後から悔やむこと


任務のない日、カカシはいつもその場所で読書、または昼寝をしていた。
眼前にはすすき野原が広がる絶好の景色。
カカシは黄金色に輝く穂が、風になびく様を見るのが好きだった。
めったに人がいない、いわゆるカカシのとっておきのお気に入りの場所。
そのような場所に他人がずかずかと入り込めば嫌な気持ちがするものだが、それがサクラだと不快に思えないから不思議だ。

「先生、また彼女と別れたんだってね」
「おー。よく知ってるなぁ」
「女の子はそういう情報に詳しいのよ」

カカシは彼女ができても長続きしたためしがない。
良く言えば自由奔放、悪く言えばとっかえひっかえ。
それでも、里でも指折りの上忍である彼の周りはいつも華やかな女性が集まる。

 

短い会話の後、二人は共に無言になった。
風が穂を揺らす音だけがさわさわと聞こえる。
このまま時が止まればいいと思ったのはサクラの方だったが、カカシも同じ気持ちであることに聡いサクラは気付いていた。

「先生の彼女、いっつも美人なのに、どうしてすぐ別れちゃうのよ」
心地よい沈黙を破り、サクラはポツリと言った。
「もっと美人が俺の前に現れるかもしれないだろ」
カカシはサクラの言葉をまともにとりあおうとせず、本を見ながら答える。

サクラは顔を真っ赤にしながら、真剣な表情でカカシに向き直った。
「わ、私だっていつか素敵な美女になるかもしれないわよ」
ようやく本から目を離したカカシは、唖然とした顔でサクラを見る。
そして赤い顔のサクラを目が合うと、カカシは堪らず吹き出した。

「なによー!!」
サクラは涙混じりの瞳でカカシを睨んでその体をぽかぽかと叩く。
「ごめん。ごめん」
カカシはサクラをやわらかく抱きしめてその耳元で優しく囁いた。
「そうだな。お前はきっと美人になるよ。それで俺なんかよりもっといい男をゲットしな。お前はサスケが好きなんだろ」

カカシはサクラが自分に寄せる想いには少し前から気づいてはいた。
それを、あえてからかうような態度をとったのは、彼女の純粋すぎる想いが苦痛だったから。
自分は彼女にそのように言ってもらえる価値などない男なのだ。
下忍担当の教師などではなく、元来の、暗部としての暗殺任務の方がよっぽど性に合っている。
腕の中の少女には、誰よりも幸せになってほしいと思っているから。

「カカシ先生、後悔するわよ。私、絶対絶対綺麗になるんだからね」

 

捨て台詞を残して、サクラはすすき野原にぱったりと現れなくなった。

追い返したはずなのに、取り残されたような気になったのはどうしてだろう。
綺麗だと思っていた風景が、どこか物足りないものに変化している。
理由など分かりすぎるほど分かっているのに、カカシはあえて目を瞑った。

いつものようにすすき野原で読書をするカカシの胸中に去来したものは、少しばかりの安堵感と、大きな大きな喪失感。

 

 

数年後、頑張りやの彼女は見事に想い人とゴールインの日を迎えた。
久しぶりに7班の面々が集まることになる。

「カカシ先生、早く早く」
「そう引っ張るなよ、ナルト」
結婚式に呼ばれたカカシは今、ナルトに手を引かれてサクラのいる控え室へと歩いていた。
「それより、いいのか。俺たちが花婿より先に花嫁さんに会いに行って」
「だって、サクラちゃんがカカシ先生を呼んできてくれって言ったんだってばよ」
「サクラが?」
そんな会話をしているうちに、目的の場所へたどり着いた。
扉の前に「春野サクラ様」と名札が入っている。
軽くノックをすると「どうぞ」という返事がかえってきた。
「先生、凄く驚くよ」
意味ありげに笑うナルトを訝しげに見ながら、カカシはドアノブに手をかける。

扉を開けると、そこには見たこともない妙齢の美女が一人。
カカシを見つめて静かに微笑んでいた。

「サクラ・・・か」
思いがけず、カカシの声は少し震えている。
結い上げられた彼女の桜色の髪にはダイヤの粒が散りばめられ、飾りの少ない純白のドレスは花嫁の初々しい美しさを際立たせた。
木ノ葉の里のどこを探しても、彼女以上に清楚で麗しい女性はいないことだろう。
「カカシ先生」
自分の名前を呼ぶ涼やかな高い声だけは昔と変わることなく、カカシは彼女が間違いなくサクラなのだと確信できた。

「先生は私のこと子ども扱いばかりしていたけど、私はいつだって真剣だったんだよ。先生の過去なんて関係なかった。ただあの時そばにいてくれた先生が私の全てだったの」
サクラの瞳を見つめ返すことができず俯いてしまったカカシに、サクラは涙を一粒落としてこう言った。

「カカシ先生、後悔したでしょ」


あとがき??
短い時間で、しかもバイト先で書いた話。
元ネタは川村恵理先生の「枕草子」。
道長=カカシで定子=サクラ。
ちょっと「遥かなる時空の中で」の友雅×藤姫も入ってます。

女の子はいつだって真剣で、男が思ってるよりずっと大人なんです。
気づいた時はもう遅い。
長続きする恋愛とは片想いという名で呼ばれるらしい。
ナルトはサクラちゃんの気持ち知ってて協力してくれたんですね。いい奴だ。
それにしても、どの季節に書いたのかがすぐ知れる作品だわ。(笑)
テーマは、相思相愛の片想い。
私の書く話にしては、珍しくアンハッピー。でも、何故かお気に入り。
たまには悲恋もどうでしょう。


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