あかるいみらい 2


知っている街なのに、知らない顔と、知らない建物。
見覚えのあるものがちらほらと目に入っても、完全に同じではない。

 

窓から階下の風景を眺めながら、サクラは自分がパラレルワールドに迷い込んだのだと感じた。
それ以外に、この状況を説明できない。
ここは確かに“木ノ葉隠れの里”と呼ばれる場所なのだから。

元の世界に戻るためには、もう一度あの森に行く必要がある。
だが、ただ行くだけでは駄目だ。
それでは森での行方不明者が続出することになる。

おそらく、プラスアルファで何か条件が付く。
サクラがこちらへ来てしまったときに働いた、何らかの要素が。

 

「足の怪我が治るまでは、じっとしていた方が良いよ」

振り向くと、エプロンをした青年が立っていた。
「朝ごはん、出来たよ」
微笑む彼に釣られて、サクラは笑顔を返す。
不安なことは山ほどあるが、とりあえずの住処があることは非常に幸運だったと思うことにした。

 

 

「俺さ、今日仕事で遅くなるけど、冷蔵庫にあるものとか勝手に食べていいから」
「・・・あの、お仕事って何してるんですか?」
「んー、いろいろあるけど、雑用とか皆のつかいぱしりが主かなぁ」
流しで洗い物を終えると、彼はエプロンを外しながらてくてくとサクラの座っている椅子に近づく。
「そろそろ、迎えがくる頃、かな」

直後、彼の言葉を証明するように玄関の扉が乱暴に開いた音がした。
「お頭!!」
どたどたとあがりこんだ人物は、遠慮なくリビングにまでやってくる。
忍び装束を身につけたその上忍は、笑顔で手を振る彼の姿を見るなり、ぽかんとした顔つきになった。

 

「おはようー」
「珍しいですね・・・。ちゃんと起きてるなんて」
普段よほど寝起きが悪いのか、上忍は我が目を疑い、何度も目を擦った。
そして、ようやく彼の隣りにいるサクラの存在に気付く。

「その子ですか。森で見つけた迷子って」
「そう。可愛い子でしょ」
サクラの頭にぽんっと手を置いた彼に対し、上忍はふいに真顔になる。
「・・・・十年育てて嫁にでもするんですか」
「それもいいかもね」
ギョッとした顔のサクラに、彼は笑いながら言った。

 

 

 

「この里の額当てをしてるけど、住民票に名前が残ってないんだ。目のつくところに置いておいた方がいいだろ」

家を一歩出るなり、彼の顔からは笑顔が消えた。
表情も別人のように引き締まっている。

「どこかの里の間者でしょうか・・・・」
「それにしてはやり方が妙な感じだけど。ま、一応ね」
「尋問班に引き渡した方が早くないですか」
「それは最後の手段だよ」

眩しいぐらいに照りつける日差しが、道端に残った雪を溶かし始めている。
水溜りの地面を蹴った彼は、明るい笑い声を耳にして、足を止めた。
視線の先には、アカデミーに向かう子供達。
列をなして歩いている彼らは、里が今抱えている難問とは無関係に、楽しげに笑っている。
口ずさんでいる数え歌は、ちょうどアカデミーで習っているものだろうか。

 

「・・・・・お頭、時が迫っています」
「うん」
「こうした光景を見られるのも、最後かもしれません」
「そんなことは、ないよ」
真剣な上忍の言葉を、彼は一笑に付す。
「俺がいるかぎり、この里には誰にも、何にも、手出しをさせない」

 

 

 

会議が長引き、青年が帰宅したは、夜半過ぎだった。
扉を開けた瞬間に、温かい空気が肌に触れる。
長く一人暮らしをしていた彼は、軽い違和感と共にコートを脱ぎ始めた。

「おかえりなさい」
TVを見たままうたた寝していたようだったサクラは、人の気配に慌てて立ち上がる。
「お風呂、沸いてますけど入りますか?お腹がすいてるなら、夜食でも」
「・・・先に寝てて良かったのに」
彼は時計を見ながら言った。
時刻は12時をとうに過ぎ、普段のサクラだったら布団に入っている。

「あの・・・・やっぱり迷惑ですか」
その声音は、いつもと調子が違った。
青年が顔を上げると、泣きそうな顔をしたサクラの姿が目に映る。
「一人でいると、いろんなこと考えちゃって。ずっと、このままだったらどうしようとか。お父さんとお母さんが心配しているだろうな、とか。だから、何かしていた方が気が紛れるんです」

 

サクラを疑う気持ちは、彼の中で急速に萎んでいく。
自分の元生徒達とそう変わらない年齢。
目の前にいるのは親を恋しがって泣く、ただの子供だ。

「・・・住民票よりも、自分の目を信じることにしようかな」
「?」
涙目のサクラの頭に手を置くと、彼は穏やかな微笑を浮かべる。
「必ず、家に帰してあげるよ」


早くも息切れ気味。早く終わらせなければ。


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