保健室の先生
サクラが目覚めると、時計の針はすでに8時を回っていた。
飛び起きたサクラは他の時計も確認したが、同様の時刻を示していた。
目覚まし時計のセットのし忘れ。
うかつなミスを嘆くよりも早くに、サクラは制服をクローゼットから引っ張り出す。入学してから無遅刻無欠席のサクラは、密かに皆勤賞を狙っていた。
何か賞品がもらえる、というわけではないが、名誉の問題だ。「いってきますーー」
髪を櫛でとかしながら靴を履くサクラに、キッチンからやってきた母が咎めるような眼差しを向ける。
「サクラ、ちゃんと朝食とらないと駄目よ。昨日も食べなかったでしょ」
「時間がないのよ。それに、ダイエットしてるの!」
サクラは母の言葉をまるで聞かずに、玄関の扉を開ける。
犬小屋から出てきた飼い犬が近寄ってきたが、サクラは軽く頭を叩いただけで構っている暇はなかった。「気を付けてね」
駆け出したサクラに、母親は心配そうに声をかけた。
「ぎりぎりセーフねー」
教室に入るなり授業の開始を告げる鐘が鳴り響き、サクラの前の席にいるいのが振り返る。
一時限目の授業は世界史だが、担当の教員はいつも5分は遅れてくる。
教室ではまだ騒がしく生徒達のお喋りが続いていた。「あーあ。せっかく早起きしてサッカー部の朝練見学しようと思ったのにな」
「ああ、今朝はサスケくん出てきてたわよ」
「嘘!!!」
サクラは目を大きく見開く。
「本当―。格好良かったわよ」
にやにやと自慢げに話すいのに、サクラは頬を膨らませる。サッカー部に所属するサスケは全校女生徒の憧れの的であり、校内でカリスマ的人気を誇っている。
サクラも彼に夢中な乙女の一人だが、クラスが違うせいで話す機会はあまりない。
よって、サスケの練習風景を垣間見れる朝と夕方は貴重な時間なのだ。
「明日こそは・・・」
サクラが決意をみなぎらせるのと同時に、教室の扉が開かれる。
「授業始めるぞー」そうして、一時限目の授業が始まった。
昼休みになり、教室で友達と弁当の包みを広げたサクラだったが、どうもその顔色は冴えなかった。
傍らにいるいのは、怪訝な顔でサクラの顔を覗き込む。「どっか、具合悪いのー」
「・・・・うん」
サクラは覇気のない様子で答える。
「昨日の夜からちょっと頭が痛かったんだけど、今日はさらにひどくなったみたい」
熱はないようだが、見ていてかなり具合が悪そうだ。「帰った方がいいんじゃないの」
「でも、皆勤賞が・・・・」
完璧こだわる優等生なサクラに、いのは呆れ顔になる。
「じゃあ、保健室で薬もらってきたら?」
「・・・保健室」
その単語に、どうしてかサクラは顔を引きつらせる。
それは周りにいた女生徒達も同様だ。
サクラが保健室に向かうことをためらう理由は、新任の保健医にあった。
怪我を負ってやってきた生徒を「唾でも付けておけ」と放り出し、病の生徒には「家に帰って勝手に死ね」とやはり追い返す。
そして保健室を根城にしているらしく、彼自身は滅多に外に出てこない。
とにかく、その人となりは謎に包まれ、破天荒な噂が広がっている。
今月になり、保健室に寄りつく生徒はすっかりいなくなっている状況だった。「だ、誰か付いてきてよ」
「・・・・」
怯えるサクラの声に、集まっている彼女の友達は全員無言になる。
「薄情者ーーー」
サクラの健闘を祈り、涙を流す彼女に向かっていの達は揃って手を振った。
心なし陰鬱な空気が漂う暗い廊下を、サクラは震える足で歩く。
たぶん気のせいだが、気温も数度下がったような気がする。
人の気配が全くない廊下は、本当にここが学校内なのかと疑うほどだ。「ここね・・・」
『保健室』と書かれたプレートを見上げるサクラの顔は、まるで決闘の場所へと赴くような表情だった。
ごくりと唾を飲み込み、サクラは意を決して扉に手をかける。
「こ、こんにちは!!」
