悪魔という名の天使 T


「今日は嵐ね」
珍しく遅刻せずに待ち合わせ場所に現れたカカシを見て、サクラはそう呟いた。
「失敬だな。俺だってたまには時間どおりに来るって」
「たまにはじゃ困るんですよ!」
サクラはカカシを睨みつけた。
ナルトはいつものこととして、珍しくサスケも遅刻していて今この場にはサクラとカカシしかいない。

「ところでサクラ、誰それ」
カカシはサクラの背後にピッタリとくっつくようにして佇む男を指差して言った。
その男はこの辺りでは見かけない顔だった。
まず格好が怪しい。
もう季節は春だというのに黒いマントを羽織っていて、その中は着流し姿。
金髪碧眼、顔の造作は秀麗な部類に入るだろうが、和洋折衷のよく分からないファッションセンスで全て台無しになっている。
年のころは20前後だろうか。
サクラとはかなり面立ちが異なっているため、兄妹には見えない。

「先生何言ってるの?」
サクラがカカシの指差した方角を見て怪訝な顔をする。
「誰もいないじゃない」
「だってここにいるじゃないか」
カカシは男の肩に手を置いて言ったが、そのひんやりとした感触に瞬間的に手を離す。

血が通っているとは思えない冷ややかさ。
氷に手をついたときのような感覚。
これではまるで死体だ。

カカシがもの凄く嫌そうな顔をして男の方を見ると、彼はにっこりと笑った。
「無駄ですよ〜。彼女だけでなく、他の人は大抵僕のこと見えないですから〜」
「じゃあ、どうして俺にだけ見えるんだ」
カカシはその男と会話しているのだが、サクラには一人で喋っているように見える。
「ちょっとー、先生大丈夫なの」
サクラはカカシの服をひっぱり心配そうな声を出す。
「生死の境をさ迷うような経験をした人の中には、僕のこと見える人がたまにいたりするんですよ〜」
男の言葉に、思い当たることのあるカカシは思わず納得しかけたが、その存在の正体に気づき、ハッとなる。
「おまえは」
「悪魔で〜す。人によっては死神とも呼びますけど〜〜」

 

「どうして悪魔なんかがサクラに取り付いてるんだよ!!」
カカシが悪魔に怒鳴った。
あれからカカシはナルト達の到着を待たずに、嫌がる悪魔をサクラから引き離して自分の家に連れ込んだ。
突然姿を消したカカシに、サクラはさぞ戸惑っていることだろう。

「ちょっとちょっと〜、仕事の邪魔しないでくださいよ〜。今月中にこれだけの魂を回収しなきゃならないんですから〜。こう見えて忙しいんですよ〜」
悪魔はどこから取り出したのか大きく『大福帳』と書かれた分厚い冊子をバサバサと振って、カカシに文句を言う。
しかし、彼はちゃっかりカカシ家のソファに腰掛けてくつろいでいた。
カカシに要求して茶まですすっている。
「美味しいですね〜。これがハーブティーってやつですか〜」
「そうじゃなくて、サクラから離れろ」
カカシはどすの利いた声を出したが、悪魔はやんわりとした笑顔を返す。
「すごんでも怖くないですよ〜。僕、不死身ですから〜」

さしもの上忍も、悪魔相手にどう対処したらいいのか分からず困惑ぎみだ。
悪魔は首をかしげて訊いた。
「どうしてそんなに必死な顔して僕の邪魔しようとするんですか〜。人なんて遅かれ早かれいつかは死ぬのに〜」
「サクラは大事な俺の生徒だからだ」
「生徒だから〜?」
悪魔は納得のいかないという顔をしてカカシを見ている。

「まぁ、あなたの都合は僕には関係ないですけど〜。魂がないと僕、帰れないからとっても困るんですよ〜」
「なら、代わりに俺を連れてけ」
カカシの言葉に悪魔は『大福帳』にざっと目を通し、首を振る。
「駄目駄目〜。記録によるとあなたは当分死なないから〜。美人の奥さんもらって沢山の子供や孫に囲まれて天寿をまっとうできる未来に決まってます〜」
意外な言葉にカカシは目を見開いた。
誰かに殺される未来というのも想像できなかったが、自分のような人間は決して長生きできないものと思っていたから。
「尽きかけた命でないと僕達が連れて行くことが出来ないんです〜。申し訳ない〜」
さして悪びれた顔もせず言うと、悪魔は席を立つ。

