あなた好みの


サスケくんは髪の長い女の子が好みらしい。
そのことを聞いた私はさっそく髪を伸ばし始めた。
サスケくんに振り向いてもらいたくて。

まさかその髪をうっとおしく思う日がくるなんて思わなかった。
でも、今さら切ることなんてできるはずもない。
あの人が私の髪を綺麗だと言ってくれているかぎり。

 

「サクラ、今日俺の家でいいことしない?」
サクラがカカシのこの怪しげな誘いに応じたのは、サスケが自分たちの方を見ていたからだ。
サスケの気持ちが少しでも自分に向いているなら、何かしら反応があると思った。
「いいよ」
あっさりと承諾すると、誘いの言葉をかけた本人が意外だという顔をした。
「本気?」
目を丸くするカカシに、サクラは笑いながら答える。
「カカシ先生が来いって言ったんでしょ」
「いや、そうだけど」
何故か同時に二人の視線がサスケへ向かう。
それに気付いたサスケは、つまらなそうに鼻を鳴らすとその場から立ち去っていった。
みるみるうちに沈んだ表情になるサクラに、カカシは小さく溜め息をつく。

「えー、先生、俺は俺は」
しきりにまとわりついてくるナルトの顔をじっと見つめて、カカシは首をふる。
「うーん。ナルトは駄目。つまらなそうだから」
「つまらない?」
ナルトは不思議そうに首をかしげた。
「そう。じゃあ、行くぞ」
嬉しそうな笑顔を浮かべるカカシに手をひかれながら、もしかして安易に返事をしたのは失敗だったろうかとサクラは少々不安になった。

 

その後、予定のなかったナルトはまっすぐ家路につく。
途中、折りよく仕事を終わらせたイルカと出くわし、ナルトは喜々としてイルカを“一楽”へ誘った。

注文したラーメンがくる間に、ナルトは近頃の任務内容の不満をイルカへ話し始める。
「でさ、任務の後にサクラちゃんを“一楽”に誘おうとしたんだけど、カカシ先生に先を越されちゃったんだよ」
「カカシ先生に?」
コップの水を呷りながら、イルカが訊ねる。
「そう。なんかカカシ先生の家でいいことするんだって。俺は来たら駄目って言われた」
イルカは口に含んだ水を派手に噴き出した。

「い、イルカ先生、大丈夫?」
イルカは椅子から立ち上がって、驚いているナルトの腕を掴んだ。
「ナルト、カカシ先生の家の場所知ってるか?」
「うん」
「行くぞ!」
言うが早いかイルカはナルトを引きずりながら店の扉に向かって歩き始める。
「ええーー!俺のラーメンーーー!!」
ナルトの悲痛な叫びが店内に響き渡った。

 

「ここか」
まるで敵の本拠地にたどり着いたかのように険しい表情をしてイルカは呟いた。
「もー何なんだよ。俺のラーメンが」
ナルトはカカシの家の前まで来ても、まだ名残惜しそうな顔をしている。
「ナルト、お前なぁ、サクラとラーメンとどっちが大事なんだよ」
「・・・・」
真剣に悩むナルトを尻目に、イルカはさっそく聞き耳の術を使って扉の中の様子を探る。
気配は二つ。
間違いなくサクラとカカシのものだ。

「カカシ先生、私もう帰りたい」
「駄目。これからが本番なんだから」
「痛いってばー」
「もう少しの辛抱だって」

意識を集中させてすぐ聴こえてきたその会話に、イルカは矢も盾もたまらず玄関のドアを蹴破った。
「カカシ先生、あんた生徒相手に何してるんですか!!」
真っ赤な顔で部屋に侵入すると、思いもよらない光景がイルカの視界に入った。

額当てを取り、複雑に編み込みされた髪形をしているサクラと、そのサクラの頭にまるでラッピングをするかのようにリボンを巻くカカシ。
イルカは唖然として、開いた口が塞がらない。
対してカカシとサクラも突然現れたイルカにすっかり動きが固まってしまっている。
「お、お邪魔しま〜す」
イルカと違い靴を脱いで入室してきたナルトが、イルカの背後からおずおずと声を出した。

