試金石


休日、サクラは街中で偶然カカシと出くわし、路を違えるまで並んで歩いた。
二人に共通の話題がさほどあるわけでもなく、主にサクラが一方的にカカシに話し掛けている。

「カカシ先生、私達の先生になる前って何してたの」
その問い掛けにカカシは、とうとうきたか、と思った。
ナルトやサスケにも同じ質問をされたから、サクラで3人目だ。
「何で?」
「だって、今までアカデミーでカカシ先生見かけたことなかったし、カカシ先生に先生って仕事、なんだか似合わない」
歯に衣を着せぬサクラの物言いに、それは最もな意見だ、とカカシは苦笑しながら答えた。
「暗部にいたんだよ」

こう言うと、大抵の人間、特に女は目の色を変える。
そしてあからさまにカカシを避けるようになるか、好奇心からカカシに近づいてくるかのどちらかだ。
去るものは追わずの心情から、カカシは後者の人間とだけ付き合うようにしている。
カカシが暗部にいたことを知って、ナルトやサスケも、一瞬表情を強張らせた。
さて、サクラはどうかな。
カカシは興味深い気持ちでサクラを眺める。

だが、カカシの思惑に反し、サクラはつまらなそうに
「ふぅん」
と言っただけで、すぐにカカシから視線をそらした。
「先生、あの店、ドーナツ半額セールやってるわよ!凄い人だわ」
サクラは人だかりの出来た店先を見つけて、嬉しそうに笑う。
「でも、ダイエット中なのよね」
自分も列に並ぶかどうか、サクラは腕くみをして真剣に考え込んでいる様子だ。

「それだけ?」
いささか拍子抜けして、カカシは訊いた。
「え、何が」
サクラは言われた意味がわからず、驚いた顔をした。
「俺、暗部にいたんだけど」
「そんな何度も言わなくても聞こえてるわよ。何が言いたいの」
「えーと・・・」
今までにない反応に、カカシの方が戸惑っている。
サクラはカカシを見上げて、諭すそうな口調で語りかけた。

「先生さ、私やナルト達を傷つけたいとか、こうして視界に入る人を殺したいとか思うわけじゃないんでしょ」
「思ってないけど」
「ならいいじゃない。私が知ってるのは7班担当のカカシ先生だけだもの。大事なのは先生が昔何をしていたのかより、今先生がどんな人なのかでしょ」

目から鱗が落ちるというのはこういうことか、とカカシは思った。
暗部出身であることを必要以上に意識していたのは、自分だったのかもしれない。
いつの間にか周りの人間と一線を引き、自らを卑下する行動を取るようになっていた。
それをこんな小さな子供の言葉で気付くとは、全く予想外だ。
でも、その簡単に思える意見を進言してくれる人間は今まで周囲にいなかった。

「サクラに決めた」
暫く思案していたかと思うと、急に清々しい笑みを浮かべてカカシが言った。
「今度は何よ」
サクラは先ほどから意味不明な言動をするカカシを訝しげに見詰める。
カカシはサクラの頭を優しくなでて、無言の笑顔を返しただけだった。

 

「何だかさ、最近カカシ先生によく睨まれてるような気がするんだってばさ」
「えー、気のせいなんじゃないの」
ナルトの不安げな声にサクラは気のない返事をかえす。
「本当だってば。ほら、今も。ちょっと見てみてよ。ゆっくりとね」
サクラはナルトの肩越しに、さりげなくカカシを覗き見た。

「・・・本当かもしれない」
カカシは確かに二人のいる方向に鋭い視線を向けている。
「ちょっと、あんたカカシ先生に何か悪戯したんじゃないの」
サクラはナルトの頭を軽く小突いた。
「そんなことしてないってばよ。理由も分からないし、俺、毎日怖くて怖くて」
ナルトはサクラの手を掴んで涙ながらに訴える。
そんなナルトの手を無碍に振り解けず、サクラは困惑気味だ。

ふいに、誰かがナルトの肩をポンッと叩いた。
振り向くとすぐ間近にあるカカシの顔。
「ウギャアァーーー!殺されるーー!!」
ナルトは悲鳴をあげ、30cmほど飛び上がった。
とっさにサクラの背に回りこんで、ナルトは震えながらカカシを仰ぎ見る。
「何だよ。そんな大げさに驚いて」
ナルトの怯えようにカカシは多少傷ついた顔をした。

「カカシ先生、今日の任務は終わり?」
サクラは二人の仲を取り持つように、カカシに話し掛ける。
「うん。サクラ、ちょっと来て」
カカシはナルトから引き剥がすようにしてサクラの手を引く。
「サクラ、さっき怪我しただろ」
「え、怪我っていっても擦り傷だし、たいした事ないわよ」
「いいから、いいから」
カカシはナルトに「じゃあ、また明日な」と言うと、サクラを抱えるようにして姿を消した。

そういえば、カカシ先生が自分を睨むようになったのと、やたらサクラちゃんに触りだしたのと、同じ時期だったような気がする。
嫌な予感が頭をよぎり、ナルトはその場に立ち尽くしていた。

