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エンジェル・ブルー Ⅱ


「私、天使ってもっと綺麗なものを想像していたわ・・・」

保健室の扉を開けたサクラは、カカシの姿を見るなりぽつりともらす。
椅子に座るカカシは、頭をかきながら振り向いた。
「そんなにイメージと違うかなぁ」
「違うわよ!天使はそんな本読んじゃいけないのよ!!」

サクラが指差した先、机にはカカシの愛読書である18禁小説があった。
彼は暇さえあればそれを広げて読んでいる。
そのたびに、サクラは自分の思い描く天使像が音を立てて崩れていくのを感じた。

「思いっきり俗物じゃない!!詐欺よ!天使はもっとピュアな存在のはずでしょ」
扉をぴしゃりと閉めると、サクラはずかずかとカカシの元へとやってくる。
「いや、これ結構面白いのよ。読んでみる?」
「遠慮しておきます」
サクラはぷいとカカシから顔を背ける。
「大体、天使っていうわりには羽もないし。服だって私たちと一緒だし・・・・」
「白いひらひらした服で羽なんて付いてたら、普通に町を歩けないでしょ。それに、羽をもらえるのは上級天使になってからなんだよ」
「上級天使?」

 

カカシはサクラに側にある椅子に座るよう促すと、100の恋を成就させる天使の仕事の話をした。

「100人も幸せにしないと駄目なんだ!天使の仕事も大変なのね」
「そうだよ」
目を丸くするサクラに、カカシは苦笑する。
「天使の羽、見てみたいなぁ・・・」
「それは、無理」
カカシは自分の顔の前で手を横に振る。
「上級天使になったら、人間の眼では確認できなくなるんだ。神さまに最も近い存在だからね」
「へぇ・・・」

カカシの口から出た神の名に、サクラは反応した。
天使がいるのだから、神も当然存在している。

「ねぇ、神さまってどんな人なの!?」
サクラは好奇心に勝てずに訊ねた。
「別に、冬になると炬燵に入ってごろごろしてるただのじーさんだよ。孫が一人いるんだ。ちなみに何回か代替わりしていて、今の神さまは3代目」
「・・・・そうなんだ」
カカシのぞんざいな答えに、サクラは聞かなければよかったかと少し思う。
サクラの想像する神さまはもちろん美形で、周囲の者が思わずひれ伏すような威厳のある人。
それが現実は、炬燵でゴロ寝をするような老人だという。
カカシの出現で天使のみならず、サクラの中の神さま像もかなり壊れた。

 

「ほら、もう部活の時間だろ。早く行かないと」
「うん」
カカシにせかされ、サクラは扉へと追いやられる。
退散したサクラにカカシはようやく読書を再開したが、数秒もしないうちに扉が開かれる。

「カカシ先生」
振り向くと、扉から顔だけ出したサクラの姿。
「ん?」
「先生の願いごと、私が一つ叶えてあげる」
「・・・・え?」
意表をつく言葉に、カカシは身を乗り出して訊き返す。
「人の願いを叶えてばかりじゃ、先生つまらないでしょ。私に出来る範囲なら何でもするから、考えておいてよ」
にっこりと笑って手を振ると、サクラは今度こそ姿を消す。
ぱたぱたと廊下を走る足音を耳にしながら、カカシは暫らくの間呆然としていた。
天使の願いを人間が叶えるなど、聞いたことがない。

「変な子・・・」
風変わりな発想に苦笑いしたカカシだったが、嫌な気持ちはしなかった。

 

 

 

試合を明後日に控え、サッカー部の練習は各自任せとなっている。
そしてサッカー部の部室、その脇にある部屋でサクラは必死に洗濯機と格闘していた。
洗濯物と洗剤を入れたというのに、肝心の機械が動かなくなったのだ。
「もう!壊れたのかしら」
サクラは腹立たしい気持ちに押さえられず、洗濯機の横をガンッと蹴りつける。
だが目の前の機械に変化はない。