 

「申し訳ありませんでしたーー!」
多大な誤解で器物破損、住居侵入の罪を犯したイルカは、ただカカシの前でひれ伏すのみだ。
「まぁ、弁償してくれれば別にいいんですけど。それより、せっかくお茶入れたんだから飲んでくださいよ」
カカシは日本茶をすすりながらのんきな声を出す。

「カカシ先生、これ美味いってばよー」
ナルトはカカシの作ったチャーハンを夢中で掻き込んでいる。
「イルカ先生、何を勘違いしてあんなことしたんですか」
未だ頭にリボンを巻いたままのサクラが怪訝な表情で訊いた。
温厚なイメージのイルカがあのような行動をとるとは、サクラにはまだ信じられなかった。

「えーと・・・」
「良いですよ。何となく想像できるんで」
言いよどむイルカにカカシが助け舟を出した。
「それより、イルカ先生の髪、いじらしてくださいね〜」
うなだれたイルカはカカシの言葉に素直に頷いた。

人の髪で遊ぶことは、上忍カカシの隠された趣味だった。
サクラのさらさらヘアーに前々から触りたいと思っていたカカシだが、髪の短いナルトにはさほど興味を持っていなかった。
だからナルトに「つまらなそうだから駄目」と言ったのだ。

カカシはうきうき顔で、さっそくイルカの髪紐を解こうとする。
「イルカ先生―。カカシ先生容赦なく櫛で髪ひっぱるんで、かなり痛いですよー」
サクラは情けない表情をしているイルカにそう忠告した。
そしてナルトとサクラが帰り支度を始めた頃、サクラとおそろいのリボンをつけ可愛らしく変身したイルカに二人共大爆笑したのだった。

 

「サクラ、俺んち来ない?」
「またですかー。もう今月だけで5度目ですよ」
サクラはうんざりとした顔でカカシを見た。
「ヤフジのケーキ買ってやるから」
カカシの言葉にサクラはしぶしぶ頷いた。

いつものようにリボンを巻かれた後、サクラはおもむろにカカシに向き直る。
「私ばっかりでずるいわよ。ちょっと貸して」
サクラはカカシから櫛を奪い取った。
「おいおい」
「額当てを取って、マスクもはずして」
サクラはあっという間に作業に没頭した。
最初は抵抗したが、強引なサクラに観念した様子で、カカシは大人しくサクラの言うままにしている。

「できたーー・・・・」

櫛を片手に満足そうな笑みを浮かべたサクラは、自分でやっておいて、暫し呆然とカカシに見惚れた。
軽く整髪料をつけて櫛でとかしただけなのに、別人のようになったカカシがそこにいた。
普段からその顔の大部分を隠してしまっているのであまり気にしたことはなかったが、カカシが意外に整った顔立ちをしていることにサクラは初めて気付く。

・・・カカシ先生ってこんなに格好良かったっけ。

額当てを取ったせいで左眼につけられた傷がよけいに際立っているが、その傷がまたカカシにさらなる魅力を与えていた。
むしろ、その傷が端麗すぎる顔を人間味のあるものにしている。
写輪眼のせいか、サスケとどこか似た、冷たい雰囲気の美しさ。

「サクラ、どうかした?」
我に返ったサクラは、自分が無言でカカシを見詰めていたことに頬を赤くした。
「変。全然似合わない!」
サクラは照れ隠しのためにカカシの頭をもとのようにくしゃくしゃにする。
「なんだよー。サクラがやりたいって言ったのにー」
苦笑するカカシは、サクラのよく知る優しい笑顔。
どうしてこのカカシを「冷たい顔」などと思ったのか、サクラにもわからなかった。

 

