのだから。
そうでないと、いつも振り回されている自分が、不憫で仕方なく思えてしまう。





カカシはサクラに深く口付けて、涙の溜まった翠色の瞳を優しく見つめる。
「じゃ、今から一緒にビデオ見ようか」
「え?」
「ねずっちょ、途中だったでしょ」
サクラの顔がパッと明るくなった。
「いいの?」
「いいよ」
カカシの笑顔付きの返事に、サクラは大仰に抱きついてきた。
「先生、だーいすきvv」
やっぱりカカシはサクラには勝てない…らしい。
なんだかんだとうるさく言いながらも、サクラが身損ねた時のために、毎週アニメをビデオに録っているのだから。







 
  ただぬいぐるみを抱いている子供なサクラと、変に意地悪でヘタレなカカシを書きたかったでけです。
あと、ねずっちょも……。す、すみません。思いっきり個人の趣味です!
だけども二万打記念SSなんですよ(恐縮)
by 綾乃(2004.6.16)

綾乃さんのサイトの2万打記念フリーSS。
もう、可愛い!!本当に可愛い!可愛くて仕方がないですーー!カカシ先生もサクラも!
タイトルは「恋のライバル」ですが、カカシ先生がかなり苦戦していますね。
ああ、ぬいぐるみになりたいと本気で思いました。(笑)
キャラクターものに夢中なサクラは12歳の少女らしくて何とも愛らしいのですが、カカシ先生はそれが面白くなかったりして。
綾乃さんのカカシ先生はどんなにヘタレでも可愛くて最高です。好き。
えーと、続編はちょっと大人向けだったので、「浦の部屋」に置かせて頂きました。

綾乃さん、有難うございました!


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