「海、行きたい。先生…込まないうちに行こうよ。」
夏の始めにお決まりの、海のCMを見てサクラは言った。
普段、わずかの外出にも日焼け止めを欠かしはしないのに、なぜそんな所に行きたくなるのか。
カカシには甚だ疑問であったので、必要最小限の言葉で返事を済ませる。
「……やだ。」
「えー泳ぎに行こうよー、夏だし。」
泳ぐなら、海でなくても良い。
夏である必要もない。
けれど、わざわざサクラの神経に負担をかける応えを、カカシには言えない。
「じゃあさー…サクラ、ビキニ着てくれる?」
「え?水着、もう買ったもん。」
「どんなのどんなの?」
イチャパラから決して目を離さなかったカカシが、その時だけはサクラを見た。
「キャミソールとスカートの。白地に赤の水玉。」
「……今とそんな変わんないじゃない。」
明らかにガックリと意気を削がれている。
今日のサクラはオフショルダーのヴォーダーシャツに、カプリパンツを穿いていたが、露出度が違わなければ、この男には大した違いではないらしい。
「えー全然違うよ。スカートこのくらいでね、ちょっとふわっとしてるの。」
サクラが両手で腿の付け根あたりを示すと、ふうんとだけ反応を返す。
「先生、行こう〜?」
「だってビキニじゃないし。」
「……先生は、ビキニとしか海に行かないの?そんなに好きなら、ビキニに添い寝してもらったら?」
表情を巧みに消したままでいるカカシを、サクラはジトッと睨んでから立ち上がり、カカシの手の届かない位置まで三歩ほど歩いて、びしっと指差し宣言した。
「じゃあね!私…他の人に連れて行ってもらうことにするわ。イルカ先生にしよっかな。バイバイ!」
「サクラ、待って待って!……俺と行ってクダサイ…。」
「よろしいっ!……明日迎えに来るからね、起きててよ?」
サクラの予想通りに、あたふたと了承した男ににんまりとして、パタパタとスリッパを鳴らして部屋を出て行く。
「泊まってけばー?」
「女の子にはいろいろ準備がいるのーっ!じゃあ、明日の9時にねーっ!」
廊下の向こうから声がして、それからバタン、と玄関扉の閉まる音がする。
なんと素早い行動力。
サクラは「やっぱりやめた。」とカカシに言われる前に帰ってしまった。
「のせられたかな。………それにしても早いよな……9時って。」
微苦笑のようなものを面に浮かべ、カカシはイチャパラを顔に伏せた。





「そんなにグースカ寝ててどうすんのよ!約束したのに!!」
「ごめんてば。」
「っもう!あんなに言っておいたのに、なんで寝てるかな!」
「9時は早いって……。」
溜息混じりの眠たげな声。
「……面倒なら、いいよ。」
カカシの瞼の半分も開かないような、いかにも寝起きの顔をもう見ないで済むよう、サクラはカカシに背を向けベッドに腰掛けた。
「サクラ?」
「……嬉しかったの私だけなんて、バカみたいだもん。」
「拗ねてるの?」
「………うん。……いのとね、水着を選んだの。いのはビキニにしてた。いのはおしりもあって…胸もあるのよね。すごく似合ってたの。私は似合わなかったけど。」
「サクラだって似合うと俺は」
カカシに全てを言わせず、サクラは続けた。
「昨日は眠れなかった。…先生、ほんとにビキニに添い寝してもらってよ。」
「俺、困らせた?」
「………いのの水着、私もすごく可愛いと思ったの。試着もした。でも…私には似合わなかったの。だから…一番似合うと思ったの…買ったのに。」
「俺、まだ見てないからなんとも…」
「もういいよ。先生…つまらなさそうだもん。川ででも遊ぶわ。バイバイ。」
身を翻しかけたサクラを、カカシが引き戻す。
「サクラ、川の水は冷たいって。」
「じゃあ、プールにでも行く。」
「泳ぐための水着じゃないでしょ。」
「……じゃあ、どうしろって言うの……。」
「俺と、海行こう?」
「………いい。行きたくない人と行っても…楽しくないもん……。」
「サクラは何が食べたい?スイカ?氷?」
覗き込む視線に応えられず。
膝の上まで抱き上げられても、サクラは瞳の縁に浮かんだ涙を持て余していた。
「ごめん…泣かないでよ、サクラ。」
「違うの…私、こうやって先生を困らせるの。子ども扱いなんて、されたくないのに……こんなに、子どもみたいに拗ねてる…」
「サークラ。」
「こんな時、自分がいやだなって思う。経験が足りないのが、すごくいや。」
「俺より経験が少ないのは当然デショ。…若いんだし。」
俯いたままのサクラの髪を、カカシは丁寧に撫でる。
「本当は、子どもだって言いたいのよね…。」
「サクラ。サクラは…まぁ確かに子どもだけど、普通の子どもは、自分が拗ねてることなんて気付かないと思うな。」

小さな沈黙があって。
小さな、アイコンタクトがあって。
唇が唇に触れ、離れた。

「私、子どもだなぁ……。」
カカシのシャツををぎゅっと握る手。
「…でもさ。俺にとっては子どもじゃないんだよ。」
「私、単純よね……こんなことで、もう機嫌が直るの。先生のこんな足りない言葉で…嬉しくなっちゃう。」
「ツマンナイ男でごめんね。」
「こっちこそ……まだまだ子どもでごめん。」
サクラが謝る理由は、何もない。
けれど、ごめんと言えるサクラの利発さや深い情が、カカシにはじんわりと痺れるようで、気持ちよかった。
「女の子って…やっぱりオトナだねぇ。寛大って言うのかな。…俺、ここから出るの嫌になった。」
「え」
「サクラ。タイルの海とシーツの海、どっちがいい?」
「どっちもやだ!」
「却下。…水着見せてよ。他の男に見せるのもったいないし。」
「………もうっ。」

青い空、白い雲、渚の太陽。
みんなみんな、ゴメンナサイ。
こんな些細な言葉で、私はこのひとに攫われてしまいます。


サクラの懺悔など知らぬげに、外では太陽が燦々と輝いていた。





END     





1001hitを踏んでくださった、ヒロさまのリクエストです。
リクエストは「海にデートに行くカカシ先生とサクラ」でしたのに…どうして移動距離0mなのでしょう……。(遠い目)
結局室内にしかいないカカサクになってしまいました…(滝汗)
なんだか恩を仇で返すような申し訳なさが…胸の内に漂っていたり………。
ありがとうございましたっ!

 


初頂きものです。(感涙)
そろそろ季節は夏。よってカカサクで海!っと単純にリクエストしたのですが、こんなに素晴らしいSSを頂いてしまいました。
幸せです〜〜vv
ビキニにこだわるカカシ先生がなんとも良い感じですね。(^▽^;)
悪いのは全面的にカカシ先生だと思うのですが、すねてるサクラちゃんが見れてちょっと得した気持ち。可愛いv
私だったら海に行かず、自宅で水着姿の彼女を堪能するかと。(悶々)
ハッ。いえ、何でもないです。(ゴホゴホ)
沙恵さんのサイトには「リンクの部屋」からいけます!是非是非。

沙恵さん、本当に有難うございました。


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