あかるいみらい 4
「森に入って右の道を行くと『かすみ橋』という橋がある。昔からその橋はこことは別の世界に行く入り口だって言われている。実際行方不明になった人が何人かいて、この森に入るには許可が必要になったんだ」
なるべくゆっくりと歩いたつもりだったのに、意外に早くついてしまった。
もう、その場所は目と鼻の先だ。
初めて繋いだ手は、とてもひんやりとしていたけれど、顔は反比例して熱い。「サクラの推測通り、雪が異世界への道を開くキーワードだとしたら、今日は打ってつけだよ」
手が離れたとたんに、心細くなる。
体が震えるのは、夕方の冷え込んだ気温のせいではない。
お別れのとき。
「さようなら」という言葉は、言いたくなかった。「元気でね」
初めて見る、寂しげな笑み。
元いた場所に戻るだけなのに、置いていかれるような気持ちになった。
「一緒に行こう!」
とっさに口から出たサクラの言葉に、彼は驚いたようだった。
離された手を、サクラは再び握り締める。
「私のいたところも、ここと同じくらいいいところだし、今みたいに、家に帰れないくらい忙しいってことはないと思うわ。家も、私が見つけてあげるから。だから、一緒に行こう」
彼は明らかに困った顔でサクラを見つめる。
だがサクラは必死だ。
答えは、分かっていた。
だけれど、言わずにいられなかった。「サクラの気持ちは嬉しいよ。でも、俺はここでしなければならないことがあるんだ」
青年の声に、サクラは黙って俯いた。
知っている。
近い将来、彼は木ノ葉隠れの里を、そこに住む人々を守って死ぬ。
分かっているからこそ、サクラは彼を連れて行きたいと思った。
そのことで未来が変わってしまっても、構わない。
生きてさえいてくれれば。
「あのね、俺、両親や兄弟がいないし、物心ついてからずっと一人で生活してきたんだ。だから、家に帰って部屋があったかくて、「おかえりなさい」って言ってもらえるのが凄く嬉しかったよ」
沈黙を破って話し出した彼に、サクラは奥歯を噛み締める。
これ以上、彼を困らせたくない。
だけれど、泣くのを我慢するのはもう限界のようだった。「サクラが、両親に大事にされて育った子だってのは、見てれば分かる。たぶんサクラのいた場所は立派な長がいる、平和なところなんだね」
屈んでサクラと目線を合わせて話していた彼は、しきりに目元を擦るサクラを抱きしめた。「俺は、木ノ葉隠れの里も、そういう里にしたいんだ」
サクラが森で消息を絶って、一週間。
雪が降り始めるのと同時に見つかったサクラは、検査のために木ノ葉病院に入院した。
元気のない様子の彼女は、一週間の間何をしていたのか、どこにいたのかは、何も語らなかった。心配した身内や友達が、サクラの病室にひっきりなしにやってくる。
その日カカシが病室を訪れたとき、サクラは半身を起こして窓の外を見つめていた。
「・・・カカシ先生」
「ん?」
「カカシ先生、四代目と親しくしてたんでしょ」
「ああ、担任だったからね」
唐突に四代目の話題を振るサクラに、首を傾げながらもカカシは素直に答える。「どんな人だった」
「んーー、そうね。あっかるい人だったよ。いつもニコニコしてて、優しい。だから怒ったときは普通の人の倍くらい怖かった」
目線を上にして、カカシは思い出しながら話す。
「忙しい人であんまり家に帰れないみたいだったけど、趣味はガーデニングで、それで・・・・・」そこで、カカシの声はふいに途切れた。
サクラが顔を上げると、カカシは何かを考え込んでいる様子だ。
「・・・・何?」
「あ、ああ。悪い」
サクラの声に我に返ったカカシは、体裁悪く頭をかいた。
「まるで女っ気がなかったからさ、一度訊いたことがあるんだよ。どんな女の人が好みなのか。そうしたら、ちょっと考えてから、こう言ってたよ」
カカシは口元に笑みを浮かべながら、言葉を続ける。「ピンクの髪の、虫の嫌いな女の子が好きだって」
サクラの喉が、声にならない音を漏らした。
目の前にいるはずのカカシの姿が、いやにぼやけて見える。「えらい具体的なこと言うから、あの時変だなぁって思ったんだ。今思うと誰か好きな人がいたのかと・・・・・、サクラ?」
最後の問い掛けは、両手で顔を覆ったサクラに対するものだ。
肩を震わせる彼女が泣いているのだということは、すぐに分かる。
「ど、どうしたんだ。どこか、痛いか?」
うろたえるカカシに、サクラは首を振った。
窓からは、春の到来を感じさせる明るい光が差し込んでくる
彼が望んでいた未来が、確かにそこにあった。
あとがき??
パラレルワールドだと思っていたのが、実は同じ世界の過去だった。
『猿の惑星』を目指したオチだったりする。
ナルトの趣味がガーデニングなので、四代目も同じ。
寝起きが悪く遅刻が多いのは、カカシ先生に引き継がれているもよう。
里長の家に住んでいないのは、三代目が存命中だからです。
四代目×サクラなんてマイナーすぎて、世界単位で私だけなのではと心配になる。(全く)
実はこの作品よりも、ナルトの番外編の方が先に書きあがっていました。