悪意なき悪戯


「イルカ先生、たぶん今日はナルト来ないわよ」

サクラはナルトがイルカといつも待ち合わせをしている公園に現れてそう告げた。
ナルトは任務で足に怪我をして病院に運ばれている。
付き添って病院に行ったカカシは、戻ってくると
「骨に異常はなかったからそんなに心配することはない」
とサスケとサクラに言った。
だがナルトの怪我が治るまで、明日から二人は当分自主練習だ。

帰り道、ナルトが
「今日はイルカ先生とラーメン食べに行くってばよ」
と嬉しそうに言っていたのを思い出したサクラは、気になって公園へ足を向けた。
そこに案の定、待ちぼうけ状態のイルカが佇んでいたというわけだ。

 

「そうか。様子見に行った方がいいかなぁ」
サクラから事情を聞いたイルカは心配そうに眉を寄せる。
「イルカ先生ったら、相変わらずナルトのことばかり考えてるのね」
サクラは可笑しそうにくすくすと笑った。
「変かな」
「ううん。でもナルトのお母さんみたい」
そう言われても、独身でしかも男性であるイルカは複雑な心境だった。

「先生、いっつもナルトのことで頭一杯でしょ」
「そ、そんなことはないぞ。ただ朝目が覚めた時にナルトは遅刻しないで集合してるかとか、授業中にナルトは今ごろ何をしてるかとか、家にいる時にナルトはちゃんと飯食ってるかとか、考えてるだけで・・・・」
話しているうちにイルカはますますどつぼに嵌っていく。
しだいに黙りこんだイルカはサクラの“ナルトのお母さん”という言葉が言い得て妙なものに思えて悲しくなってきた。

「イルカ先生、そんなだから恋人できないのよ」
サクラの言葉がグサリと突き刺さる。
残酷な言葉をいいながら、サクラは沈んだ表情のイルカを見て面白そうに笑い声をたてた。
「そんなに笑うなよ」
イルカがふてくされたような声を出す。

「ごめんなさいイルカ先生。いいものあげるから許してよ。これ、見て」
口の端を未だ緩ませながら、サクラは両の手のひらを胸の前あたりで広げる。
「なんだ」
イルカは目を凝らしたが、サクラの手の上に何かがのっているようには見えない。
新しい術か何かじゃないよな、と思いながらイルカは屈みこんでサクラの手に顔を近づけた。
やはり何もない。
イルカがそのままサクラに視線を向けると、にんまりと笑ったサクラと目が合った。

その顔を見たとき、イルカはなんとなくナルトのことを思い出した。
サクラの今の表情は、ナルトが悪戯を思いついたときのものと同じだ。

 

「俺は見たってばよーー!!」
ナルトは机に突っ伏して大泣きしている。
「あーもー、うっとおしい。さっきから泣いてばっかで。それじゃ何があったか全然分からないだろ」
ナルトと向かい合わせの席に座りながら、カカシはナルトにティッシュを箱ごと渡す。
涙だか鼻水だか分からないくらい顔をぬらしたナルトが、大きな音をたてて鼻をかんだ。
「うう。だから、俺は見たんだってば」
ナルトはしゃくりをあげてあふれ出る涙をふく。
カカシは机に頬杖をつきながら言った。
「見た見たって、何を見たんだ?」
「イルカ先生とサクラちゃんがキスしてるところ」
瞬間、どうやったのか、カカシは椅子から派手に転げ落ちた。

 

ナルトは病院の帰りに足を引きずり、時間をかけながらもイルカと約束した場所へと向かった。
そして公園について最初に目に入ってきたのは桜色の髪の人物。
遠目にサクラとイルカが並んで話しているのが分かる。
どうしてサクラちゃんがここにいるんだろう、と思った時、ナルトは目撃してしまったのだ。
顔を寄せたイルカの頬に手を添えて、サクラがイルカと唇を合わた衝撃的場面を。
目の前が真っ暗になったナルトは思わずカカシの家に駆け込んでいた。
足の怪我の痛みなどすっかり頭から消えている。

青い顔でカカシの前に現れたナルトは
「見ちゃったーーー!!」
と張り裂けんばかりの大声をあげ、滝のような涙を瞳から落としながら卒倒した。
カカシが唐突な出来事に何が何だか分からず呆然としていると、すぐに跳ね起きたナルトが再びボロボロと泣き出したのだ。
しきりに「見ちゃった。見ちゃった」と口にしながら。
玄関で座り込んでいるナルトを苦労してリビングまで連れて行ったカカシは、ナルトから驚きの事実を聞かされることになる。

