春眠


うららかな春の気候。
腹の具合は適度に満たされ、心地のいい風が頬をなでる。
サクラは段々と重くなっていく瞼をなんとか開こうと瞬きを繰り返していた。

「まだかなぁ・・・」
人待ちの様子のサクラはぽつりともらす。
ぼんやりとした眼差しで、サクラは傍らの桜の幹にもたれかかった。
枝の先には今が盛りと花が咲き誇っている。
夜ともなれば、この場所は大人達の宴会の場へと早変わりすることだろう。
だが今はサクラ以外に人はいず、やや太い桜の枝に腰掛けているサクラは口を大きく開けて欠伸をした。

 

「でっかい口―」

ふいにサクラの耳に届いた、嘲笑めいた声。
サクラは大慌てで口元に手をやり、下方を睨み付ける。
声のした方角には、彼女の担任がにやけ顔で頭上を見上げていた。
「絶景かな、サクラの花をつけた桜」
一度言葉を切ると、カカシはくすりと笑う。

「でも、大口開けてちゃねぇ・・・」
「うっるさいわね!」
顔を赤くしたサクラはカカシに向かって怒鳴りつける。
だが、そのときにはもう肝心の相手は同じ場所にいなかった。

「眠いのは分かるけどね。こう日差しがぽかぽかしてたら」
声はサクラのすぐ近くから聞こえた。
いつの間にやら、カカシはサクラの隣りに腰掛け、にこにこと笑顔を浮かべている。
サクラの目に全く止まらなかった、素早い動き。
上忍だからといってしまえばそれまでだが、サクラはやはり驚いてしまう。

 

「ところで、こんなところで何してるの。花見?」
「違う。サスケくんを待ってるの」
きっぱりと答えたサクラだが、別に待ち合わせをしているわけではない。
サスケが毎日トレーニングを行っている場所がこの木立の向こうにあるのだ。
トレーニングを終えたサスケは必ずこの道を通ることになる。
この場所にいるのは、サスケの行動を邪魔せずに接近しようとの、サクラなりの心遣いだ。

「・・・ふーん。殊勝な心がけだねぇ」
カカシはつまらなそうに言うと欠伸を一つした。
全く無遠慮なその動作に、サクラは顔を引きつらせる。
「先生は何してるのよ」
「花見―。今日はいい天気だしね。散歩がてらに」

 

 

それからカカシは長いことサクラの隣りに居座り続けた。
別に何かサクラに話しかけるでもなく、ただ、いるだけ。
サクラは多少いらついていたが、この場所を離れるわけにはいかないのだ。
襲いくる眠気と必死で闘いながら、ただサスケがやってくるのをひたすら待つ。

瞬きの回数が頻繁になり、睡魔がサクラに勝利したころには、サクラは夢うつつの世界にすっかり浸ってしまっていた。

 

 

 

眠りこけていたサクラは、首ががくりと傾いた拍子に覚醒する。

「んん・・・、あれ?」
寝ぼけ眼のサクラは、一瞬自分がどこにいるか分からず顔を動かす。
すると、すぐ間近にいるカカシと目が合った。
「おはよう」
「きゃあぁーー!!」
悲鳴と共に勢いよく後退さろうとして、サクラはそのままバランスを崩す。
木から落下せずにすんだのは、カカシがサクラの腕を引いて抱き寄せたからだ。

「危ないねぇ、この子は」
カカシは腕の中のサクラの背を優しく叩く。
「こんなところから不用意に落ちたら、骨折るよ」
耳もとのカカシの声は、激しい鼓動の音にかき消されそうだった。
視界に入る桜の花に、サクラは何とか状況を把握する。

 

「せ、先生。もういいから。離して」
「先生は暫らくこのままでもいいぞ」
「私は嫌なのよ!!!」
名残惜しく手を離したカカシの目に、顔を耳まで赤くしたサクラが映る。
激しく動揺していたサクラは、カカシの変化にそのときようやく気付いた。

「先生、何で額当て取ってるの?マスクも」
「ん、邪魔だったから」
カカシはさらっと答える。
その意味が分からず、サクラは訝しげにカカシを見遣る。

サクラが居眠りをする前は、確かにそれらの装備をしていた。
必死に窺っても、カカシの飄々とした顔からは何の感情も読み取れない。

 

「ところでさ、サクラ、男の子とキスしたことある?」
「な、な、何言うのよ、突然!!?ないわよ」
カカシの唐突な問い掛けに、サクラは必要以上に慌てて首を振る。
「そうなんだ」
カカシは何故かにんまりと笑ってサクラを見詰めた。
サクラがその問いの理由を訊ねるよりも早くに、カカシは桜の枝から飛び降りる。
「先生?」
「帰る」

呆気に取られるサクラをよそに、桜の花びらが舞う中をカカシはすたすたと歩を進める。
視線を背中に感じたからかどうか、立ち止まったカカシはくるりとサクラを振り返った。

「どうも、ごちそうさまでした」
「・・・・別れの言葉として、それは正しいのかしら」
「今回はね」

 

 

カカシの姿が見えなくなった後も、サクラは大仰に首を傾げていた。
前々から妙な人だと思っていたが、今日のカカシはいつもにもまして奇妙な言動が多かったような気がする。
「ごちそうさま・・・」
サクラは呟きながら考える。
それは、ご馳走になったのを感謝する挨拶語。
「何を?」

サクラは何も食物を持参しておらず、カカシには何も与えていない。
カカシが素顔を晒していたことと関係があるのだろうか。

 

サクラが寝ている間にサスケがこの場所を通過していたことを知るのは、それから二時間後のことだった。


あとがき??
タイトルは「はるねむ」と読んでください。「春は眠い」の略。(別に略す必要はない)
何故季節が春なのか。
それは書いたのが3月だから。(現在10月)
お蔵入りになっていたのを、引っ張り出してみました。
どうぞ、深読みしてください。(笑)

5万打記念と全く関係のない内容ですが、一応、原作に近いカカサクを目指したということで。
日頃のご愛顧を感謝して。


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