 

「はい、終わり」
「・・・有難う」
大げさに包帯を巻かれた腕を見て、サクラは呆れながらもカカシに感謝の言葉をのべる。
大体、わざわざカカシ先生の家まで連れて来られた意味はあるのだろうかとサクラは思う。
「感謝の気持ちは態度で示して欲しいなぁ」
カカシは両手を広げてサクラに手招きする。
飛びついて感謝のキスでもしろということだろうか。

「・・・冗談は顔だけにしてください」
げんなりとした表情で言うと、サクラはさっさと帰り支度を始める。
「何、もう帰っちゃうの」
「ええ。今日はちょっと河原に行かなきゃならないんで」
「誰かと約束してるのか?」
カカシの問い掛けに、サクラは顔を赤らめた。
サクラがこういう顔をする時、誰が関わっているかはすでに周知のことだ。

「サスケくんがそこでよく釣りしてるんです。この間訊いたら、今日も河原に行くって言ってたから」
「ふーん」
しっかり見張っていたつもりだったのに、いつの間にそのような会話をしていたのかとカカシは内心首をかしげる。
「それを聞いちゃったら、黙って帰すわけにはいかないなぁ」
「え?」
サクラが意味を問いただす前に、カカシは本棚に向かって歩き出した。

「サクラに宿題。ちゃんと憶えてるかどうか明日確認するから」
カカシが棚から取り出した膨大な量の巻物をサクラの前にバサバサと落とす。
書物を読むのが早いサクラでも一晩かかって読みきれるかどうかという本数だ。
「こ、これ全部、一日で!?」
「また来いな」
聞く耳持たないというようにカカシはサクラと巻物を外に放り出す。
無常にもカカシの家の扉がバタンと音をたてて閉まった。
その後、カカシの思惑通りサクラは自宅へ直行し、寝ずに書物と格闘するはめになってしまった。

 

鈍いサクラも数週間たつ頃にはさすがに気づき始めた。
サスケを追いかけているとき、怪我をしたナルトを支えようとしたとき、7班の任務が終わるのをリーが待っていたとき、必ずカカシの邪魔が入ることに。
だが、サクラにはカカシにそのような嫌がらせをうける理由が分からない。
今日も、カカシはサクラの後ろをついて歩いている。

「先生、いい加減にしてくださいよ!」
「え、何が〜」
カカシののんびりした口調がよけいにサクラの癇に障る。
「先生の苛めになんか負けないんだから。ついて来ても無駄ですよ」
「いじめ?」
カカシは不思議そうな顔をしてサクラを見た。
どうしてそのように勘違いされたのか。

「これは、可愛がってるんだよ」
カカシの言葉に、ついにサクラは怒りを爆発させた。
「人のこと馬鹿にして!私、先生のそういうところ、大嫌いです」
きっぱりと言い放つサクラに、カカシは落ち込んだ表情になる。
それも演技だと思っているのか、サクラはカカシにあかんべいをして駆けていった。

遠ざかっていくサクラの後姿を見詰めながら、カカシが呟く。
「サクラは俺の経歴や肩書きじゃなくて、俺自身のこと見てくれてるから嬉しいんだよね。そして、サクラがいるときは、俺は俺でいれられる気がする」
本人のいないところでなら簡単に言えるのに。
素直じゃない性格は、サスケとそう変わらないのかもなぁと思いながら、カカシは空を仰ぎ見た。

 

カカシが暗部にいたという事実を知っても、サクラの態度は変わることはなかった。
サクラがカカシに興味がなかったからといえばそれまでだが、その自然な応対がカカシは何より嬉しかった。
あの瞬間から、カカシはサクラを生涯の伴侶と心に決めたのだ。
暗部にいた頃から、狙った獲物を逃した事はない。
でも今回は長期戦になりそうだな、と思いつつ、その過程を想像するカカシの顔は楽しそうな笑顔だった。


あとがき??
ラブラブばかり書いてたから、カカ→サクは新鮮だった。
B’zの歌みたいな話だわ。
あの宿題はいじめだと思う。
好きな子を苛めてしまうというやつだろうか。小学生的恋愛!
「あなたの過去にはこだわらないわ」とか言うと、るろ剣の薫ちゃんみたいだ。
こう、可哀想なナルトばっか書いてると、ナルト苛めるのが好きだと思われちゃうわね。

私だったら、暗部出身→暗殺任務→人殺し、と連想して、その人に近づかなくなるだろうなぁと思った話。
忍びで人殺してない人の方が珍しいのかしら??

リクエストは「ちょっとサクラちゃんに冷たくされながらも、サクラちゃんの後ろを追いかけてついていくような、情けない先生」だったのですが・・・なんか違うような気が・・・。
申し訳ない。私にはこれが精一杯です。
たぶん「駄文の部屋」でカカ→サクを書くのはリクエストがないかぎり、最後。

1800HIT、沙恵様、有難うございました。


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