 

「それは由々しきことだな」
ようやく真剣に事態を思考し始めたカカシに、ナルトが大きく頷いた。

 

「イルカ先生!」
イルカは教師仲間の声で我に返った。
「はい。何でしょう」
イルカに声をかけた教師は訝しげな表情をしてイルカを見ている。
「イルカ先生、どうしたんですか。ボーっとして。さっきから呼んでたんですけど」
「え」
見ると、職員室中の視線が自分に集中している。
よほど何度も名前を連呼されていたらしい。
「す、すみません」
イルカは顔を真っ赤にして頭を下げた。

公園での出来事以来、イルカは万事この調子だった。
気が付くとサクラのことを考えている。
何故あのようなことをしたのかサクラの意図がまるで分からない。
だからよけいに気になる。

あの後、サクラはイルカが声を発することができないうちに「じゃあね」と言って姿を消してしまった。
問いただそうにも、いつも何かしら邪魔が入って、サクラに会いに行く機会がない。
邪魔というのは、自分に回ってくるはずのない膨大な量の雑用仕事だったり、職員室の外で待ち伏せしているナルトだったり。
雑用の方はとある上忍が一枚かんでいるという噂を聞いたが、真実は定かではない。

それにしても、ナルトが鋭く自分を見据えている時があるように思えるのは、自分の気のせいだろうか。
恋愛に対してからっきし鈍いイルカは、ナルトの視線の意味に全く気付いていなかった。

 

その日、様子のおかしいことを心配した中忍仲間にイルカは無理やり早退させられた。
暦は四月の後半。
イルカは春の日差しを浴びながら、大きく伸びをして暖かい空気を胸いっぱい吸い込んだ。
アカデミー入り口付近にある桜並木はすでに盛りを過ぎ、葉桜になりかけている。
それでも桜の持つ圧倒的な美しさは全く損なわれることはなく、むしろ若葉が見え隠れする今が一番綺麗だとイルカは思った。

「イルカ先生」
暫し桜木に見入っていたイルカは、自分を呼ぶその声に振り返る。
「こっちこっち」
イルカが目線を上げたその先に、桜色の髪の少女がいた。

 

桜の木の妖精みたいだ。

枝に腰掛けて笑うサクラを見て、イルカは素直にそう思った。
髪の色だけでなく、緑色の瞳までも葉桜となった木と一体になっていて、ピンクと緑のカラーコントラストが桜とサクラを更に結び付けていた。

「なんだかね、カカシ先生がこのごろ私にばっかり居残り練習させるからちょっとさぼっちゃった」
サクラはエヘヘっと笑って木から降りてくる。
「イルカ先生にも会いたかったし」
その言葉にイルカの心拍数は跳ね上がる。
自然とサクラの唇へ向かってしまう視線を、イルカは何とか逸らした。

「さ、サクラ、こないだみたいな悪戯は他の奴にはしない方がいいぞ」
「悪戯?」
サクラは首をかしげながらイルカを見つめる。
思案した彼女は、ようやく公園で自分がした事を思い出したようだ。
「悪戯なんかじゃないよ」
サクラは笑いながら、意味ありげな視線をイルカに向ける。

 

イルカが困惑した態を見せたその時、突風にあおられ、桜の木々が大きく揺れた。
同時に、視界の全てが桜吹雪に包まれる。
桜の花びらがまるで風花のように舞った。

「わぁ」
サクラはイルカとの会話をすっかり忘れて、花が舞い散る様を歓喜の表情で眺めた。
花びらを捕まえようと手を伸ばしたが、すんでのところで花びらはサクラの手をすりぬけて散っていく。
それでもサクラは楽しげに花を追いかける。
サクラは小さな遊びに夢中だ。
そのようにしなくても、いくつかの桜の花弁がまるで髪飾りのようにしてサクラの髪に彩りを添えているのに。

「さくら、綺麗だな」
イルカは微笑みながら言った。
「桜が?それともサクラが?」
サクラがからかうようにして訊ねる。
「両方」

何の思惑もないイルカのその笑顔に、ついサクラは見惚れてしまった。
ナルトもよくこうした屈託のない笑みを自分に向ける。
でも、イルカは少年ではない。
しかも忍びの世界に身を置くものとして、イルカのように純粋な気持ちを持ったまま大人になる人はめったにいないのではないかとサクラは思う。
「先生、たらしの才能あるかもね」
「えー?」
サクラの小さな呟きはイルカには届かなかった。
サクラは不思議そうな顔をするイルカを横目に全く違う話題を口にした。