「あなたの熱意に応えてちょっとだけ教えてあげます〜。詳しい日にちは言えませんが、彼女は事故にあった子供を助けて代わりに死んじゃうことになってます〜」
「なんだその子供ってのは。サクラの親戚かなにかか」
「いえ、全く見ず知らずの子供みたいですね〜。奇特な方だ〜」
いかにも正義感の強いサクラらしい最後だな、とカカシは思った。
自分ならよく知りもしない子供のためになんか死ねそうにない。

「ご愁傷様です〜。では、お茶ごちそうさまでした〜」
玄関から出て行こうとする悪魔に、カカシは振り返らずに声をかける。
「そう簡単にサクラは渡さないからな」
「ご勝手に〜」
全く威にかえした風もなく、余裕の表情で悪魔は答えた。

 

「・・・ちょっと、カカシ先生。どういうつもりですか」
サクラの視線は険悪なものを含んでいる。
当然だ。
悪魔の姿を見つけてからというもの、カカシはほぼ毎日サクラの後ろをついてまわっている。
任務の時はもちろんの事、その行き帰りも、任務以外の外出時も、部屋にいる時ですら時々窓から侵入してくる。
サクラはまるでカカシに監視されているようだ状況だ。
その状態が1週間ほど続いたある日、ついに堪忍袋の緒が切れたサクラがカカシに切り出した。

「カカシ先生、世間でこういうのをなんて言ってるか知ってますか。ストーカーですよ、ストーカー!立派な犯罪です。何が目的だか知らないけど、いい加減にしてください」
カカシは困ったような表情をするだけだ。
どうやらやめるつもりはないらしい。
「じゃあ、理由を教えてください」
サクラはため息をつきながら言った。

「理由ねぇ」
正直に話したとしても、悪魔の姿が見えない人間にその存在を信じさせるのは無理なように思えた。
カカシがサクラの後ろにいる悪魔にちらりと視線を向けると、彼はそ知らぬ顔で川べりの水鳥を見ている。
彼らのいる橋の上に、土手で遊ぶ子供達の大きな声が響いてきた。
「元気のいい子供達だなぁ」
「ちょっと、はぐらかさないでくださいよ!」
サクラは怒りの表情でカカシに詰め寄った。

「キャー、誰かー!!」
「え!」
サクラが切羽詰った声に振り向いた時、すでに子供は橋から川に落ちた後だった。
赤ん坊を抱えた母親らしき女性が半狂乱になった叫んでいる。
周りには土手にいる子供とサクラ達以外人影はない。

「大変、助けなくちゃ」
と、サクラがその言葉を発する前に、彼女の隣りにいたはずのカカシの気配はなくなっていた。
同時に子供の大きな泣き声が川岸から聞こえてくる。
「あ、あれ?」
サクラが急いで欄干から下を覗き込むと、川の縁に子供を抱えたカカシが立っている。
悲鳴が聞こえてから、子供を助けるまで、その間わずか数秒。
まさに神業のようなスピードだ。

子供は母親に抱かれると、安心したように泣き止んだ。
「どうも有難うございました」
母親はしきりに頭を下げてカカシに礼を言う。
「いえ」
俺が飛び込む前にサクラが飛び込んだら何が起こるか分からなかったし、と思いながらカカシは答える。
「先生、格好いい!!」
ずぶ濡れのカカシにサクラが飛びついたとき、カカシは大きなくしゃみをした。

ハックション!

「先生ったらだらしないの」
「そんなこと言ったって川の水はまだ冷たいんだぞ」
高熱を出したカカシのために、サクラは毎日カカシの家に通って付き添っている。
悪魔の彼も当然サクラについて来ているが、彼は前回この家に来たとき同様居間のソファに座っているため、カカシの寝室にはサクラとカカシの二人だけだ。
一人暮らしで何かと大変だろうとサクラが家に押しかけてきたことはカカシにとって大変ありがたいことだった。
40度近い熱のある今、いつものようにサクラを追いまわすことはできそうにない。
世話好きで面倒見のいいサクラの性格に、この時ばかりは感謝した。

「先生。さっきから全然眠ってないじゃないの。睡眠とらないと良くならないんだからね」
サクラが口を尖らせて言う。
「だって、寝てる間にサクラがいなくなっちゃうと嫌だし」
「・・・・」

