花一輪分の幸せ


「じゃあ、サクラの任務は当分そのお坊ちゃんの護衛なんだ」
「そうよー。この平和な世にボディーガード3人も雇うなんて馬鹿な話よねー」
カカシと肩を並べて歩きながら、サクラは呆れたように言う。
「まぁまぁ。平和なのはいいことだろ」
「ん。楽な任務だしね。でも、暇なのよねぇ」
サクラの贅沢とも言える悩みに、カカシは苦笑する。

カカシとサクラが出会ってから4年の月日が流れ、7班はとうに解散していたが、二人は何かと顔を合わせて近況を報告しあっていた。
どちらかの強制ではなく、自然と。
サクラがカカシの家に寄ることもたまにあるが、不思議なことに、サクラがカカシに会いたいと思うと決まって彼はサクラの前に姿を現した。
この日も丁度そんな感じだった。
休日の午後、サクラがウィンドーショッピングで暇を潰していると街灯の下に立つカカシの姿を見つけた。
サクラはそのことを別段、妙だと思うことなく受け入れている。
カカシがどこか浮世離れした雰囲気を持つ人間だったからかもしれない。

 

「あ、先生、見て見て!」
カカシとの会話の合間に立ち並ぶ店の様子を眺めていたサクラは、貸衣装屋の前で足を止めた。
飾られていたのは、純白のウェディングドレスを着たマネキン人形。
マネキンは手に黄色い造花を持っていた。
「カカシ先生、この花、なんていう花か知ってる?」
訊ねられ、カカシはその花を凝視する。
今まで見た事の無い花だった。
薬草の類なら一通り知識として頭に入っているが、それ以外となるとなかなか難しい。

「・・・知らない」
「もー!先生ってば、本当に忍びの仕事のことしか分からないんだから」
サクラは頬を膨らませたが、申し訳なさそうに頭をかくカカシを見るとすぐに表情を和らげた。
「“スイート・キャンディ”っていうのよ」
「・・・・“スイート・キャンディ”」
カカシは随分甘ったるい名前だなぁと思った。
甘いものの苦手なカカシは思わず顔をしかめたが、サクラはにこにこ顔で話を続ける。

「本物は10年に一度咲くか咲かないかっていう、幻の花なのよ。それでね、この花を異性からプレゼントされるとその人は一生幸せに過ごせるんだって。結構、有名な話」
「迷信だろ」
夢見る眼差しで語るサクラに、カカシはあっさりと言う。
一瞬にして険しい顔になったサクラは、傍らのカカシをバシバシと叩いた。
「どーしてそー夢の無いことを言うのよ!!バカァ!!!」
「いて、ちょ、止めろって」
エリート上忍も元生徒にかかれば、形無しだ。
カカシ対し怒りをぶつけたサクラは、さすがに周りの人目を気にしてか大人しくなる。

 

「あーあ。この花をプレゼントしてくれるような男性が私の前に現れないかなぁ」
サクラはショーウィンドーの造花を見詰めて溜息をつく。
カカシは喉元まで出掛かった「そりゃ、無理だろう」という言葉を呑みこむ。
今度は叩かれるだけではすまないと分かっていたからだ。

「そうしたら、私、すぐにでもその人と結婚しちゃうわよ」
サクラはウェディングドレスのマネキンから目を離すことなく、小さく呟いた。

 

 

 

それから数週間して、サクラが町を歩いていると再びカカシを見つけた。
その日、ちょっとした良い事のあったサクラはすぐさまカカシに駆け寄る。
誰かに、早く話を聞いてもらいたかった。

「カカシ先生、いいところに!これ、見てよ!!」
サクラは腕に抱えた花束をカカシによく見えるようにして掲げる。
それはまさしく、サクラは前回会ったときに欲しいと言っていた“スイート・キャンディ”だった。
「凄いでしょ!こんなに沢山もらっちゃって、私、もう夢みたい」
サクラは興奮して顔を真っ赤にしている。

「・・・誰に貰ったの」
「この間話した、護衛任務のお坊ちゃん。交際申し込まれたのよ。上手くいけば玉の輿よ、玉の輿!!」
サクラはキャーキャーと足をばたつかせて答える。
「明日はお坊ちゃんと二人でネズミーランドに遊びに行く予定なの!凄いでしょ」
サクラの顔はこれまでにないほど喜びに満ちている。
カカシはにっこりと笑ってサクラの頭に手を置いた。
「良かったね」
「うんv」

自分のことで頭がいっぱいだったサクラは、この時全く気付かなかった。
カカシが後ろ手に、何かを隠すようにして持っていたことを。

 

 

カカシと別れたあとも、サクラは軽やかな足取りで、鼻歌を歌いながら街路を歩いていた。
この花を、皆に自慢したかった。
花のことを知ってる人間は、皆驚いた表情でサクラの花を見ている。
その度に、サクラはくすくすと笑ってしまう。

