縁談話


「それって、私に若様のお妾になれってことですか」

なるべく遠まわしな表現をするカカシに対し、サクラは単刀直入に切り出す。
真っ直ぐに見据える瞳を受け止め、カカシは苦笑をもらした。
「ぶっちゃけ言うとね」
「・・・・」

そのにやけ顔をぶん殴ろうとして、サクラは寸前で思い留まる。
サクラの実力では、上忍の彼を殴るなど到底無理だ。
せめて、腹立たしい気持ちを顔に出さないよう取り繕うので精一杯。
サクラの引きつった顔を見ても、カカシは何も言わなかった。

 

 

さる大名家の嫡子に見初められたサクラ。
だが、平民出のサクラでは正妻にはなれない。
身分のつりあう他家に養女に出した後に嫁に迎えれば良いという意見もあったが、親戚縁者の反対もあり、良家の娘を嫁に貰うまでの側室として別宅に住まわすということで結論が出た。

上司であるカカシに呼び出され、話を聞いたサクラには寝耳に水のことだった。
もちろん、サクラの意思で否の返事をすることはできる。
しかし里の忍び達の未来を考えれば、上層部の人間達はサクラがこの話を蹴ることを望んでいない。
裕福な大名家の援助を得られるかどうかは、里の存続に関わる重要な問題だ。
先方を怒らせることなく、なるべく穏便に話を進めたいと思っている。

サクラにとっても、悪い話ではない。
大名家の方でもサクラを粗略に扱う事はないだろう。
サクラは一生食うに困らぬ贅沢な生活が約束される。

 

「カカシ先生は、どうしたらいいと思います?」
押し殺した声で訊ねたサクラに、カカシは首を傾ける。
「それは、サクラが決めることだろ」
そっけなく言うと、カカシはサクラから視線をそらした。

無言になったカカシはそれ以上、何か進言するつもりはないらしい。
滅多なことを言わないよう、上の人間に忠告されているのかもしれない。
一瞬の沈黙のあと、サクラはにっこりと微笑んだ。

「少し、考えさせてください」

 

 

本当に辛い時には、逆に泣けないものだと。
この日、サクラは初めて知った。

 

 

 

「・・・何でこの大事なときに、引きこもりなんてやってるのよ」
「周りが煩いから」
話を聞きつけ、やってきたいのにサクラは部屋で寝そべりながら答える。
「小言を言うつもりで来たんなら帰ってよ」

どこでもれたか知らないが、若様との縁談が持ち上がってから、サクラの家には急に親戚からの電話がひっきりなしにかかってくる。
そのどれもが、今まで殆ど付き合いのなかった者達だ。
内容は、自分達を良い役職に引き立ててくれるように頼むもの。
確かに、大名家と縁続きになれば、簡単なことだ。
いちいち応対するのが面倒で、サクラは一週間ほど居留守を決め込んで部屋に閉じこもっている。
家族同然の長い付き合いをしているいのでなければ、ここまで入り込むことはできない。

 

「やめなさいよ、若様のところになんて行くの。正妻じゃなくて、側室なのよ、側室!馬鹿にしてるわ」
「・・・そう言ってくれたの、いのが初めてね」
「断わるなら、早い方がいいに決まってるでしょ!それなのに、こんなところでぐずぐずして。あんた、馬鹿?」
「だよねぇ」
真剣な眼差しのいのに対し、サクラは他人事のように笑った。
「いのにだって分かることなのにね」

薄い浮かべたサクラは、そのまま窓の外へと目をやる。
屋根の上にある大きな白い雲は、みるみるうちに形を変えていった。
風が、強いのかもしれない。
少しでも窓を開ければは、たちまち冷たい北風が入り込んでくるだろう。

「上からの命令に逆らえないんだったら、一緒に死んでくれって言ってくれた方がまだマシだったわよ」
呟いたサクラの目からは、透明な雫がこぼれ落ちる。
「本当、馬鹿」

 

