第二章 事故現場


サクラの頭の中はすっかりパニックを起こしていた。
事故現場の廃工場で絶叫している。

「わ、私、死んじゃったの!!嘘!!ちょっと、私の今までの苦労はどうしてくれるのよ!サスケくんのお嫁さんになるという壮大な夢が!!まだまだやりたいことだって沢山あったのにーーー!!!」
ひとしきり騒いだ後、サクラが隣りを見ると案内人が耳をふさいで立っていた。
「あ、静かになりましたか」
「・・・・・」
冷静な彼を見ていたら一人で大声出してる自分が馬鹿らしくなり、サクラは押し黙った。
それを見計らったように、案内人が口を開く。

 

「あなた、鉄骨が落ちてきた時、何考えてました?」
案内人の質問に、サクラは事故の状況を頭に浮かべる。
振り返ってすぐ、鉄骨が視界に入って、動けなくて。
もう、自分は死ぬのかと思った。
そうして、今までの出来事が走馬灯のように浮かんできて。

「そう、あなたは自分が死んだ・・・」
案内人は一度言葉を区切ると、声の音量を1オクターブ大きくした。
「と、思い込んでしまったんです!」
「え?」

案内人がパチンと指を鳴らすと、あの時頭上に落ちてきた鉄骨が地面に現れた。
そして、その鉄骨のすぐ側に落ちているアルミ製の弁当箱。

「あなたの頭上に落ちたのは、鉄骨じゃなくて、この弁当箱の方だったんです」
工場の取り壊し作業を行っている作業員が忘れていったのだろう。
鉄骨の上に乗っかっていた弁当箱は鉄骨の落下とともに一緒に落ちてきた。
鉄骨はともかく、この弁当箱に人を殺傷する力があるようには見えない。

「実際には、鉄骨はあなたの体すれすれに落ちて、弁当箱の方があなたの頭を直撃した。それで早とちりしたあなたは、死んだと思い込んで体から魂を離脱させてしまったんです」
「・・・・はぁ」

 

真相が分かってみると、サクラは顔から火が出るほど恥ずかしくなってきた。
仮にも忍者である自分の死因が、弁当箱が当たっただけの勘違いとは。
笑い話として木ノ葉の忍者の間に語り草になるのが目に浮かぶ。

「だから早く体に戻って方がいいですよ。自分の体に触れるだけでいいんですから」
案内人の言葉に、俯いてい暗い顔をしてサクラは即座に顔をあげる。
「え!そんな簡単に生き返れるものなの?」
「あなたの場合は特別です。ただの早とちりですから。体はまだ十分使えるんです」

その気になればすぐに生き返れると分かり、沈んでいたサクラはの表情はみるみるうちに明るくなる。
そして心に余裕ができると、余計なアイデアまで頭に浮かんできた。

「・・・他の人には私達の姿は見えないのよね」
「まぁ、そうです」
「私、ちょっと行きたいところがあるから、ここで待ってて」
そう言って走り出したサクラに、案内人が声をかける。
「一週間分の便秘ですよ」

振り向くと、声のした場所に彼の姿はなく、いつの間に移動したのかサクラのすぐ目の前に現れた。
「人間の細胞は刻一刻と死滅しています。もとに戻るのに、1日なら一週間分、2日なら二週間分の便秘を治すのと同じくらいの労力が必要になるんです。早く戻らないと、周りの人も心配するでしょうし」
「どうせ生き返るんだからちょっと時間差があったってかまわないわよ。それより、今しかできないことってあるでしょ」
サクラの嬉しそうな声に案内人は一瞬気圧されたようだった。
「サスケくんが普段どんな生活してるか見てみたいじゃない」
「はぁ。サスケくん・・・ですか。それがあなたの意中の人のお名前ですか」
「そうよ」

 

サクラの言葉に、彼はどうも納得できないというような顔で首を傾げている。
「なによ。サスケくんのこと知ってるの」
「いえ、そうではないんですけど」
まだぶつぶつ言っている案内人を尻目にサクラは再び走り出す。

「あ、ちょっと、待ってください」
「今度は何よ」
いちいち煩いが、自分のことを心配してくれている彼を無視できずにサクラは返事をかえす。
「僕達は念じるだけで好きな場所に移動できるんです」
「あら、そうなの」
便利だわ、と思いつつサクラはさっそく眼を瞑って目的の場所を想像してみた。

 

 

 

サクラが再び眼を開けると、そこには彼女の念願どおり、サスケの姿があった。
近づいて顔を覗き込んでみたが、もちろんサスケにサクラは見えていない。
多分場所はサスケの自宅なのだろう。
椅子に座ったサスケは手にした本を熱心に読んでいる。
サクラが表題に目をやると、かなり難易度の高い術について書かれている兵法書だった。
机の隣りにある本棚に目をやったが、どれも難しそうな本ばかりだ。
最初から何でもできる人なのだと思っていたサクラは、サスケの影の努力に少なからず感動していた。
そして、軽く見回してみただけだが、子供の部屋とは思えない飾り気のない簡素な場所、全く生活の匂いを感じさせない空間に寂しさを感じた。

サクラが暫しうっとりとサスケの横顔を見つめていると、ふいに、部屋にある電話のベルがけたたましく鳴った。
本を離したサスケは、面倒くさそうに立ち上がり、受話器を取る。
「もしもし」
サスケの交友関係をあまり知らないサクラは、興味深い気持ちで耳を傾けた。
相手が女の子だとしたらかなりショックだ。