取り敢えず元気良く声を出したサクラは、前方にいる人物に視線を向けた。
白衣を着た、白い髪の後ろ姿が見える。
窓から入った日光が顔に当たり、サクラは目を細めた。「・・・あの」
おずおずと声をかけると、椅子に座ったその人はおもむろに振り返る。
二十代半ばと見られる保健医は眠そうな目でサクラを見詰めた。
サクラが予想していたよりも、ずっと若い男で、普通な外見だ。
昼休みが終わる前に教室に戻りたいサクラは、さっそく話を切り出すことにした。「あの、体調が悪いので、薬を分けてもらいたいんですけど・・・・」
「どこが悪いの?」
にっこりと微笑んだ彼は、気さくな様子でサクラに話しかける。
その笑顔があまりに穏やかで、サクラは拍子抜けしてしまった。噂は、ただの噂。
とても感じの良い先生だ。「昨日から頭痛がひどくて」
「それは心配だね。薬出してあげるから、こっち来て」
保健医はサクラを手招きしながら言う。
「扉は閉めてね」
「はい」
サクラはその言葉に従い、扉を静かに閉めた。
「・・・・あの先生。ここに住んでるんですか」
「うん」
サクラの質問に、保健医はあっさりと頷く。
サクラの目線はTVや冷蔵庫やゲーム機器、散らばった雑誌に向けられている。
保健室というより、一人暮らしの男の部屋だ。
かろうじて保健室らしさを残しているのは、薬品の並ぶ薬棚と二つ並んだ白いシーツのベッド。
片方のベッドは保健医が使用しているらしく、縞模様の枕カバーがついている。勧められるままに、保健医の向かいの椅子に腰掛けたサクラは、その顔を間近で見るなり驚いた表情になった。
「あの・・・。先生、瞳の色が・・・・」
「ああ、気付いた?」
ぶしつけなサクラの視線を、保健医は気にした風もなく顔を綻ばせる。
珍しいことに、彼の左右の瞳は赤と青、全く違う色だった。「気持ち悪い?」
「いえ、そうじゃなくて、どこかで見たことがあるような・・・・」
サクラは保健医の顔をまじまじと見詰める。
確かに、見覚えがある。
だが、どこで見たのかははっきりと思い出せない。「やだなぁ。それってば、俺のことくどいてる?」
「は!??」
頭に手を遣り、照れくさそうに笑う保健医に、サクラは素っ頓狂な声をあげる。
「君と俺は前世からの恋人だとか、そういうオチでしょ」
「ち、ち、ち、違います!!本当に、どこかで見た覚えが」
「そう、恥ずかしがらなくてもいいよ。先生、もてもて」アハハッと笑う保健医に、サクラは思い切り脱力した。
この脳天気な保健医に何を言っても無駄だ。
早く、薬をもらって引き上げた方が得策だろう。
「先生、私午後の授業があるんです。薬、早くください」
「ああ、待って。一応規則でね、これ書かないと薬渡せないんだ」
保健医は机の引き出しからカルテのファイルらしきものを取り出す。
「熱はないんだよね」
「はい」
「吐き下しもなしと」
「はい」
いくつかの質問にサクラが答え、保健医はペンで何かを記入していく。
「じゃあ、服脱いでくれる?」
「は・・・・・、ええ?!」
唐突な保健医の言葉に、思わず頷こうとしたサクラは奇声をあげる。「脱いで」
何かの冗談かと思ったサクラだが、保健医は再び繰り返した。
飄々としたその顔からは、何の思惑も読みとれない。
「・・・あの、私は頭痛の薬がもらいたいんですけど。服を脱ぐ必要は別にないような」
「いやいや。何の病気か分からないんだから、すみずみ調べないと」
にやついた顔の保健医に我慢できず、サクラは椅子から立ち上がる。
「もう、いいです!!」
怒り心頭の気持ちで扉の前まで来たサクラだったが、その扉が押しても引いても、開かなかった。
「あ、あれ?」
建て付けが悪いのかと何度も試したが、やはり開かない。
外から入るときは簡単にスライドしたはずだ。
サクラは狐につままれたような気持ちで扉を見詰める。「それねぇ、最新式のセンサー取り付けてあって、俺がこのボタン押さないと開かないの。外から来るときは何の障害もないんだけどね」