サクラが無言でカカシに視線を向けると、真顔のカカシと目が合った。
熱で頭が上手く働かないカカシは気づいていなかったが、今のはかなり恥ずかしい台詞だった。
もちろん「いなくなったら嫌」のあたりにはサクラが「死んでしまったら嫌」という気持ちも入っている。
顔は冷静なものを作りながら、サクラはカカシの言葉に内心かなり動揺していた。
「せ、先生ったら、何言ってるのよ。寝れないんだったら、今、おかゆ作ってあげるから」
枕もとの椅子から立ち上がりかけたサクラの手を、カカシが掴んだ。
「それはいいから、ちょっとこうしてて」
カカシはサクラの手を自分の頬にあてると、安心したように目を閉じた。
握られた手をサクラは困惑した表情で見つめる。
手の熱さからも、カカシが今相当な高熱を発していることが分かる。
カカシの手が熱いのは熱があるせいだと分かるのだが、カカシに握られた自分の手までどうして熱いのだろうとサクラは思った。

苦しげな息をするカカシはもう自分から話を切り出そうとはしない。
沈黙に耐えられなくなったサクラが口を開いた。
「カカシ先生さ、何が好き」
「サクラ」
「・・・・」
二人の会話がまた止まってしまう。
頬を赤くしながらも、先ほどからカカシの言動がおかしいのは病気で頭が混乱しているせいなのだとサクラは頭で納得させる。

「そうじゃなくて、食べ物とか」
「・・・スパゲティ」
辛抱してサクラが尋ねると、ようやくまともな返事が返ってきた。
「へぇ。そうだったんだ。他は。他はどんな食べ物が好き」
興に乗って話を続けるサクラだったが、いつまでたってもカカシからの返答はない。
「先生?」
サクラがカカシの顔を覗き込むと、彼はすやすやと寝息をたてていた。

サクラは安心して立ち上がろうとしたが、それは果たすことができなかった。
カカシの手がきつくサクラの手を握っている。
寝てるのよね、とサクラがカカシに顔を近づけたが、確かに熟睡している。
サクラは力いっぱい手を引いたが、繋いだ手はどうしても離れない。
「もー。なんなのよー」
サクラはカカシ起こさないように、小さく嘆きの声をあげた。

 

闇の中、カカシの眼前でサクラが悪魔と並んで立っている。

「ごめんなさい、カカシ先生」
サクラの謝罪の理由が分からず、カカシはとまどった顔をした。
「私、もう行かなくちゃいけないの」
「どこに?」
カカシの問いかけにサクラは寂しげに笑うだけで答えない。
「元気でね」
カカシはサクラの名前を呼んだけれど、彼女が立ち止まることはなかった。
サクラは悪魔の姿はみるみる遠ざかっていく。
サクラ。
サクラ。

 

「サクラ!」
カカシは自分の叫び声で目が覚めた。
眩暈がする。
カカシは流れ出る額の汗を袖口でぬぐった。
気分が悪くて吐きそうだ。
急いで見回したが、サクラの姿はなく、気配もない。
居間に足を向けたが、座っていたはずの悪魔もいなくなったいた。
カカシはとてつもない不安に胸が押しつぶされそうになり、その場にしゃがみこむ。

ドンドンドンドン。

カカシの家の扉を乱暴に叩く人間が何かを叫んでいる。
「先生、カカシ先生!」
その悲痛な声から、犯人はナルトだということがわかった。
ひどい胸騒ぎがする。
カカシはふらつく足で、なんとか玄関までたどり着いた。

扉を開けた瞬間、瞳に涙をいっぱいにためたナルトがカカシにしがみついた。
「カカシ先生、サクラちゃん、サクラちゃんが・・・」
ナルトはしゃくりをあげながら喋っているため、上手く言葉が出てこない。
だが、サクラの名前に反応して、カカシはナルトの腕を強くつかんだ。
「ナルト、サクラがどうしたんだ」
その真剣な眼差しにナルトは一瞬息を呑まれたが、しっかりとカカシの目を見つめ返して言った。

「サクラちゃんが、8階の建物から落ちた」


あとがき??
長いので、いったん切る。さて、後編。
カカシ先生のモノローグか入ると、とたんに暗くなる。困ったもんだ。
読者さんの期待は裏切らないだろうけど、怒ってしまう話だと思います。
パラレル、大好きなんですよー。申し訳ない。

題名からして萩岩睦美先生ちっく。「魔法の砂糖菓子」は名作です。子供ながらに泣いた。


駄文に戻る