勝利をわが手に
薄青い空に浮かぶ半透明の雲が、薄寒い里の朝を包み込んでいた。
冷たい空気をすぅと一息吸い込めば、その新鮮な存在に体中の細胞が うずくような気までしてくる。
木枯らしこそふきはしないが、確実に人の温度を奪い去る 無常な山の寒さがそこにあった。
カカシはハァとため息をひとつ、ついた。
これから高ランク任務に向かう男のうかない表情に、 部隊の者は顔を見合わせた。
いつも飄々としてはいるが、カカシほど任務に関するプライドとポリシーが 高い男はそうそういない。
そんな彼が任務前に気のない表情を見せてぼんやりとつったっているのだ。
同じ任務を共にする仲間にしてみれば、それは不思議以外の何者でもない。
それ以前に、気味が悪いとすら思えて、気心の知れた同僚が そろそろとカカシの肩を二度たたいた。
「え・・?あ、ごめん。何?」
瞬間ではあったが、付き合いの長い彼にはカカシが目を丸くして驚いた のがわかった。
「なにじゃねぇよ、おまえどうしたんだ」
アスマの問いかけに、カカシはなんでもない、と小さく返す。
うそをつくな、と静かな視線でたしなめられると、彼は無言で 頭をかいた。
相変わらず読めない動作で、ふいと顔を上げて空を見やる ともにつられるように、アスマも無造作に空を見上げた。
渡り鳥の群れが羽音を立てて空を横切っていくのがよく見える。
澄んだ空の色と鳥の灰色の残像がわずかに曇りを見せる 空にくっきりと浮かび上がっていた 。
「実はさ、サクラと昨日・・・ね」
小さくつぶやく声に、ピンとくるものがある。
とたんに馬鹿らしくなって、アスマは煙草の火を消した。
「また喧嘩かよ」
「そう」
あっさりと帰ってきたその言葉も、勢いはない。
(弱くなったな)
心底参ったという顔をするこの男をみて、アスマはぼんやりとそう思った。
(いい意味で、弱くなりやがった)
最後の煙を噴出して、アスマは低く喉で笑った。 「こっちは真剣なんですケド」
ふてくされた声でそんなことをいわれても、 説得力もオトナの威厳もあったものではない。
「思春期の餓鬼か」
「…そんな青臭いものじゃなーいよ」
「言ってろ」
馬鹿にするかのように鼻で笑ってやっても、 いつものような大げさな反応がない。
こんなに近くにたって会話すら交わしているというのに、アスマは カカシがひどく遠い世界の住民に思えてしかたがなかった。
「あー、おい。カカシ?」
「聞こえてるよ、なに?」
(や、おまえ。体は反応してるけど心はここにあらずじゃねぇかよ)
こりゃあもう、どうしようもない。
少し離れた場所で成り行きを見守る任務同行者達に 降参の合図を送れば、戸惑いのざわめきと緊張が目に痛い色を伴って 走り抜けていく。
無理もないかとアスマは息を吐いた。
チームのなかの主戦力は、カカシ。
常に頼もしい彼が、今日は任務の前からこの調子だ。
先行きに不安を感じるのも仕方がないことだろう。
(とりあえずどうやってこの男を浮上させるかだ)
シカマルではないけれど、めんどうなことになったなと思う。
考えあぐねいている最中に真横で揺れた気配に、 アスマは思考をいったん放棄した。
「おい、カカシ…」
うなだれていた彼が、背を伸ばしてあらぬ方向を見据えていた。
いぶかしく彼の視線を追うよりも早く、 見知った柔らかな二つの気配にアスマは目を見張る。
「あ、カカシ…!」
ふらりと体を動かして一歩前にでた彼とまったく同じタイミングで、 常春の少女の声が任務前の彼らの耳に入り込む。
「先生、カカシ先生!」
綱手の元に向かう前なのだろうか。
きちんと任務装束を着こなした少女が、懸命に走ってくる。
一歩動いたきり、とまってしまっていたカカシの傍にいとも 簡単に近寄ると、頬を少し赤く染めたカカシの恋人は、じっと 生気のない彼の顔を覗き込んだ。
「先生、なんて顔してるの」
しょうがない人。
後を引かない甘さを秘めた少女の声に、カカシの瞳はようやっと 常の光を少しずつ取り戻す。
「だって、昨日…」
「うん、わかってる。つまらないことで喧嘩別れしちゃったわね」
カカシの頬に添えた掌を滑らかに首筋へと滑らせて、 少女は苦笑した。
