木ノ葉日和
「全く、もう!」
言いながら、サクラは足元に転がる空き缶を蹴りつける。
その日、サクラは鼻息も荒く、怒り心頭といった面持ちで歩いていた。
いのとの諍いのため、機嫌は限りなく悪い。きっかけはほんの些細なことだが、互いに引かない性格なせいで大喧嘩に発展してしまった。
どちらも、向こうから謝らないかぎり許さない構えだ。
苛立った気持ちのまま家に帰るのが嫌で、サクラは一人河原の道をうろついていた。ジョギングをする集団が何組か通り過ぎる中、サクラは何となく周囲を見回す。
見慣れた白い髪を発見したのは、それからすぐのことだ。
土手の草叢で惰眠を貪っているその人は、サクラの担任である、上忍の先生。
ゆっくりと近づくと、カカシは頭の後ろに腕をやりぐっすりと眠っている。
空は晴れ渡り、昼寝に最適な温暖な気候だ。
その幸せそうな寝顔を見た瞬間に、サクラは彼の体を踏みつけていた。「グェッ!」
潰れた蛙のような声を出したカカシは、半身を起こして数回咳き込む。
「お、お前、突然何するんだよ」
踏まれた腹部を庇いながら、カカシは上目遣いでサクラを見る。
サクラは腰に手を当てて、何故か偉そうなポーズだ。
「ごめんなさい。人がいるなんて気付かなかったわ。それに、上忍の先生なら避けれて当然でしょ」
むしゃくしゃした気持ちをぶつけるようにしてサクラは言う。「・・・・」
カカシは無言のままサクラを見つめていた。
怒っているのでははく、何かを探るような目。
居心地の悪い気分になったサクラはすぐさま踵を返して歩き出そうとする。
だが一歩を踏み出す前に、サクラはその場で派手に転倒した。「イッター!!」
サクラは打ちつけた額をさすりながら悲鳴をあげる。
何につまづいたのかと振り向くと、カカシがサクラの足首をしっかりと握っていた。
「おかえし」
カカシは面白そうに笑ってサクラを見る。
自分が先にカカシを踏んだことも忘れ、サクラの怒りは頂点に達した。
「・・・カカシ先生って、本当に上忍なの」
サクラは呆れ返った声で訊ねる。
今、サクラはカカシの隣りに寝そべり、彼と一緒にぼんやりと空を見上げていた。
カカシの顔には、サクラのパンチを受けたときにできた痣が残っている。
カカシは避けなかったばかりか、反撃もしてこなかった。
拍子抜けすると同時に、サクラの心からは怒りの気持ちも抜け落ちてしまった。「先生?」
先ほどから反応のないカカシに、サクラが顔を向けると彼はまだ空を見つめている。
数秒が経過したのちに、カカシは口元を綻ばせてサクラを見た。
「いい天気だよね」
「・・・そうね」
返って来たのは、サクラの問いとは関係のないもの。
だけれど、サクラは相槌を打った。
確かに、カカシの言うことは当たっていたから。「俺ね、今までこうしてのんびりと空を見上げたことって、なかったんだ。忙しくて」
カカシは空へと向けた視線を、サクラに戻す。
「何か平和っていいなぁって、思っちゃった」
えへへっと笑うカカシは、どう見てもエリートの上忍には見えない。
見えないが、サクラは、カカシはこうした気の抜けた空気を持つ人でいいのだと思う。
こんな風に明け透けで、朗らかに微笑む人を、サクラは他に知らない。
不思議と、ささくれた心がどんどん癒されていく気がする。「失いたくないなら、早く仲直りしておいで」
何もかも承知したような顔で、カカシはサクラの頭に手を置く。
乱暴に撫でられているようで、優しくて暖かな掌の感触。
サクラはこみ上げてきた涙がこぼれないよう、瞬きを繰り返した。
「・・・カカシ先生に会えて良かったわ」
思わず口から出た言葉に、サクラは赤面する。
カカシの笑顔を見ていたら、自然と言ってしまったのだ。
サクラはこの場から走って逃げ出したい衝動に駆られたが、何とか堪える。
一瞬驚いた表情をしたカカシは、すぐに穏やかな笑顔を浮かべた。「俺もだよ。あんまり気持ちのいい日だったから、誰かと一緒にこの空を見たいなぁって思ってたんだ。そうしたらサクラが来てくれたから、嬉しかった」
無防備なその笑顔に、サクラは口をつぐむ。
カカシはサクラの言葉を理解していない。
サクラは今日だけのことでなく、もっと広い意味で言ったのだ。
だけれど、そのことを伝えるのは恥ずかしくて、今のサクラには無理だった。
「またね」
去り際のサクラの言葉に、カカシは笑顔で手を振る。
サクラの気持ちは、今までになく素直なものになっていた。
これなら、いのに自分から謝ることができる。清々しい風が体にあたり、サクラは大きく深呼吸をした。
カカシが嬉しそうに見上げていた空を、もう一度仰ぎ見る。
澄んだ青が、サクラの心に染み入るようだった。
あとがき??
空を見て笑うカカシ先生を書きたかった。
それだけ。
あとは、まったりした空気。
サクラも登場させてみたりして。
何か、すっきだなぁ。この話。うちのカカサクは大抵、サクラがカカシ先生を守ってるんですが、今回は逆。
カカシ先生がその広い心と優しさでサクラを包んでいます。
井上声の影響かなぁ。
たまにはこんな感じも、どうでしょうか。