「・・・サクラが」
唐突にサスケの口からもれた自分の名に、サクラはさらに話に聞き入る。
どうやら、電話の用件はサクラの死を伝えるものだったらしい。
電話の相手は誰だかは分からないが、男のようだ。
漏れ聞こえる声は、今夜が通夜で近しい者は焼香に訪れるから、同じ班のお前も来いということを言っている。

サスケが今夜、家を訪れる。
思いがけない展開に有頂天になりながらも、サクラは重大な事実に気付き、愕然とした。
「私の部屋散らかってるじゃないの!!」
サクラは眼を瞑ると、先ほどの要領で自宅へと向かった。

 

 

 

 

サクラはぼんやりと自分の通夜の準備をされている場所に座り込んだ。
心配するまでもなく、通夜が行われるのはサクラの部屋ではなく、家で一番広い居間だった。
慌てて帰ってきたサクラは拍子抜けしながらも、業者の人間に事務的に葬儀の支持をする親戚の人々を目で追う。

「もう随分進んじゃってますね。早く戻らないと可哀想ですよ。どうせ無駄になるんですから」
いつからいたのか、サクラの隣りに座った案内人が声を出した。
「・・・でも、皆あまり悲しそうじゃないね」
見えていないのだから当然だが、自分達を全く無視してせわしく作業を続ける人々を眺めながら、サクラがポツリと呟く。
「なんだか変なこと思い出しちゃった」
声に含まれた微妙な感情に気付いた案内人がサクラに顔を向けると、彼女は棺の上の自分の写真を見つめていた。
目を逸らすことなく、サクラは淡々と語りだす。

 

「私ね、昔苛められてたんだ。だから初めて親友とよべる友達ができたときは嬉しくて仕方がなかった」
サクラは友達の顔を思い出したのか嬉しそうに微笑んだ。
「それでね、皆でかくれんぼをしたとき、私、隠れるのが上手くて誰も見つけられなかったの。私凄くどきどきして待っていたのに、出て行ってみると皆私のことなんて忘れて他の遊びをしていた」

その時の寂しさは今でもサクラの心に強く残っている。
皆は再び笑顔でサクラを迎え入れてくれたが、サクラは何故だか一人でいたときよりも、強く孤独を感じた。
ようやく見つけたと思っていた自分の居場所。
それは全くの勘違いだったのだと知った。
自分がいても、いなくても、彼らには全く関係のないことなのだ。
ちょうど、今の状況と同じように。

なんともコメントのしにくいサクラの話に、案内人は黙りこむ。
だいぶ式の準備の整った部屋を見回すと、サクラは鬱な気持ちを吹き飛ばすかのように明るく言った。
「また行きたいところ思い出しちゃった。ちょっとだけ付き合ってくれる」
「いいですよ」
案内人はサクラの笑顔にホッとして答えた。

 

 

 

「・・・行きたいところというのは、ここですか」
「そうよ!」
汗をかきながら言う案内人に、サクラは無邪気な笑顔を返す。

二人の前には「『イチャイチャパラダイス』ついに映画化!」の看板が掲げられている。
「カカシ先生がいっつも読んでる本が映画化されたみたいなんだけど、子供は入っちゃ駄目なんだって。でも、今なら他の人に姿が見えないし、入り込めるわよね」
意気揚々と映画館に足を向けるサクラを、案内人が必死に止める。
「やめましょう!こっちの方が面白そうですよ。あれ、観ましょう」

 

結局二人が観ることになった映画は、「東方アニメフェア」だった。
「子供扱いして」
と、最初は文句を言っていたサクラも、映画が始まるとまんざらでもない顔で画面に見入っている。
映画は主人公の少年が拾った犬が実は異星の皇子で、主人公はクーデターによって星を追われた皇子を助け、悪の大臣を懲らしめるというハチャメチャなストーリー。
だが、ラストはかなり感動的で、主人公と皇子の永遠の別れとなるシーンは大人である案内人でさえほろりとさせられるものがあった。

涙を流して観ていたサクラは、皇子である犬の顔が大写しになったところで何か大事なことを忘れているような気がした。
たぶん、犬が関係している。
サクラは暫し、額に手を置いて考えた。
犬、犬、犬。
「うーん」と唸り声をあげた直後、サクラはハッとなり顔をあげる。
サクラは案内人の腕を掴んで大声で言った。
「事故現場に戻りましょう」

 

 

 

サクラが事故にあった工場の入口付近を抜けて、さらに奥。
鉄柱の影になった場所にダンボールの箱がぽつんと置かれ、その中で子犬が一匹寂しそうに鳴いていた。
サクラが最初にこの工場に入ったのは、この子犬の声を耳にしたからだった。

サクラは子犬の頭に手を置こうとしたが、実体のないサクラにそれは叶わぬことだ。
サクラの手は子犬をすり抜けてしまう。
これでは子犬を人目につく場所に移動させられず、このまま子犬は誰にも気付かれずに死んでしまうかもしれない。

「どうしよう・・・」
泣きそうな顔で子犬を見つめるサクラに、案内人が助け舟を出した。
「あなたが体に戻って犬を助けにきてあげればいいじゃないですか」
「駄目よ!体に戻ってもすぐには動けないだろうし、意識だってなかなか戻らないかもしれないじゃない」
すでに子犬の鳴き声は弱々しいものになっている。
サクラの瞳から涙がこぼれると、案内人は慌てて新たな提案をした。

「彼のところに行きましょうか」
「彼?」


あとがき??
長い。まだまだたどり着けない。うう。(泣)
次回が山場ですね。
主人公の彼が活躍する予定。(笑)

本当なら今回はもっとサクサスシーンあったのだけれど、自虐的なので削除。
私、今はカカサクしか目に入りません。


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