「イルカ先生。今日はナルトのところに行かなくてもいいの」
「毎日ナルトの心配ばかりするのはやめたんだ」
サクラのことを考えてるからという言葉を呑み込みながらイルカは答えた。
「へぇ」
サクラは感心したような表情をする。

「それはとっても良いことよ。イルカ先生もそろそろ子離れしないとね」
意気消沈するナルトを頭に思い描き、サクラは含み笑いをもらして言った。
「ナルトの次に誰がイルカ先生の大切な人になれるのか楽しみだわ」
「サクラはなってくれないのか」
思わずイルカの口をついて出た言葉に、サクラは目をパチクリと瞬かせる。
イルカがそのような冗談を言うとは思わなかったからだ。
普段からふざけたことばかり言っているカカシに比べ、生真面目なイルカが戯言をいうとはかなり意外だった。

「イルカ先生ってば、私本気にしちゃうよ」
「俺のこと嫌いか」
目を伏せたイルカの瞳には、不安の陰りが色濃く見える。
サクラはナルトが情けない表情をすると「頼りない」としか思えない。
だけれど、自分より随分年上のイルカがこうした表情をすると「頼りない」という思いは、「可愛いなぁ」という感慨に変わる。

「ちょっと遅かったわね」
サクラは額に手を置いて残念そうに言った。
それはすでにお付き合いしている人物がいるということだろうか。
あからさまに落胆した表情をするイルカに、サクラは悪戯な笑みを浮かべる。
「イルカ先生に振り向いて欲しくて勉強してる間に私、優等生になっちゃった」
サクラはイルカに抱きついて嬉しそうに言った。
「嫌いな人にファーストキスあげたりしないわよ」

 

「あーあ。これ以上邪魔したらサクラに嫌われちゃうかなぁ」
窓の縁からイルカとサクラを見下ろしながら、カカシは寂しそうに呟く。
イルカの行動には終始目を光らせていたカカシとナルトだが、今日イルカは一足違いで帰宅していた。
そして、二階にある職員室の窓から虚しく二人を眺めるはめになってしまったのだ。

カカシの傍らではナルトが悔しそうに唇を噛み締めている。
それを見て、カカシは表情を和らげて言った。
「ナルト、お前今どっちに嫉妬してる?」
ニヤニヤ笑いのカカシの意地悪な問いかけに、
「両方!!」
がなりたてるようにしてナルトは答えた。

 

職員室に入り込んだ桜の花びらが、ナルトを慰めるかのようにふわりと舞った。


あとがき??
オチに使ったことは多々あるけど、初めてのイルサクー!!
どうしよう、このまま本気でイルサクにはまったら。(笑)
そろそろ桜の季節かぁと思ったら、自然に桜花の描写を入れていた。

不意打ちチューは最初カカサクで思い浮かんだもの。
でも、カカシ先生、マスクしてるじゃん!
素直に騙されてくれなそうだし。
というわけで、イルサクネタになりました。(笑)
最初はサスサクネタにしようと思ったのだが。

イルカ先生が純情少年になってしまったわ。
これじゃー中学生だよー!中学生的恋愛。ひー!!
どうしよう。イルカ先生が恋愛に関しては百戦錬磨のつわものだったら。
ジゴロなイルカ先生。それはそれで・・・。(笑)
イルサクのつもりが、サクイルになってるあたり、イルカ先生って本当に受け身の人なんだなぁと思った。

そしてイルカ先生を書く上で外せないのがナルトだったりする。
あれ、もしかして私イルナル派?
何故かイルカ先生のことを考えると、オプションでナルトがついてくるのよ。不思議。

イルカ先生とサクラがラブラブな会話をする場面、間違えて“イルカ”の部分を“カカシ”と文字入力した私。何度も。(笑)
根っからのカカサク人間だわ。
カカサクでもイルサクでも、やっぱりナルトは可哀想。(笑)
あ、ちなみに私の作品では全てにおいて“カカシ先生はサクラが好き”ってことが常識としてまかり通っているので、ご注意ください。(今さら言ってもしょうがないか)

2000HIT、みなも様、有難うございました。


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