月のカノン 小さなテーブルに、グラスに挿したススキ。 それと団子。 申し訳程度に里芋が二つ。 それから空には一滴、こぼれたような丸い月。 開け放った窓の下、床にクッションを敷いて、だらしなく座る二つの影。 「先生、中秋の名月ってもう済んでたって知ってた?」 「うん……なんか、済んでいるような気はしてた。」 窓から入り込むひんやりとした風に、少女は肩にあるブランケットを引き寄せる。 「でしょうね。お団子がいびつなのは、そのせい?」 「さすがに見つからなくってさー。月見団子。」 皿に並べられた団子は、形がまばらで一様に穴が開いている。 串に刺さったものをそのままでないだけ、この男にしては手間がかかっていると言えよう。 「それで、みたらし団子で代用なの?」 「ああ。ちょっといびつで穴が開いてるのは、ご愛嬌ってことで。」 蜜のからまった団子が、とりあえず月見団子様式になぞらえて並べてある。 時期さえあっていれば、それなりのお月見だったが。 呆れの混じった溜息をつき、そっとこめかみを押さえるサクラ。 「なんで急に、お月見だなんて言い出したの?先生。」 「さあ。でも、サクラ…『お月見しよう』って誘ったのに来てくれただろ?」 「まぁ、ね。」 「だったらいいだろ。」 「……そうかもね。」 小さなテーブルに、グラスに挿したススキ。 それと団子。 中身の違う茶碗が二つ。 それから空には一滴、こぼれたような丸い月。 ブランケットを足に掛け、家人のものなのか、少女は大きすぎるカーディガンを羽織っている。 茶碗を取り上げる手許で、何度も折り上げられた袖が、愛らしい。 湯気から感じる茶の香気を楽しみながら、蜜をこぼさないよう、くろもじで団子を口に運ぶ。 その様子を見ながら、カカシも茶碗を傾ける。 「サクラはなんで、ウサギが餅ついてるか知ってるか?」 カカシは月を指差して、尋ねた。 「だって、そう見えるじゃない。」 月の表面の影を、ウサギの餅つきに例えるのは既に決まったこと。 ずっと誰もが、そう言い連ねてきた。理由は、おそらくない。 「まぁ、そうなんだけど…あの影がウサギなのは兎も角、餅つきには無理がない?」 「ああ、望月ね。」 一瞬だけ考えて、すぐさま答えを出す。聡明な彼女には、簡単な問題だったようだ。 「なんだ、知ってたの。」 「ううん。知らなかったけど、そういえばそうかなって。」 『モチヅキ』と『モチツキ』。昔の人とは、随分洒落っ気がある。 「満月を己の権勢に例えて詠った権力者がいたくらいだから…きっと満ちている方が、めでたいんだろうな。」 カカシもサクラ同様、団子をつつく。 「面白いよね。異国の物語では、満月が人を狂わせるのに。」 「どちらも、月がきれいだってことには変わりがないか。」 「そうね。いつだって、月がそこにあることには変わらないね。」 小さなテーブルに、グラスに挿したススキ。 それと並びの悪くなった団子。 床に拡がる桜色の髪。 それから空には一滴、こぼれたような丸い月。 「肴が月から花になったな。」 床の上で、丸まるようにして眠るサクラを、カカシは懐に抱き上げる。 ブランケットをきっちりと纏わせ、夜風が彼女に風邪を引かせないように窓を閉めた。 全く起き出す気配はなく、カカシに体重を預けている。 そのあどけない寝顔と、布越しにじんわり伝わる体温に小さく笑い、また茶碗の液体を飲み干した。 「団子と酒って…ほんとに美味いんだなぁ。」 感心したように独り言がもれるのは、彼も酔っているからだろうか。 普段の酒量からは考えられない量で、カカシは確かに酔いを感じている。 高揚した気分と、軽い眠気。 胸のぬくもりを包むようにして、カカシは瞼を落とした。 小さなテーブルに、グラスに挿したススキ。 何も載らない皿。 空になった茶碗と、ふたつの寝息。 それから空には一滴、こぼれたような丸い月。 END
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またしても、沙恵さんから素晴らしい頂き物を頂戴しました。 その技量に脱帽です。 繰り返され、少しずつ変化していくフレーズ。 やがて重なる二つの影。 情景がバッと頭に浮かんだのは、私だけではないはず。 さすがだなぁ、とため息が出ました。 カカシ先生、どうしてもサクラちゃんとお月見したかったのね、と思わず微笑んでしまいました。 沙恵さん、本当に有難うございました。 |