「私が悪かったわ。だからね」
「サク…」
彼女の踵がゆっくりと地を離れていく。
つま先に力を込めて両腕でしっかりと愛しい恋人を抱きしめて。
サクラは柔らかなその唇を、かれのそれにそっとおとした。
「ごめんなさいと、いってらっしゃいの、キス」
耳元にそっとささやかれる、限りなく優しくて暖かいその言霊。
驚きで硬直したカカシが柔らかく微笑むのを確認して、 サクラはふふふと微笑んだ。
「おかえりなさいのキスは、またあとで、ね?」
だから、がんばって早く帰ってきてね。
甘い吐息に混じった切ないおねだりに、カカシはたまらず抱きしめた。
「うん、ちゃっちゃっと仕事終わらせて、帰ってくるよ」
「約束よ?」
「もちろん」
再度唇を寄せあう二人を、仲間は呆然と見やる。
「あぁ、おまえら。あいつもう大丈夫だから」
成り行きを見守っていたアスマは、サクラを迎えに来た 自分の恋人を視線にしっかりと入れながら、そう告げた。
「女神の祝福にあったんだ、それこそ鬼人のように仕事するさ」
愛しい女神。
自分だけの女神にこの身を捧げて、生き延びる。
カカシの今回の任務の出来はきっと最高になるだろう。
なにせ今彼は、女神に早く帰ることを誓ったのだから。
「こりゃあ、ハードなもんになるな」
アスマははぁと息を吐く。
が、その口元は楽しそうにゆるゆると柔らかな弧を描いていた。
Fin .
<おまけ>
「サクラ迎えにきたんだけど」
いのはアスマの前までたどり着くと、 サクラを視線で探してあきらめた息を吐いた。
「あれはあと5分くらい様子みないところあいにはならないわねー」
あきれをも含んだ彼女のその口調に、アスマは 静かにちがいねぇと返した。
サクラと仲むつまじく微笑みあうカカシは、先ほどのうつろなそれとはかけ離れて 幸せそうだ。
それもこれも、常には見れないサクラの大胆な"仲直り"のおかげなのだろう。
「サクラもよくやるわねぇ、外で」
恋人のいわんとすることを悟り、アスマは低くひとつ笑う。
「そうか?俺らも、今度、な?」
かがんでそっと少女の耳元に落とした言葉は、勝気な少女を 容易に赤く染め上げた。
「な、な、なんで私がー!」
「期待してる、といいたいところだが、やっぱりいいわ」
ニタニタと笑ってあっさりとひいた彼に肩すかしをくらわされたかのようで。
少しばかり残念に思ってしまった自分をけなすかのように 、懸命に抵抗を見せるいのを抱き寄せて、アスマはニヤリと笑ってみせた。
「ほかの奴に、見せるなんてもったいなさすぎるからな」
「……っっ!」
すっぽりと抱きしめた少女の顔を、アスマ以外に誰もうかがうことは出来ない。
赤と涙に染まった少女の顔をいとおしく思い、アスマは彼女の額に 口付けをひとつ落とした。
「すぐ戻る」
そのまま放そうとした頤を乱暴に引き寄せたのは、いのだった。
覚悟をきめた顔でいのは恋人の唇を奪う。
激しく情熱的なそれにこたえようとしたアスマの気持ちを じらすかのように、いのはあっさりと唇を離した。
「おい」
静かに非難する恋人に、いのはだいぶほてりが治まった顔で 意地悪く微笑んだ。
「続きは、家に無事かえってきてからよー」
やられた、とアスマは息を吐く。
してやったりと笑ういのを横目に、なにがなんでも数日で終わらせて 帰ってきてやるとアスマはあらためて誓う。
(そのときは、覚悟しとけよ。いの)
絶対負けてはやらないと、アスマは意地悪くひっそりと笑ったのだった。
たまには、サクラがおれるのもよろしいかと。おまけに関して。 任務後どちらが白旗をあげるかは、ご想像にお任せします。
二周年記念のフリーSSを頂いてまいりました。
カカサク+アスいの、一度で二度美味しい素敵SSですねvv
サクラ・・・・母性愛を感じてしまいますよ。
私のイメージするカカサクは、サクラが先生を守っている感じなので(精神的に)まさにピッタリなお話で嬉しいです。
先生、二人きりのときはサクラに甘えているのでしょうね。(笑)
アスマ先生といののラブラブぶりも、幸せな気持ちになります〜〜vいいなぁ。ムッターさん、有難うございました!