いつとはなく、サクラは毎日のようにカカシの家に通うようになっていた。

「カカシ先生、もうイルカ先生は誘わないの?」
「うん。サクラの髪の方が触り心地良いし、ピンク色の髪が綺麗で好きだから」
髪のことを言われたと分かっていても、サクラは「好き」の言葉に反応して頬を染める。
褒められて悪い気のする人間がいるはずもないが、普段から髪に気を使っているサクラは一層嬉しく感じていた。
そのはずだったのに。

サクラはカカシが自分の髪を褒めるのが段々疎ましいと思うようになった。
カカシの「好き」は髪に対してであって、自分に向けられたものではない。
そのことがたまらなく悔しい。
サスケには髪のことだけでもいいから「好き」と言って欲しかった。
それが、カカシが相手だと髪を「好き」だと言ってくれるだけでは物足りない。

自分の中に今までと違う恋が芽生えていることに、サクラはうすうす感づいていた。
でも、この髪があるかぎり、先生が自分を見てくれることはない。
いっそ髪を切ってしまおうかと思ったこともある。
けれど、髪がなくなればカカシの態度がサスケのようにそっけないものになるかもしれない。
その様子を想像すると、恐くて、サクラはどうしても思い切ることができなかった。
カカシへの思慕が強くなるたびに、重圧はひどくなっていく。

 

サクラの気持ちが八方塞がりになっていたそんな時、彼女は図らずも中忍第二試験で、何より大切にしていた髪を失うことになった。
サクラに後悔の気持ちなど微塵もない。
だが、音忍との闘いが終わった瞬間、まずサクラの脳裏をかすめたのはサクラの髪を綺麗だと言って笑うカカシの姿だった。
カカシに会うことが、その反応が、サクラはとても恐かった。

 

「サクラ、またうちに遊びに来いよ」
中忍試験終了後、カカシは今までと変わることなく、サクラに誘いの言葉をかけた。
サクラは軽く目を見張ってカカシを仰ぎ見る。
「カカシ先生、私の髪、もう長くないよ。ナルトとそう変わらないし」
思わず噴き出したカカシは、そのまま声をたてて笑った。
「なんだ。サクラまだ気付いてなかったのかー。お前頭良いのに、本当に鈍いなぁ」
サクラはわけが分からず訝しげにカカシを見つめる。

「髪のことは口実。俺はただサクラと一緒にいたかったんだ。言ってる意味わかる?」
暫くあっけにとられていたサクラは、カカシを上目使いで睨んだ。
「でも、先生私の髪が好きだって言ったじゃない」
「サクラのだからだよ。確かに、俺は髪をいじるのが好きだけど、他にどんなに魅力的な髪の人がいても、サクラじゃなきゃ意味がないんだ」

カカシの言葉に、今まで決して消えることなくあった恐れの感情が、サクラの中から消えていく。
また自分はからかわれているのではないかと、サクラは不安げな表情をしてカカシを見た。
「本当?」
俺って信用ないのね、と思いながらカカシは瞳に涙を浮かべるサクラを優しく抱きしめる。
「サクラが好きだよ」
サクラの泣き顔を見たくなくて言ったはずだったのに、サクラの涙はさらに止まらなくなってしまった。
困ったカカシはサクラの背中をやわらかく叩いた。

思いやりのある言葉に、暖かい手、それになくなった髪のぶんだけ、サクラの心も軽くなったような気がした。


あとがき??
髪いじりが好きなカカシ先生は、「世紀末プライムミニスター」の彼方から。(最年少総理大臣の彼方(25歳)と女子高生美紀(16歳)のラブストーリー(だよね))
イルカ先生大暴走。(笑)何故かイルカ先生インパクト強くなっちゃったわ。
いつものとおり、イルカ先生とナルトは1セット。この二人好きv
書きたかったのはサクラの髪をいじるカカシ先生と、カカシ先生の髪をいじるサクラ。
前半と後半、のりが違いすぎる。ギャグになってしまった。(汗)
自分の髪に嫉妬するサクラちゃんの話でした。

本誌でカカシ先生がサクラちゃんの髪について何も言わないからつい自分で書いちゃったよ。ブーブー。


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