眠りの森


任務の合間の、久々の休みだった。
いつもなら自宅でイチャパラを読みながら一日中ごろごろしているか、演習場を借りて汗を流すか。
だけれど、この日は長い雨が上がったあとだからか、空気も澄んでいて、過ごしやすい気候だった。
普段なら避ける繁華街へと足を伸ばしたのは、ほんの気まぐれだ。

 

 

「カカシ先生――!」
ポケットに手を入れてぶらついていると、すぐに声がかかった。
元気良く駆けて来るのは、二人いる生徒の下忍の片割れ、ナルトだ。
そして、ナルトのすぐ後ろを歩くのは以前の自分の担任で、この里の四代目火影であるナルトの父親。

「カカシ、お前がこんな人の多いところに来るなんて珍しいな。今日は雪か?」
もう結構いい年なのに、四代目の少年のような笑顔は相変わらずだ。
彼がこの里の統治者だと言っても、誰が信じるだろう。
でも、彼のこういった明け透けな性格が、自分は大好きだった。

 

「カカシ先生?」
「大丈夫か」
無言のまま佇む自分に、親子そろって心配そうな顔をする。
彼らのそうした表情の意味を、頬に手をやってからようやく気付く。
いつからか、自分の目からは涙が溢れだしていた。

「・・・大丈夫、です。目に塵が入ったみたいで」
目元をごしごしと擦りながら、嘘をつく。
自分でさえ涙の理由が分からないのだから、しょうがない。
「それより、ナルト、それ火影様に買ってもらったのか」
「うん!」
にこにこ顔のナルトは片手に棒状のアイスを持っていた。

「父ちゃんと半分こするんだよ」
「俺にはくれないの?」
「え!?」
意地悪く言うと、ナルトは真剣な様子で四代目と自分を見比べた。
そのナルトの素直な反応が可笑しくて、頬を濡らしていた涙は収まっていく。
「嘘だよ。ごめん」
頭に手を置くと、ナルトは俺を見上げてにっこりと微笑んだ。

 

仲良く手を繋いで歩く四代目とナルトの後ろ姿を、どこか満ち足りた気持ちで見送る。
ナルトの嬉しそうな横顔は、そのまま、この里の繁栄を表しているような気がした。

それからまた何の目的もなく歩いていたけれど、ナルトと同じく、自分の生徒のサスケを見つけた。
兄のイタチと一緒だ。
いつも突っ張っているサスケが、イタチといるときは、年相応の笑顔を見せている。
その笑みに、何だか、ひどく安心した。

 

 

 

自分の生徒達の、楽しげな日常を垣間見れた。
それだけで、特にこれといったことのなかった休みも、有意義なものだったと思えた。

日が暮れ始め、灯りのともる店が多くなっていく中で、俺は家のある方角へと踵を返す。
そうして歩き始めたときに。
不思議な違和感が俺を捕らえて、そのまま歩けなくなった。

二人の生徒の顔が見れて、満足な一日。

本当に、そうか。
自分自身で思ったことに、疑問を感じる。

 

 

腕を組んで思案していると、肩を叩く者がいた。

「よぉ」
振り向くと、下忍のときからの知己が笑っている。
でも俺の方は、物凄い訝しげな表情していたと思う。

「何だよ、変な顔して。俺のこと忘れたのか?」
「・・・いいや」
忘れない。
親友の顔を忘れるはずがない。
それでも、何か、妙な感覚はぬぐいされない。

そのまま立ち話をしたのだけれど、彼の声は自分の耳から全てすり抜けている状態だった。

 

「それで休みだっていうのに、急な任務が入って大変だったよ。お前の生徒は二人とも優秀でいいよな。俺のところの下忍とは大違いだ」
「え?」
「だから、生徒が二人とも・・・」
「俺の生徒の下忍って、二人だけだったか」
友人の言葉を遮って訊ねると、今度は彼の方が怪訝な顔をした。

「何言ってるんだよ。ナルトとサスケがお前の受け持ちだろ。他に誰がいるんだよ」
「だって、変じゃないか。下忍はスリーマンセルで行動するものだろ」
「それは、お前の担当するはずだった生徒が、アカデミーを卒業してすぐ下忍になることを辞退したからだ。お前は、その生徒には会っていないはずだ」
「・・・・」

そう言われてみると、そんな気がしてくる。
最初から、いなかった。
三人のうちの一人。

どうしてか、引っかかる。

 

 

 

「考えるなよ」

顔をあげると、悲しげな友人の姿が目に入った。
悲痛な声は彼の口から出たもの。
「考えるなよ、カカシ。そうすれば、俺達はこうしていられるんだ」

訴えるような眼差しは、危険信号の印。

頭の中をこだまする耳鳴りに、眩暈を覚えた。
思い出したくない。
でも、思い出さなければならない。
彼のためにも、自分のためにも。

 

「ごめん」

その声と同時に、周りの雑踏が、掻き消える。
残ったのは、俺と彼の、二人だけ。

分かっていたのに、目を瞑っていた。
考えるなという忠告は彼ではなく、自分の声。
自分自身の、弱さが作った幻聴。

「お前は死んだんだ。俺のせいで」

 

 

色を塗り替えるようにして、周りの景色が変わる。
黒から白へ。
明るい方へ。

最後に見たのは、静かに微笑む親友の顔だった。

 

 

 

 

「カカシ先生」

呼び掛けと同時に、明るい日差しを感じて目を開ける。
カーテンを開けた人物は、寝起きのせいと、逆光でなかなか見えなかった。

「休みだからって、いつまでも寝てたら駄目よ!」
ベッドサイドまで歩いてきた彼女は、半身を起こして呆けている自分の前で手をかざした。
眼前で手を振ると、彼女は自分の顔を覗き込む。
「寝ぼけてる?」
「・・・サクラ」
「そうよ。一緒に映画を観に行く約束、忘れてたとか言ったら承知しないからね」
「・・うん」

 

手招きをすると、サクラは素直に自分の腕の中に収まった。
これが、こっちの方が、現実。
肌を伝わるサクラの温もりに、混乱する頭は何とか落ち着きを取り戻していく。

「夢を、見たんだ」
「どんな?」
「凄く幸せな夢だったよ」
「じゃあ、残念だったわね。目が覚めて」
笑いながら言うサクラに、自分は首を振る。
「いいや」

 

自分が望むとおりの未来。

親友は死ぬことがなくて。
誰も泣く人がいなくて。
目に映る人々は笑顔で、幸福に満ちあふれている。

争いもなく、永遠に続くと思われる平和な世界。
思わず涙が出るほどの、理想郷。

 

それなのに、目がさめた瞬間に思った。
夢で良かったと。

だって、あそこには君がいない。

 

 

 

「ずっとそばにいてくれる?」

サクラを抱きしめたまま、訊ねる。
泣く寸前の顔は見られたくなかったから。
自分の不安な心情を察したのか、サクラは背中を優しく撫でてくれた。

「先生が、私のこと好きでいてくれるうちはね」


あとがき??
「私が先生のことを好きでいるうち」ではなく、「先生が私のことを好きでいてくれるうち」なのです。
そこ、重要。

元ネタは『うる星やつら』の映画(『ビューティフル・ドリーマー』)なのだけれど、あまり元になっていないような気も。
『オープン・ユア・アイズ』とかも思い出したり。(内容全然違うが)
関係ないけど、うる星のアニメで一番の傑作は『そして誰もいなくなったっちゃ』だと思う。


駄文に戻る