お約束


「カカシ先生さ、何で私によくしてくれるの?」
「え」
「ナルトやサスケくんにはこうして家に呼んでご飯食べさせたりしてないでしょ。女の子だから?」
サクラは茶碗蒸しをスプーンですくいながら訊ねる。
テーブルの上は、会席料理さながらの贅沢な品々が並んでいた。
向かいに座るカカシはただコーヒーをすするのみで、サクラがぱくぱくと遠慮無く食べるのを楽しげに見つめている。

「違うよー。女の子だからじゃなくて、お嫁さんだからだよ」
「・・・・嫁?」
「そう」
「誰が、嫁」
「サクラが、俺の」
話半分で食事に集中していたサクラは、そこでようやく顔をあげる。

「何、それ」
「約束したじゃないか。10年経ったら結婚しようって」
「何、それ!!!」
サクラは全く同じ台詞を、語調を強めて繰り返す。
目を丸くするサクラを前に、カカシは悲しげに眉を寄せた。
「忘れちゃったのー?」
「っていうか、カカシ先生とそんな約束してないわよ!!」
「俺は覚えてるもん」

 

 

「大嘘つきよ!!!」

一人になった部屋の中で、サクラは突然大きな声を発した。
家に帰る間も、帰った後も、ずっと考えていたが、カカシとの約束などまるで覚えていない。
いや、そんな約束などしていないと、サクラは断言できる。
それならば、カカシのあの確信に満ちた言葉は何だったのか。

「・・・まぁ、いいか。どうせでたらめだし」
考えることも馬鹿らしくなったサクラは、早々に布団の中に入る。
思い悩んで眠れなくなっても、明日の朝が辛いだけだ。
カカシの嘘に惑わされたりはしない。

 

 

 

夢の中。

サクラは頭にいにの貰ったリボンを付け、半袖半ズボンの男の子のような服装をしていた。
おそらく、アカデミーに入って間もなくの頃。
この日はいのと待ち合わせをして、公園で遊ぶ約束をしていた。
河川敷の道を駆けていたのは、家で母の手伝いをしていたことで時間を大幅にロスしたからだ。

「いのちゃん、もう公園に来てるよね・・・」
一度立ち止まったサクラは、その場で深呼吸を繰り返す。
10分間の全力疾走は、サクラにとってかなりの苦行だった。

荒い息を整えながら、サクラがふと下方に目をやると、そこに人が倒れていた。
最初は見間違いかと思い目をこすったサクラだったが、確かに人だ。
サクラの位置からはその人の片足しか見えず、行き倒れかどうかは確認しようがない。

「た、大変!!!」
誰か人を呼ぼうにも、周りに大人の姿はなかった。
しょうがなく、サクラは一人で草むらの坂道を駆け下りる。
もし死体だったらと思うと怖くてたまらなかったが、息があり、助けを求める人なら自分が何とかしなければならない。
サクラの他に、この付近に人はいないのだから。

 

サクラの体はもともと疲労していた。
そして、この急スピードの坂道の駆け下り。
サクラは草に足を取られ、見事につんのめった。
目的地だった、倒れている人物の上に思い切り乗っかってしまったことは、運が悪かったとしか言いようがない。

 

「ぐえっ!!!」
瞬間、サクラの耳に蛙のつぶれたような声が届く。
生きている、とサクラが喜ぶよりも先に、彼は自分に全体重を預けている彼女を振り払った。
「重い!!殺す気か!」
尻餅をつき、怒声を浴びせられたサクラは、目を白黒とさせて彼を見つめる。
目の前にいるのは白い髪、そして、左右色の違う瞳が印象的な若い男。
年齢は二十歳前後だろうか。

「あ、あの、倒れている人がいたから。こ、困っているなら助けてあげようと思って・・・・」
「倒れてる人?どこにいるんだよ」
怖い顔をしている彼に向かって、サクラはおずおずと指をさす。
「俺?」
急いで首を縦に振るサクラをまじまじと眺めると、彼は突然弾かれたように笑い出した。
サクラは唖然とした表情のまま彼を見上げている。

 

 

「ああ、ごめんごめん。何、小さい君が俺を助けようと思ってくれたわけ」
「・・・うん」
「ただ寝てただけだったんだけど、そういうことなら助けてもらおうかなぁ。俺、今死にそうな気持ちだから」
「え、やっぱりどこか体の具合が悪いの?」
律儀に反応するサクラに、彼は顔を綻ばせる。

「いや、ちょっとショックなことがあって・・・。今さっき、ある人とお別れをしてきたばかりなんだ」
言いながら、彼は少し寂しげな表情になった。
先ほどまで楽しそうに笑っていた彼が、急にそのような顔をするものだから、サクラも同じように沈んだ表情になる。
「彼女に振られたの?」
「・・・まぁ、そんな感じ」
「お別れってことは、もう会えないの?」
「二度と、ね」

 

サクラの隣りに座り込み、彼はサクラと目線を合わせた。
その表情は笑顔に戻っていたが、先ほどの言葉がサクラの胸に突き刺さっている。

「じゃあ、私、私があなたのお嫁さんになってあげる!」
「・・・・え」
「その彼女より、私、絶対美人になるわよ。だから、元気出して!!」
サクラは握り拳をつくって力説する。
幸い、彼の顔は面食いのサクラの十分許容範囲だった。
恋人=お嫁さんという考えは子供らしく短絡的な発想だったが、彼は嬉しそうにサクラの頭に手を置く。

「じゃあ、10年経ったらお願いしようかなぁ」
「うん。約束ね」
サクラは自分の指を彼のものと絡ませて指切りをする。

 

サクラが青年と会ったのは、それが最初で最後だ。
当然のように、約束は成長と共にサクラの頭から綺麗さっぱりと忘れ去られていた。

 

 

 

「お、思い出した・・・・・」

睡眠時間は長かったというのに、何故かサクラは疲労困憊な顔でベッドから起きあがる。
ただの夢だと思いたかったが、記憶の断片が確かにサクラの頭に残っていた。
しかも、自分から言い出したこと。
責任を取らなければならないのかと、目覚めてすぐのサクラは真剣に悩んでいた。

 

その日の7班での任務中。
カカシが一人のときを狙って、サクラはさりげなく近づく。

「せ、先生。子供のときの約束なんて、もう時効よね」
「あれ、思い出したの?」
「・・・うー、うん」
顔を引きつらせて答えるサクラに、カカシはにっこりと笑いかける。
「あと5年だから」


あとがき??
笑顔のカカシ先生が怖いっす。
カカシ先生は友達を亡くして投げやりな気持ちで寝転がっていたのですが、サクラと約束したので頑張って生きていこうかなぁと思ったわけで。
そうなると、サクラ、責任とらないと駄目ですかねぇ。(笑)
いや、しかし、私がカカシ先生なら10年後といわずにその場で(ゴホゴホ)。
せめてサクラが幼いのをいいことに婚姻届に署名させるとかねv
結婚しようねー、などという幼なじみとの約束を本気で実行した人っているんかなぁ。いたら凄いなぁ。


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