姫君 三


日が沈み、電灯がついた町中。
歩いていないのに、視界に入る景色が動いている。
覚えのある匂いに、温かい背中。
自分を負ぶっているのが誰なのか、サクラはすぐに分かった。

 

「・・・・どうして雪姫のパーティーの方に行っちゃったの」

サクラはずっと訊きたかった疑問を口にする。
カカシは少しだけ顔を動かして、サクラのいる後方を見た。

「雪姫、難しい病気にかかってるんだよ。城に帰れば、もう二度と外に出れないかもしれない。あの子の父親にはお世話になったから、できることは何でもしてあげたかったんだ」
病気と聞いて、サクラの頭に、雪姫の白い肌が鮮明に思い出された。
そして、他にも気になる単語がもう一つ。
「雪姫のお父さん?」

「もう死んじゃったけどね。昔、木ノ葉隠れの里に住んでたんだ。どっかの金持ちの養子になったと思ったら、親戚が全員病で亡くなっちゃって、いつのまにか当主様になってたっていう強運の持ち主」
「へぇ・・・・」
「雪姫の身内は、今、遠い国に留学しているお兄さんだけなんだ。そのお兄さんが俺に似ているらしくて、彼女は俺になついてたんだよ。それで、彼が国に帰ってきたから、俺はお役ご免で戻ってきた」

 

どれも初耳のことばかりで、サクラは朦朧とする意識で何とか話を整理する。
頼りになる肉親がそばにいず、病の体を抱えた雪姫は心細い思いをしていたことだろう。
カカシが雪姫の兄とどれほど似ているか知らないが、サクラの目から見て、雪姫がカカシを慕っているのはよく分かった。
だからこそ、サクラはカカシが里から出たことに不安になったのだ。

「引き止められなかったの」
「まぁ、ね・・・・」
カカシの声に、微かな迷いが含まれる。
だが、それも一瞬のことだ。
「でも、そうしたらサクラの顔を毎日見れなくなっちゃうでしょ」

さらりとした口調で言われ、サクラは言葉を飲み込んだ。
滲んできた涙をこらえるためにも、カカシにつかまっている腕に力をこめる。

 

「ごめんね」

 

 

 

「・・・・変な夢」

目覚めると同時にサクラは呟く。
あまりに会いたいと思っていたからか、夢の中にまでカカシが現れた。
昨日は熱で意識が朦朧としていたせいで、どうやって帰ってきたのか覚えていない。
頭が妙にすっきりとしていることから、一晩寝て体調は元に戻ったと分かる。

「行かなきゃ」
サクラはのろのろと起きあがると、いつもの服に着替え始める。
習慣とは恐ろしいもので、どんなに気乗りせずともサクラの足は自然と7班の集合場所へと向かっていた。

 

サクラは目を口を大きく開けてその人を見詰める。
集合場所にいたのは、ナルトとサスケに加え、昨日まで里にいなかった人物。

「幻?」
ごしごしと目をこするサクラに、カカシはかまわずに話しかける。
「熱はもう下がったんだ」
「どうして知ってるの!?」
「・・・・昨日サクラを家まで連れて帰ったから」

唖然としたサクラを、カカシは不思議そうな顔で見詰める。
おそらく、「よかったな」のサスケの言葉もサクラの耳には入っていなかった。

 

 

 

 

同じ頃。

城の中庭にある桜の花も半ばが散り、青々とした葉が見え隠れしてた。
小さな池には、花びらが絨毯のように敷き詰められている。
兄と妹のいる東屋は、庭が一望できる小高い場所にあった。

 

「カカシさんを、帰してしまって良かったのか」

兄は雪姫の顔を窺うようにして訊く。
彼女の体調は今のところ良好だ。
だからこそ、逆に不安になる。
医師の調合した薬を服用しているとはいえ、雪姫の病は一朝一夕に治るものではない。
木ノ葉隠れの里に行くことを許したのも、彼女が外を出歩ける体力があるうちにと思ってのことだ。

「言われてしまいましたから。大切な人が命をかけて守った里だから。あの場所を離れるわけにはいかないって」
「・・・・そうか」
「でも、本当の理由は違うのよ」
振り返った兄に、雪姫は柔らかく微笑した。
「可愛い人が、帰りを待ってるからなの」

「・・・・」
「本当よ。私といるときもずっとその人のことを気にしてた。彼女が一人にならないように、同じ班の男の子に耳打ちして」
「そうしたことに気付くってことは、お前もカカシさんをずっと見てたってことだろ」
妹の言葉を遮ると、兄は鋭く指摘する。
「お前が強く引き止めれば、カカシさんはきっとここに残っていたよ。彼は優しい人だから」

真顔で見据えてくる兄に、雪姫の顔からも笑みが消えた。

 

 

沈黙の中、春を告げる鳥の鳴き声が響き渡る。
それが合図だったかのように、兄はゆっくりと表情を和らげた。

「名医を連れてきた。お前と同じ病の人間を治療したこともあるそうだ。病が治ったら、また木ノ葉隠れの里に行くだろ」
言いながら、兄は目元の赤い雪姫の頭に手をのせる。
「今度は私も一緒に行く」
目を丸くした雪姫に、兄は少し乱暴にその頭を撫でる。

「お前は、もう少し我が儘になった方が良いな」


あとがき??
「ごめんね」はカカシ先生とサクラ、両方の言葉でした。
カカシ先生はサクラの居場所をお母さんから聞きました。

サスケが妙に優しかったのは、カカシ先生に頼まれてたからなんですね。
お子さまのナルトよりは頼みやすいし。
そのあたりを、雪姫はちゃんと見ていたのですよ。
でも、泣いて引き留めることが出来なかったんですね。大事だから。
病を理由に自分を選んで欲しくなかったのでしょう。


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