面白そうに言う保健医を、サクラは睨み付ける。
「それ、よこしなさいよ!!!」
サクラはずかずかと歩み寄ると、保健医の手から開閉用のリモコンを奪い取ろうとする。
「校長先生に言い付けるんだから!!!セクハラ教師がいるって!」
「君にできる?」
くすりと笑うと、保健医は伸ばされたサクラの手首を逆に掴む。
「ここから出られないのに」
「危ないところだったってばよ!」
保健室から無事生還したサクラは、ナルトと肩を並べて廊下を歩いていた。
あのとき、ナルトが故意に、保健室の窓にボールをぶつけて割らなかったら、どうなっていたか。
サクラは、考えるだに恐ろしい。「サクラちゃんが保健室に向かう廊下を歩いてるのを見たから。何だか、嫌な予感がして」
窓の外から保健室の様子を窺ってみると、サクラが保健医ともみ合っているのが見え、とっさにナルトは鞄の中にあったボールを窓に向かって投げつけていた。
「本当。助かったわ」
サクラは心からナルトに感謝した。
ナルトはサクラに片思いしているクラスメートで、ボールを投げ込んだのはキャッチボールの最中のアクシデントだと保健医に説明した。「ここ、グラウンドから随分遠いよねぇ・・・」
謝罪に来たナルトに、保健医はつまらなそうに言った。
全てを見透かしていたのだろうが、第三者の介入もあって、彼は素直にサクラを放した。
「またね」
笑顔で手を振る保健医に、サクラは当然「二度と来ないわよ!」と返事をする。
保健室から出たサクラがまずしたことは、保健医に掴まれた手首を流し場で洗うことだった。
「もう保健室に近づかない方がいいよ」
「うん」
頷いたサクラだったが、言われずとも、そうしたいところだ。
「あの先生、理事長の親戚らしくて校長先生も強く言えないらしいよ。何でも、6歳で大学卒業した超エリートの天才なんだって。ちなみに、医師免許は10歳で取ったみたい」
「ええええ!!?」
仰天したサクラは大きな声でわめいた。意外すぎる過去だ。
マヌケそうな顔もさることながら、その超天才が何故このような小さな私立中学校に来たのか。
それは新聞部に所属し、情報通のナルトにも分からないらしい。
「名前は・・・・確かカカシ、先生だったっけな」
その一言に、サクラは思わず吹き出しそうになった。
夕方、家に帰ったサクラは犬小屋の前で突っ伏した。
サクラが父親と日曜大工で作ったそれには、飼い犬の名前がしっかりと記されている。「・・・カカシ」
名前を呼ぶと、犬はすぐさま主人のもとへと駆け寄ってきた。
サクラは愛犬の目をじっと見据える。
左右色の違う、赤と青の瞳が、サクラの顔を嬉しそうに見詰めていた。
あとがき??
とっても続きそうな話。実は何にも考えていないのですが。(^_^;)
無意味にいろいろ伏線はってあったりします。
サクラ達の学校は授業前に担任の先生が出席を取っていないようです。
サクラの救出役は本当はサスケくんだったのですが、サスサクっぽくなるのでやめました。
ナルト、有難う。
というか、カカシ先生のあれはサクラをからかって遊んでいるだけで、本気じゃないですよ。察しのいい方はお気づきと思いますが、カカシ先生のモデルは『ジャングルはいつもハレのちグゥ』のクライヴ先生です。
顔がいいだけの、性格破綻者。私、彼が大好きなもので。
一応、サクラとラブラブになるラストが待っているはずですが、この話では想像できないですね。(汗)では、カカサクのさらなる発展を祈って!
満月様、読者の皆様、拙い駄文で申し訳ありませんでした!!
以上までが、去年書いた分。
満月さんがカカサク会員制サイトの管理人さんを辞めてから音沙汰がないので、駄文も里帰りしてきました。
これの続きは、いつか絶対書きますよ。
ちなみに、満月さんのイメージイラスト → 先生