ハッピーライフ


「全員処分して」

彼の一言に、会議室にいる忍び達は一斉に静まり返る。
「・・・全員、ですか?」
「そう」
二度も言わせるなというように、四代目は冷たい視線を彼に向ける。

「雲隠れの里から指名手配されている人間をかばったところで、うちの里に何のメリットもないよ。雷影とも話はついている」
立ち上がった彼は、退出する前に任務を命じた忍びに付け加えて言った。
「首は雲隠れの里に送りつけるから、取っておいてね」

飢饉に苦しむ雲隠れの里から逃げてきた民の中には、女子供も多数混じっている。
それが木ノ葉隠れの忍び達をひるませた要因なのだが、四代目はそれら全てを切り捨てることを望んだ。

「最近の長は、少々怖くないか」
「だが、里のためには最善の策だぞ。同盟を結んだ雲隠れと再び争うわけにはいかない」
「それは分かっているが・・・・」
四代目が去ったあとの会議室では、残った忍び達のひそひそ話が続いている。
その横を通り過ぎながら、思う。
誰も、四代目の心のうちを知らないのだと。

 

 

幼い頃から突出した忍術の才を見せ、周囲の大人から期待されて育った。
そして四代目はその期待に応えるだけの力を兼ね備えていた。
当然のように与えられた、里長としての重責。

四代目は里に住む誰に対しても平等に優しく、その実、誰にも心を許さない。
上に立つものが平静でないと、下にいる人間は不安になる。
だから彼は悟られないようにしている。
自分が、感情を持った一人の人間なのだということを。

人前では、泣くことも、苦しむことも、動揺することも許されない。
笑顔の下で何を思っているのか、ときどき分からなくなることがある。
だが、自分を頼りに木ノ葉隠れの里へと亡命してきた民を、殺すことでしか救えないことに傷ついていることは確かだった。

 

 

 

 

「おかえりなさい」

四代目が家に戻ると、桃色の髪の少女が飛び出してくる。
彼女の正体はまだ分かっていなかったが、四代目は積極的に調べようともしなかった。
そのことに最初は驚いたが、彼女を見ていると、何となく分かる気がした。
屈託なく笑う彼女を見ていると、心が和む。
どこか、四代目と似た空気を持つ少女だと思った。

四代目の顔を一目見て、少女の顔は少しだけ怪訝なものになる。
だが、それは一瞬のことだ。

 

「何、食べたい?肉と魚、どっちもあるけど。それとも、出前を取る?私、料理にはあんまり自信がなくて」
彼女は矢継ぎ早に話しつづけ、過剰に四代目の世話を焼く。
たぶん、何か感じるものがあったのだろう。
四代目がいつもと違った表情をしていることに。
自分の目でそれだけ分かるのだから、四代目も少女が気を使っていることに気づいている。

「手、冷たくなってる」
四代目の両手を掴むと、彼女は柔らかく微笑む。
「まず、ストーブで温まろうか」

長年勤めてきて、初めて四代目の泣き出しそうな顔を見た。
あえて何も訊ねない、自然な笑顔で接してくれる彼女の優しさが、染み入るようだった。

 

 

 

里が第一。
そのためには、自らを犠牲にしようとする四代目。
自分の幸せなど微塵も考えていない彼も、あの少女がいれば変わるのではないかと思った。
それも束の間。
彼女はいなくなった。
四代目が彼女をもといた場所まで送り届けたらしい。

 

「一緒に行こうって言われたとき、少しだけ心が動いたんだ・・・・」

遠い目をした四代目が、ぽつりともらす。
四代目が他人に本音を告げるのは珍しい。
だから、自分も真面目に言葉を返した。

「行けば良かったじゃないですか。一緒に」

このときだけは、里が抱えている問題など頭になかった。
幼き日から、木ノ葉隠れの里という枷を付けられた虜囚のごとき四代目。
彼が自由に出来たのは、どこからともなく現れた少女の前だけだった。

四代目は驚いた表情で自分を見て、それから少しだけ笑った。

「有難う」

 

自分には、あの少女のように四代目の心を慰めることは出来ない。
それでも、どこまでも付いて行こうと思った。
見届けることくらいしか、出来そうになかったから。


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