サクラが溜息と同時に振り向いたとき、その扉付近にいた人物にぎくりと動きを止めた。
逆光で面立ちははっきりしないが、間違いなくサスケだ。
サスケはサクラの横を通り過ぎ、洗濯機の前までやってくる。

 

「・・・・何だ、これは」
「あ、あの、洗濯」
「そんなことは見れば分かる。お前、家で手伝いしたことないだろう」
「そ、そうだけど」
突然のことに、サクラはしどろもどろに答えた。
挨拶を除いて、サスケとまともに会話をするのは初めてなのだ。

「いっぺんに入れたら動かなくなって当然だろう。出せ!」
サクラが戸惑っている間に、サスケは水を張った洗濯機に手を突っ込む。
すると、よくここまで、と感心するほどぎゅうぎゅうに詰め込まれたユニホームが出てきた。
それを半分ほどタライに戻すと、サスケはサクラを振り返る。

「一度に済まそうとするな。効率が悪いし布も傷む」
「ご、ごめんなさい」
サクラは見るからにしゅんとして、肩を落とす。
サクラから目線を逸らすと、サスケは首を回らせる。
「・・・・他の奴は?」
「用事があるからって」

サッカー部のマネージャーはサクラ以外に2人ほどいる。
だが、彼女達はサクラ同様にサスケ目当てで入ったせいか、面倒なことはサクラに押し付けるふしがあった。
生真面目なサクラは文句を言いながらも、残った仕事を一人でこなしている。
そしてサスケは見ていないようで彼女達のことをきちんと観察していた。
濯ぎの済んだ洗濯物の籠を手に取ると、サスケは物干し場に向かって歩き出す。

「手伝う」

ぶっきらぼうな物言いに、サクラは目を見開いてその後ろ姿を見詰めた。

 

 

「お前の100人目の女が、彼氏と上手くやってるぞ」
「分かってるよ」
水晶球に見入っていたアスマは、サスケとサクラの様子をわざわざ実況中継をして伝える。
夕方になり、保険医の仕事を終えるとカカシは天上に戻ってきていた。
そして平常どおり水晶球でサクラの様子を眺めていたのだが、今日は何故か途中から目を逸らしている。

「最初から俺の力なんて必要なかったんだ。サクラは可愛くて、素直で、頭も良い。想われて嫌な気持ちになる男なんているはずない」
「お前もか?」
間をおかずに訪ねられ、カカシは驚いてアスマを見る。
アスマは真顔だった。
カカシ同様ゆったりとした空気のあるアスマには珍しいことだ。

「・・・何かあったか?」
「ハヤテが消えたよ」
突然の仲間の訃報に、カカシは目を見張る。
「え、だって、あいつはまだ100年経ってないだろ」
「そっちじゃない!人間に恋をしたんだ」
吐き捨てるようにして言われ、カカシは言葉を続けられなかった。

 

天使の最大の禁忌。
人間と恋に堕ちること。
人間に愛の言葉を告げた瞬間に、天使は消えてなくなる。

親身になって話を聞く間に、ハヤテはターゲットである女性を好いてしまったのだそうだ。
そして、彼女と他の男との間を取り持たなければならないことに、耐えられなくなった。

100の恋を成就させれば、永遠の命が手に入るというのに。
ハヤテは彼女に自分の気持ちを伝え、消えた。

 

「お前は平気だよな、あと一人だし」
アスマは不安げな顔でカカシを見遣る。
「これ以上同期の仲間が減るのは嫌だぞ」
「俺は、平気だよ」
カカシはいつもどおりの飄々とした顔だ。
仲間の消滅にも、さほど動揺はしていない。
だけれど、微妙に違って見えるのはアスマの気のせいだろうか。

「俺は人間に恋なんてしない。大丈夫」

カカシは自分に言い聞かせるように、もう一度繰り返す。
アスマがちらりと視線を向けると、水晶球は仲良く洗濯物を干すサスケとサクラの姿を映していた。


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