「サクラーー」
聞き慣れた声に首を回らせると、手を振って駆けて来るいのの姿が見えた。
サクラの花束を視界に入れるなり、いのは信じられないというように目を見開く。
実家が花屋なだけに、その花の希少性を十分に知っているのだ。

「カカシ先生に貰ったのね!!」

いのの第一声に、サクラは「はっ?」と声をあげていた。
どうしてここにカカシの名前が出てくるのか、分からない。
「あれ、違うの?だって・・・・」
怪訝な顔をするサクラに、いのは言いよどむ。
何か情報の食い違いがあるらしく、二人は探るようにして互いの顔を見詰め合った。

 

 

 

「束には敵わないよなぁ、束には・・・・」

ぽつりと呟くカカシの手には、一輪の花。
その名は“スイート・キャンディ”。
伝を頼り、何人もの人間に頭を下げてようやく手に入れたものだ。
だけれど、金持ちの人間にしてみれば幻の花を束でそろえるなど造作もないことなのだろう。
カカシは何だかここ数日の自分の苦労が馬鹿らしくなる。

サクラに、たた喜んでもらいたかった。
笑顔が見たかった。
だけれど、その相手は自分でなくてもいいのだと、はっきりと思い知らされた気がした。

自宅へ向かう道にある、公園のゴミ箱。
そこに、この花を捨ててしまおうと思った。
ゴミ箱の前に立ったカカシは、手をその上へと持っていく。

 

騒々しく後ろを通りすぎる子供達が、カカシを不思議そうに見ている。
カカシの手は、止まっていた。
ゴミ箱の上で。
この花のために、大枚をはたいたということもある。
それ以上に、“スイート・キャンディ”はカカシにとってのサクラそのもののように思えて。
放してしまえば、サクラへの想いも全て捨ててしまうような気がした。

 

「捨てるなら、私に頂戴よ」

ふいに聞こえた声に、カカシは目を見開いて振り返る。
躊躇するうちにどれくらいの時間が経過してたのか。
そこには、後ろ手を組んだサクラがカカシを見詰めて微笑んでいた。
「・・・サクラ?」
カカシは首を傾げてサクラを見遣る。
彼女の手に、あるはずの花束が無かった。

呆けたような顔のカカシに構わずてくてくと眼前までやってくると、サクラは手を伸ばした。
「ほら」
「・・・・」
カカシは促されるままに、サクラにその花を渡す。
手の内の一輪の花を見詰めたサクラは、はじけんばかりの笑みをカカシに向けた。
「有難う」

その時のサクラの笑顔は、後ろに翼が生えているのではないかと思うほど、愛らしいもので。
カカシは思わず眩暈を覚えたほどだった。

 

 

「カカシ先生、明日どっか遊びに行こうよ」
カカシと手を繋いで歩きながら、サクラはにこにこと笑って言った。
もう片方の手には、一輪の“スイート・キャンディ”を大事そうに持っている。
「・・・でも、明日はデートなんだろ」
「ああ、断わってきちゃった。交際の話も全部。花束も返してきちゃったし」

カカシは驚きに目を丸くする。
「な、何で?」
「いのに聞いたの。先生、里中の花屋さん回ってくれたんでしょ。それでも“スイート・キャンディ”は見つからなかったみたいだけど」
一度言葉を切ると、サクラはくすりと笑う。
「元々、あんなに沢山の幸せの花は私には不相応だったのよ。一つで十分」

サクラの態度は実にあっけらかんとしたものだった。
全く未練は無いようだが、金持ちのお坊ちゃんとのお付き合いという機会は二度とないかもしれない。
カカシには、ひたすら勿体無い話に思えた。

 

「馬鹿だなぁ。上手くいけば玉の輿だったのに」
「だって、しょうがないじゃない」
サクラは口を尖らせてカカシを見上げる。
「私、お坊ちゃんの花束よりも、カカシ先生の一輪が欲しかったんだから」

つんとした声で言うと、サクラは頬を膨らませる。
苦笑したカカシは、嬉しそうにその横顔を見詰めていた。


あとがき??
『無問題2』を観て書きたくなった話。いや、内容全然関係ないんですが。(笑)
金持ちでボインな美少女よりも、出っ歯で料理の激下手な女性の方を選んだ主人公が、何だか好きだったから。
しかし、『無問題2』を観てこんな話を書きたくなるのは私だけだろうな・・・。

“スイート・キャンディ”の名前の由来を知っている人は、通ですね。(^▽^)アンソニーーー。
花が黄色いのは『幸せの黄色いハンカチ』から。
作中、サクラ16歳でカカシ先生は30歳か。・・・・・そろそろかな。(何が?)


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