吐き捨てるような台詞は、サクラ自身のことか。
または、他の誰かに対してのものなのか。
いのには判断しかねた。

 

 

「どーだった!?」
サクラの家の外では、ナルトやサスケ、その他サクラを心配するアカデミーの同期の者達が待ち構えていた。
「んー・・・」
彼らを前に、いのは困ったように頬をかく。

「何かね、待ってるみたいよ」
「何を?」
「誰かさんが来てくれるのを」

 

 

 

 

昼間に部屋でごろごろと横になっているサクラは、夜になると逆に起きて月を眺めていた。
これで7日目だろうか。
屋根の上にいるサクラは、日ごと細くなっていく月を、ただ見つめている。
防寒のための衣服を着込んでいるとはいえ、この場所にいるのはあと30分が限界だ。

弓月が雲に隠れると、周囲は真っ暗闇になる。
周りの家の電気も、すでに消えていた。
代わらぬ姿勢でじっとしていたサクラは、やがて背後にある一つの気配に気付く。
視界が利かないことで他の感覚が過敏になったこともあるだろうが、彼がわざとサクラに気配を悟らせるようにしたからだろう。
ようやく現れたサクラの、待ち人だ。

 

「催促しに来なくても、もうすぐお返事するわよ」
「・・・お前も随分と強情っぱりだね」
「先生ほどじゃないけどね」
皮肉たっぷりの口調で振り返ると、サクラはカカシの顔を見つめたまま怪訝な表情になる。
雲間から覗いた微かな月明かりの下、カカシの装いはいつもと少し違った。
あるはずのものが、そこにない。

「額当て、どうしたの?」
「火影様に返してきた」
「・・・・はぁ!!?」
素っ頓狂な声を上げたサクラは、こぼれ落ちそうなほど目を大きく開く。
額当ては、木ノ葉隠れの里の忍びの証であり、誇りだ。
戦闘中を除き、カカシがそれを外しているのを、サクラは家の中以外で見たことがない。

「俺ね、忍者辞めちゃったんだ」
あっさりと告げたカカシに、サクラの目は点になる。
驚きのあまり、声すら出でこない。
ぱくぱくと口を動かして何事か訴えるサクラを、カカシは笑いながら抱き寄せる。
「だから、これはサクラの上司としてじゃなくて俺の言葉として聞いて欲しいんだけど」

 

「行かないでくれ。どこにも」

 

 

 

 

「結構、いい人だったみたいねぇ」
「そうね」
カカシと手を繋いで歩くサクラの懐には、一通の書状。
今度の話を丁重にお断りしたサクラの手紙への返事だ。
若様の手紙には、残念に思うと述べてあるだけで、恨みがましい言葉は一行も書かれていない。
木ノ葉隠れの里への援助金も、これまでどおりに出してくれるそうだ。

カカシが火影に提出した辞表は受理されることなく、一週間の謹慎処分となった。
サクラの縁談に横槍を入れたことに上層部の人間達は当然いい顔をしなかったが、ほとぼりはいずれ冷めるだろう。
カカシのような優秀な上忍を里で手離すはずがない。

 

「一度くらい会って見て良かったかな。聞いたところによると、若様って格好良くて頭も抜群だって」
冗談めかして言うサクラに、カカシは立ち止まる。
「本気?」
「そう見える」
笑いながら切り替えしたサクラに、カカシは曖昧な笑顔を応える。

「そういう風に笑ってくれると、安心する」
前方に視線を戻すと、カカシはサクラの手を強く握り返した。
「サクラが無理に笑ったりするから、俺、あのとき死ぬほど後悔したんだ・・・」


あとがき??
映画版『壬生義士伝』の、吉村貫一郎、妻のしづ、大野次郎右衛門のエピソードを観て、書きたいなぁと思った。
内容、全然違いますが。
「カカシ先生の馬鹿馬鹿」と思いましたが、私がそういう風に書いてるんだってば・・・。
いざとなったらサクラを連れて逃げようと思って一週間も準備してたんですよ。カカシ先生ってば。


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