星月夜
「先生、星見に行かない?」
サクラは不意に読みふけっていた本から顔を上げて、カカシに向かってそう訊いた。
「え……何、星見? 月見じゃなくて?」
「うん、星見」
訳が分からず首を傾げて彼女を見やると、彼女は本に栞を挟んで立ち上がり、こちらに近づいてくるなり少し眉を寄せて小さく首をかしげる。
「…一緒に行こう?」
彼女がよく自分の事を解っていると思うのは、こういう時。
どういう顔をして、どういう態度を取ればこちらが折れるのか、良く理解している。
「……うん、わかった。行こうか」
その視線に負けてカカシがソファから身を起こすと、サクラはニッコリと笑ってカカシの手をとった。
あまりに珍しいその行為に驚いてサクラを見やると、彼女はまたニッコリと笑った。
「どこに行くの?」
「んん? 星が良く見える所だよ」
サクラから手をつないで来たという事に気分を良くし、カカシは自分から率先して歩いていく。
大通りをしばらく歩き、小道に入る。それからまたしばらく小道を右折したり左折したりしながら、どんどん進んで行った。
『星見』と言うからには、星が良く見える場所の方がいいだろう。
しかし、さほど遠くではなく、尚且つ、二人きりになれるような所。
彼の頭の中に浮かんだのは、その三つの条件。そして自分は、幸運な事にその条件に合う場所を知っているときている。
あの場所なら、きっとサクラも気に入ってくれるだろう
「ふわぁ…すごい――」
その星空を目にしてサクラがもらした言葉は、ただ純粋な感嘆の言葉。
予想通りのその反応に、カカシは小さく笑みを零した。
街から少し外れた所にある、林の中の小さな丘。街からさほど離れていないにもかかわらず、人が来る事は殆ど無い。
――昔は良く、ここで本を読んでいたものだ
サクラは星を見上げたまま石になってしまったかのように、動かないし、喋らない。
苦笑して肩を軽く揺すってやると、姿勢はそのままに眼だけが動いてカカシを見た。
陽光の下で見たのならば、光を含んだ翡翠のように鮮やかな瞳が、星空の下では全く違って見えた。周りの緑を映して深く濃い色の瞳に、数多の星が放つ光が反射してキラキラと色鮮やかに輝く。
宝石のように心を掴んで離さぬ美しさに、ゆるゆると頬が緩んでいくのが分かった。
「……先生?」
身体の向きをカカシへと正し、サクラは彼を下から覗き込む。
「先生、どうしたのよ?」
「ん…いや、ね」
その先を追及されるであろう事は分かっていたが、それを告げるのはどうにも恥ずかしくて、語尾を濁して答え、サクラから逃げるようにさっと丘の頂上に座り込む。
「ねえ、いや…何よ?」
「まあ…いいじゃない。そんなに大した事じゃないしさ」
そう言えば、サクラは小さく唇を尖らせて不満気な視線を向けてきた。
眼を逸らせば――負ける
心の中でそう自分を鼓舞し、苛めたくなるような可愛い視線に萎えそうになるのを必死に耐える。
しばらく無言で見つめ合い、やがてサクラはふいと顔ごと視線を逸らした。
「……もういいわよ。言いたくないんでしょ? 私にも」
不機嫌丸出しの声でそう言うなり、彼女はすっくと立ち上がってカカシから離れ、数メートルほど離れた所で立ち止まる。サクラはチラリと一瞬こちらに顔を向けて小さく舌を出し、その後ぷいと顔を背けた。
まだまだ子供らしい、と、微笑んでいられたのはそこまで。
星を見上げて、まるで月でも見ているのかと思うほどの明るさに眼を細める。
ずっと見ていて飽きないのかと思って少女に眼をやれば、彼女は星の光を一身に浴びて、彼女自身が光っているのではないかと思うほど、輝いて見えた。
その光景に少し呆然と眼をやっていると、星の光を含んだ瞳がゆるりと彼を映しこんで、弧を描いた。
「――ッ!」
その様は、まだ十代前半の少女の物とは思えぬほどに妖艶で、つややかで。
反射的に顔を逸らし、ごくりと唾を飲む。
ドキドキと暴れる心臓を宥め賺してもう一度少女に眼をやれば、彼女はまた空へと視線を戻していた。
星に照らされた横顔はいつもより大人っぽく見え、その光景に先ほどの笑顔が重なる。
「はぁ……」
サクラが相当な美人になるのは確実で、それを男どもが放って置かないのも確実。
自分の傍に居てもらうためには、やはり、隠し事などは無い方が良いか。
何せ、選ぶのはあちらなのだし。
将来の不安の種は、消しておくに限る
カカシは重い腰を上げると、機嫌を直してもらうべくサクラにゆっくりと近づいた。
■アトガキ■
星の光が月のように明るい夜。
『ほしつきよ』とも普通に読めるんですが、音的に『ほしづくよ』の方が好きです。昔風。
カカシ先生はあの微笑にサクラの未来の姿を見ました(笑) 勘の良い方なので。
■アトガキ 2■ヒロ様■へ
リクエストより、ロマンチックという部分が抜けてる気がします(ヒェ)
ロマンチックというより、むしろ弱ギャグ?ど、どうしよう(オロオロ)。
こ、こんな物でよろしければ、貰ってやって下さいッ!
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