胡蝶の夢


父はオレを殺そうとしている。

毎日刺客を差し向けては、生き延びるオレを複雑な表情で見詰める。
その瞳に、愛情と呼べるものは欠片も感じなかった。
ただ、畏怖の念だけが感じられた。

 

血を分けた兄と姉は、父以上にオレを恐れている。

彼らは腫れ物のように、オレを大事に扱う。
不自然なほどに。
偽物の笑顔が鼻についた。

 

それがオレの家族。

一人でいる方が、よほど気が休まった。
彼らを見ても、何も感じなかった。

 

 

ある日、ふと頭を過ぎった、疑問。

 

それならば。

母親はどうだろうか。

 

オレが誕生したのと同時に、命を絶たれた彼女。
もし、母が生きていたならば。

バケモノのオレを。
それでも。

 

愛してくれたろうか。

 

 

「あ、起きた」

目が覚めて最初に聞こえたのは、軽やかな女の声。
次の瞬間には、上からその声の主が顔を覗き込んできた。
「大丈夫?」
河川敷の草叢で横になっていたオレは、瞬時に半身を起こす。
彼女が慌てて避けなければ、頭をぶつけていたことだろう。

目の前で座り込み、オレの寝顔を眺めていたのは同じ年頃の女だ。
薄紅色の髪に、緑の瞳。
どこかで見た覚えがあるが、思い出せない。

「平気みたいね。今日暑いから、熱射病で倒れてるのかと思ったの。あと数秒起きなかったら、人呼んでたわ」
笑いながら言うと、彼女は傍らに置かれた鞄をごそごそと探り出した。
「これ、あげる」
彼女は小さな菓子袋をオレに渡そうとする。
水滴のついたその袋は、おそらく氷系の食べ物が入っている。
オレはそれを凝視したまま動かなかった。

「毒は入ってないわよ」
なかなか受け取ろうとしない俺に眉を寄せると、彼女は袋を開けて物を取り出した。
中身はスティック状のアイスだったが、彼女はそれを二つに割って、片方を再び俺に差し出した。
「キッチュな感じでなかなかいけるのよ」
棒が二つついたそれは見事に均等に割れている。
片割れを口に含むと、彼女はにっこり笑ってこちらを見た。

思わず手を伸ばしてしまったのは、彼女があまりに美味しそうにそれを食べていたからだ。
天候も、この国にしては確かに暑かった。
オレがそれを口にすると、彼女はより一層の笑顔をオレに向けた。

 

 

肩を並べ、そのまま無言でアイスを食べる。

河の流れに視線を向けながら、オレは自分の不注意さを反省していた。
眠っていたとはいえ、隣りにいる女の気配を感じなかった。
平和ボケしている木ノ葉の里でなかったら、あっという間に息の根を止められていただろう。

「アイス食べたら、喉渇いちゃったわ・・・」

能天気な声に窺い見ると、彼女はどこか遠くを見詰めてぼうっとしていた。
何も考えていないことがありありと分かる表情。
こんなマヌケそうな面をした女に後れを取るなど、恥だ。

何をするでもなく、暫らく隣りに座っていたかと思うと、彼女は唐突に立ち上がった。
「いけない。夕食の買い物の帰りだったのよ。お母さん怒ってるわ!」
いかにも慌てているという風に、荷物をまとめる。
そして立ち去り際、彼女は一言、言い残していった。

「サスケくん達の喧嘩を仲裁してくれて有難うね」

 

その言葉を聞いて、彼女をどこで見たのかようやく思い出す。
アイスは、お礼のつもりだったのかもしれない。

彼女の後ろ姿を見詰めながら、オレは名前を聞かなかったことを少し後悔した。
何だか胸に大きなしこりが出来たような。
奇妙な感覚だった。

 

 

 

その晩、オレは夢を見た。

いつもは、母親が現れる夢をよく見る。
知らないのだから、彼女は輪郭もおぼろげなことが殆どだ。
言葉を交わすこともない。
だけれど、母の側が居心地の良い場所だということだけは感じていた。

それが、この日見た夢は母が登場しなかった。
代わりに、今日出合った風変わりな女がいた。

「食べる?」
昼間と同様、彼女はオレにアイスを差し出してくる。
オレも、何の疑問も持たずにそれを受け取る。

分かっていたからだ。
そうすると、彼女は嬉しそうに微笑むのが。

 

 

 

会えることを期待していなかったといったら嘘になる。
でも、本当にまた会えるとは思わなかった。

「今日もいた」

振り返ると、案の定、彼女の姿。
昨日と同じ場所、同じ時間に彼女はやってきた。
寝転ぶオレに向かって歩いてくる。
彼女が傍らに座ったことを確認し、オレは声を出す。

「お前の夢を見た」
「・・・へぇ」
感心を引かれたのか、彼女は面白そうにこちらを見る。
「私、何してた?」
「アイスを食べていた」

瞬間、弾かれたように彼女は笑った。
派手な笑いだったが、全く不快に感じない、明るい笑いだった。
それに、オレの言葉で人が笑うことなど、初めてのことだ。
「人の夢に登場してまでアイス食べてるなんて、何か、私が凄い食いしん坊みたいね」
言葉とは裏腹に、彼女は不満に思っている様子はなかった。
そのことに、少しだけ安心する。

「それは正夢よ」
彼女は持参した鞄を前に突き出す。
続きは、夢と全く同じ光景。
「食べる?」

頷くと、彼女はにこにことこぼれるような笑顔を見せた。

 

こうした何気ない会話が新鮮で。
自分がそう思っていることを彼女は知らなくて。
そのことを、本当に喜ばしいと思う。

オレは彼女の気配に気付かなかったこと、そして、オレを守るはずの砂が作動しなかった理由を悟った。
彼女自身が、オレを全く警戒していない。
殺気を撒き散らして近づく刺客達と違い、ごく自然な態度で、彼女はオレの隣りにいた。
オレの素性を知る者に囲まれた、砂の国では絶対に有り得なかったことだ。

彼女は砂漠ではけして根付かない樹木の名前を持っていた。
新緑に似た色合いの瞳に、相応しい綺麗な名前だ。
春にその樹に咲くという、花を是非見たいと思った。
彼女と一緒に。

 

 

彼女に出会ってから、母は夢に現れなくなった。

もう必要ない。
現実の世界で、必要な人間を見つけたから。


あとがき??
・・・・我サク?
すみません。これ、リク小説の前哨戦です。
とにかく、これを書かないと次の段階に進めなかったのですよ。
今度は明るい感じになる、はず。
ちゃんとカカシ先生も出てきます。まだ一行もストーリー考えてませんが。(汗)

ああ、我愛羅くんの対サスケ戦の話、立ち読みのうえにうろ覚えなので、全く反映されてません。
11巻までのおぼろげな知識。
設定違っていても、大目に見てください。
これは一体いつなんだ、とかも言っちゃ駄目!

まさか、私が我サクを書く日が来るとは思わなかったわ・・・。本当に。


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