初夏
どこかさっぱりとした里の建物を縫うように、清涼な風が踊るようにすり抜けていく。
目を閉じてそれを感じながら、サクラは一つ息を吐いた。
風が払われた今、身に襲い掛かる太陽の日差しは、日に日に強くなってきている。
肌がじりじりと焼かれる感覚がどうにも否めない。
けば立つひじを押さえつけて、少女はそっと目を開けた。
向かって真上に浮かぶ太陽は、少女がこの場所にたどり着いてから確実に上へとのぼってきている。
頬を伝った汗が、一筋の道を作り出す。
体からジワリとあふれ出た汗を一等気に入りのワンピースが吸収していくのを感じて、少女は顔をしかめた。
(もう!なんで来ないのよ!!)
待つのは慣れている、いつものことだから。
だが、この炎天下の中ではご勘弁願いたいものだと、サクラはため息をつく。
カカシが遅れてくるのはいつものこと。
もう一度同じ文句を頭の中で繰り返す。
そうすることで、意識を逸らしていくかのように。
みんみんと一足はやく地上へ這い出た蝉の音が、どこか遠くで鳴っている。夏がはじまるのだ。
ふと見上げた空の端に、そのうちお決まりの入道雲が這い上がる事だろう。
憎らしいほど白い、あの夏の象徴が。夏が来る。
吹き出す汗を拭う事すらせず、サクラは天を仰ぎ血付ける。
徐々に強くなっていく日差しが、今なら待ち遠しいと思ってもいいかもしれない。
常より少しだけはやい雲の動き。
何よりまとわりつく空気の流動に身を任せ、サクラは微笑む。夏が、来たんだ・・・
「サクラ、お待たせ」
すぐ近くから聞こえた声に、ようやっと少女は視線を地へと向ける。
「いや、今日は本当に会議が急にはいってさ」
申し訳なさそうに謝る彼の顔を見て、すこしだけすねた表情を作る。
しかし作り物のそれに気付かない恋人ではなくて。
「何、ご機嫌だね?」
「そうかしら」
すましたその言葉も、どこか浮き立っていて様にならない。
しかし、それとて仕方の無い事。
だって、夏が来たのだから。「夏のほうが、先生よりもせっかちさんなのね」
真面目にそう思って呟くと、先生は顔をしかめる。
「あぁ、違うわね。先生が夏よりも遅いんだわ、きっと」
付け足したその言葉に、今度こそカカシはわけがわからないという顔をした。
それすらも気にせず、サクラは目を閉じる。
生まれたての夏は、とうに少女を包み込んでいた。
Fin
雰囲気もの。でもわりかし気に入ってます。そして多分サイトの中で一番短いだろうもの。うーん、新記録!(笑)
ムッターさんの10万打記念フリーSSを頂いて参りました。
私には絶対に書けない情景描写が見事です。
何というか、空気が、この作品には書かれているような気がします。
心に残る台詞の数々が詩集のようでした。
ムッターさん有難うございました。