風鈴
チリン…
チリリン……
不快指数に達する温度から伝わってくるその音を、目を閉じて全体で感じる。
空気を震わす軽やかなその音は、サクラに涼しい川のほとりを思い起こさせる。
はたまた食い意地のはった発想をすれば、それは冷やしたカルピスをかき回す音。ああ、喉かわいたわ…
そうは思えど、このあつい中一歩も動きたくは無い。
カカシの部屋はクーラーの設備がちゃんとある。
なのに、カカシはめったなことがないとクーラーをつけようとはしない。「どんな温度にでも、忍びなら慣れないとダメでしょ?」
と、あっけらかんと言われたあのときのことを、サクラはずっと忘れないと思う。
カカシの冷蔵庫にカルピスはあるだろうか。
そう思いながらも、立ち上がるのすら億劫だった。立ち上がって、お茶なり何なり流し込んで元気になったって、どうせ先生はイチャパラに今日も夢中なんだもの。
わざわざ邪魔されないように隣の寝室へ移動したくらいだ。
どうせ、かまってもらえない。
それならずっとこのままでいようと思った。
チリーン…
清涼な音が一定の間隔で鳴り響く。
それほどかすかな風が定期的に拭いているということなのだろう。風鈴に、触りたい…
ばかげた話だが、ふとそう思った。
涼やかな音を鳴らす、あの風鈴に触ったら、わたしも風を感じれる?
なにもかも、そう、例えばこのうだるような暑さから逃げ出せるだろうか?サクラは、感情の赴くままに、起き上がる。
リビングの窓辺につつましく設置されたそれは、風にたなびいていかにも涼しげだ。
透明なガラスが、サクラの目に飛び込んでくる。「・・・・・」
窓辺へとゆっくりと移動する。
すぐ傍にあるソファに軽く飛び乗り、恐る恐るサクラは手を伸ばした。
白い中指が、風鈴に触れる。チリリー…
ガラスから伝わってくる音の振動が、ダイレクトにサクラの脳髄を刺激する。
(ああ、風が集まってきている)
まるで、自分が『風』になったように、風鈴を鳴らして遊ぶ悪戯な風を逐一漏らさず感じれた。
(風鈴と私がつながっているみたい。私の中指とガラスがくっついてるのよ)
夏の間だけなら、このままでもいいかもしれない。
一度目を閉じてから、そう考え目を開けて風鈴に微笑みかけた。
「なーに、やってんの?」
聞きなれた声が大気を震わす。
風鈴よりもはるかにしっかりとしたその声に、無意識に肩が震えた。
「先生?イチャパラはどうしたの」
カカシのほうを見もせずに、サクラは小さな声で言った。今は、風を感じていたいの…
心で強くそう思う。
しかし、無情にも中指と風鈴は離れ離れになっていく。
カカシがサクラを抱き寄せて、そのままソファへと座ってしまったから。
「・・・・・」
それでも名残惜しそうに風鈴を見上げる少女の頤(おとがい)を掴み、カカシのほうを向かせる。「なんで、そういうことするの・・?」
悲しそうに呟くサクラに気づかれないようにゆっくりとその距離を無くしていく。
「そういうことって?」
たずねると、サクラはキッとにらんだ。
「私、カカシ先生がイチャパラ読むの邪魔しなかったわ。なのに、どうして私の行動を邪魔するの?」
彼女の瞳が僅かに潤んでいることを発見し、カカシはため息をつく。「だってさぁ…」
「なによ?」
膨れながらもカカシの次の句を待つ。
「サクラさぁ、風鈴にドキドキしていたでしょ?」確かに、そうかもしれない。
今でもあの風がつき抜けるときに指から伝わる感覚を思い出すと鼓動が早くなった。
「ほら、その顔!」
急に指摘されても困る。
そう思いながらも「この顔?」と尋ねると、カカシは苦笑して一気にサクラとの距離をゼロにした。
チリーン…
チリリーン…
突然のことで何も考えられないサクラの耳に風鈴の音だけがやけに響く。
サクラはやっと開放された唇に手を当てる。
ほんのりと上気した恋人の頬を見つめ、腕の中にサクラを閉じ込めた。「…嫉妬させるに十分な表情をしていたんだけど?」
ぶっきらぼうなその口調から、拗ねているのだ、とわかる。
クスリ、と吐息とともにもらした笑い声を目ざとく聞きつけ、カカシは更にその腕の拘束を深めた。
「先生、子供みたいね?」
そういって、カカシの胸に耳を当てる。トクン…トクン…
風鈴の代わりに聞こえてくる一定の命の音。
カカシの生きている証。目を閉じてそれを感じる。
さきほどにも似たこの胸の高揚感。ああ、そうか。
「先生?」
「ん、なに?」
涼しげに聞こえる声が私の耳を経て、私の体を振るわせる。「先生って、風鈴みたいね」
「はぁ!?」
突拍子なその声を聞きながらサクラは笑った。
Fin .
わけがわからないものが、できてしまった…!ヒヤァ、恥ずかしい!!なんとなく雰囲気を感じ取って下されれば嬉しいです。 風鈴は『風』を鳴らすもの、先生は『命』を鳴らすもの。そんな感じです。 風鈴って、ずっと聞いているとやかましいんですけど、心や時間に余裕があるとき聞くとなかなか風流に飛んでいるものでいろいろ空想が浮かんでくるんですよね。 日本の文化を大切に(笑) |
ムッターさんから頂いた、カカサクSS。
うちのFrontPageExpressで作業をしていたら、改行が微妙に変わってしまってすみません!とっても夏らしいSSにうっとりですね。
涼しげな風鈴の音が聞こえてきそうです。
ムッターさんのSSに頻繁に感じられる、独特の和風な世界に魅了されます。ムッターさん、有難うございました!