あかるいみらい 1


「今、何時ごろかしら」

足を引きずりながら歩くサクラは、消え入りそうな声で呟いた。
森の中で、薬草摘みの作業をしていたサクラがナルト達とはぐれてもう半日以上経つ。
おまけに、木の根に足を引っ掛け、足首を捻挫していた。
たぶん、朝方振った雪のおかげで滑りやすくなっていたせいだろう。

元々入る者の少ない鬱蒼とした森。
日は暮れ始め、サクラは更に絶望的な気持ちになる。
薬草摘みの任務は以前に二度ほど経験しており、まさか迷うとはサクラは思いもしなかった。

 

「・・・・もう歩けないわ」

気弱になったサクラがその場にしゃがみこもうとしたときに、進行方向にあった木の葉がかすかに揺れた。
緊張したサクラは身を硬くしたが、それは獣ではなかった。
森に生息する動物ではない。
金の髪の、一人の青年。

植え込みから顔を出していた彼は、サクラを見つけると、にっこりと笑いかけた。
全く邪気の無い微笑だ。

 

 

「ねぇ、君。このへんで猫、見なかった?」
彼はサクラに歩み寄ると、付近を見回しながら言う。
「赤毛の仔猫で、首には「スズ」って名札を付けてるんだ。森に入ったのを見た人がいて、捜してるんだけど」
「・・・・・」
彼は身振りつきで訊ねたが、サクラは沈黙で応える。
意地悪をしたいわけではなく、人がいた、という安堵からなかなか声を出すことができなかった。

無言のまま、瞳に涙を滲ませて見上げてくるサクラに、青年は段々と困惑した表情になる。
僅かに屈むと、青年は気遣わしげにサクラの顔を覗き込んだ。
「あの、大丈夫?どこか、体の具合でも悪いの」
優しい声音を耳にした瞬間に、サクラは大粒の涙と共に彼に飛びついていた。

 

 

 

「もう大丈夫だよ。きっと親御さんも心配してるね」
「・・・すみません」
彼に負ぶわれた状態のサクラは、顔を赤くしながら答える。
あれだけ大泣きしたのは、物心ついてから初めてだ。

サクラの足の怪我を知った彼は、少しも嫌な顔をせずにサクラを背負い、自宅まで送ることを約束してくれた。
今時珍しい心の優しい青年だ。
また、サクラも警戒することなく彼を頼ってしまったのは、どこかで見た覚えのある顔のせいかもしれない。

 

「この角を曲がったところでいいんだよね」
「はい、そうです」
森をぬけた二人は、サクラの自宅目前の道まで来ている。
町に入るなり、周囲の注目を集めているように思えてサクラは気が気ではなかった。
おんぶをした状態で街中を歩く二人連れというのは、相当目立つらしい。

そうしてサクラの家、いや、サクラの家があると思われていた場所に到着するなり、サクラは唖然とした表情のまま、いっさいの思考を止めた。

「・・・・・・空き地だね」
「そんな馬鹿な!!!!」
青年とサクラの眼前には、雑草の生えた空き地が広がっている。
住所はそのままサクラの家のものだ。
しかし、この土地の状態を見る限り、昨日今日に家が取り壊されたわけではないことが分かる。
朝、確かにサクラはこの家を出発して森に向かったというのに。
サクラは頭が真っ白になってしまって、どうしたらいいのか全く分からなかった。

 

 

 

「何か、記憶が混乱しているのかもしれないね」
青年は優しく声をかけたが、サクラは黙って俯いていた。
とりあえず、彼の家を訪れ、怪我の治療もしたが、サクラの頭は混乱したままだ。
彼があれこれ気を遣ってくれているのが分かるが、サクラは泣きたい気持ちを堪えるので精一杯だった。
そうしたサクラの感情を読んだのか、青年は柔らかく微笑んでサクラの頭をなでる。

「ま、俺は一人身だし、仕事の関係で家にいる時間も少ないから自由にくつろいでいいよ。きっとすぐに何か思い出すよ」
「・・・・はい。ご迷惑おかけして、すみません」
「いいって。困ったときはお互い様だしね」

 

朗らかに笑う彼を見つめ、サクラは少しだけ口元に笑みを浮かべる。
金の髪の青年、彼の笑顔はサクラの仲間であるナルトに、とてもよく似ていた。


元ネタは河村恵利先生の『ふしぎ野行き』です。


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