第三章 通夜


ナルトは機材を前に熱心に手を動かしていた。
机の周りには足の踏み場のないくらいオカルト雑誌が広がっている。
おそらく忍びの兵法書を読むときでも、これほど熱を帯びた顔つきはしていないことだろう。
それくらい今のナルトは真剣だった。

「できたーー!!」
満面の笑みで声をあげると、ナルトはさっそくいじっていた自作の機械のスイッチをONにする。
すると、予想外に機械はすぐに反応を示した。
「あれ?」
ナルトが驚いて機械を見ると、それは大きな音を立て、側面のランプが点滅していた。
同時に、背後に妙な気配を感じる。

まさか、と思いつつナルトは恐る恐る振り返る。
しかし、そこにいたのはナルトに警戒心を起こさせる人間ではなかった。
少し拍子抜けしながらも、ナルトは安心して笑みを浮かべる。

 

「サクラちゃん、何でいるの。カカシ先生まで」
ナルトの眼前には、サクラとカカシが丁寧に正座して座っていた。
しかし、カカシの方は奇妙な扮装をしている。
「それに何、その格好。カカシ先生、どっかでパーティーでもあるの」
案内人を指さして言うナルトに、サクラは驚いた顔をしている。
サクラは案内人の腕を引くと部屋の隅まで行き、小声で耳打ちした。

「ちょっと、どういうことよ」
「ああ。彼みたいにたまーに僕達の姿が見える人間がいるんですよ。霊能力者ってやつですかね」
案内人の言葉に、サクラは驚きを禁じえなかった。
あの鈍いナルトが霊能力者とは、かなり意外だ。
人間何かしら取り得はあるのだと感心してしまう。
「何してるのー」
いつの間にか二人の真後ろに来ていたナルトが不思議そうに声をかける。
「あ、何でもないから、気にしないで」
サクラは慌てて手を振る。

 

「それより、ナルト、頼みがあるの」
「何?」
サクラが自分に頼みごとをするとは珍しいな、と思いながらナルトは答える。
「あのね、私の家の近くにある廃工場、知ってる?」
ナルトは少し考えると、
「ああ、知ってる、知ってる」
と、頷きながら声を出した。

「そこにね、子犬が捨てられてるの。お腹すかせて弱ってるみたいだから、私の代わりにエサあげに行ってくれないかな。今すぐ」
サクラは伏し拝むようにしてナルトを見た。
「いいけど、何でサクラちゃんが行かないの」
怪訝な顔で問うナルトに、サクラは声を詰まらせる。
返答に困り汗をかくサクラを見かねて、隣りにいる案内人が口を挟んだ。

「彼女は本当は犬が苦手なんだよ」
「ええーー!?」
意外な言葉に、ナルトは声をあげる。
「そ、そうなのよ。実は犬、嫌いなの」
取り繕うサクラに、ナルトは信じられないという顔をしていた。
今まで何度も迷い犬を捜す任務を受けたが、サクラが犬が嫌いだとは全く気付かなかった。
むしろ、犬を抱いたサクラは楽しそうで、ナルトは彼女が犬好きなのだと思っていた。

 

「ナルト、お願い」
「・・・うん。別にいいけど」
何か変だと感じながらも、サクラの必死な声にナルトは頷いた。
そして、新たな疑問に首を傾げる。
「あれ、それだけ言うために二人で来たの」
「そうよ」
「でも、どっから入ってきたの。玄関、鍵閉まってるけど」

普段どんくさいナルトが、今日に限っていちいち鋭い突っ込みを入れることに怒りを感じながら、サクラは打開策を素早く考える。
サクラは周囲に目を走らせ、窓を指差しながら言った。
「ま、窓からよ」
「へぇーー」
ナルトの家は隣りの建物との隙間が僅かしかないため、壁のぼりできるスペースは無いに等しい。
表からのぼるにしても、人目につきすぎて相当目立つことだろう。
だが、カカシとサクラなら何とかなるのだろうかと、ナルトは窓を開けて階下を見ながら感嘆の声を出す。

「それより、それ、何作ってたんですか」
熱心に壁を観察しているナルトに、詳しく訊かれては困ると思い、案内人は話題をそらすために質問した。
「ああ、これ」
まんまとその問い掛けに応じたナルトは、振り返ると案内人の指差すものに目を向けた。
ナルトが手にしている20cmほどの大きさの箱型機械。
機械について話題をふられたことでナルトは嬉しそうに笑っている。
どうやら二人を怪しむ気持ちはナルトの頭からすっかり消えたらしい。
サクラはナルトの単純さをこの時ばかりは感謝したのだが、それも束の間、次のナルトの言葉にさらに動揺することになってしまった。

 

「これは、幽霊探知機なんだ」

表情を凍りつかせたサクラと案内人は顔を見合わせる。
「朝、サクラちゃんに話したよね。今さっき完成したんだけど、何だか壊れちゃったみたいで」
ナルトは機械を軽く振ると、再びスイッチを入れた。
「ほら」
探知機は先ほど同様、ビビビビッと大きな音で警戒音を鳴らしている。
主に、サクラ達のいる方角に向けると、大きな音を出しているようだ。

「ね、何だか誤作動してるみたいで。サクラちゃん達に反応してるみたい」
「ア、アハ、アハハハハハーーーーー!!!」
案内人とサクラは機械音を誤魔化すようにして二人揃って大きな笑い声を出した。
「おかしいよなぁ。完璧なはずなのにー」
ナルトがスイッチのONとOFFを繰り返していると、隣りの部屋から電話の音が聞こえてきた。
「ちょっと待っててね」
ナルトは急ぎ足で電話の場所へ向かう。

電話のある部屋へ入ると、起動したままだったナルトの手元の探知機が、急速に音を弱めていった。
「あれ?」
ナルトは探知機をもといた部屋に向ける。
音が大きくなる。
探知機を電話のある部屋の方向へ向ける。
音が小さくなる。
ナルトが首を傾げると、電話のベルが消えるのと同時に、探知機の音が止んだ。

奇妙な予感にナルトがサクラ達のいる部屋のドアを開けると、彼らの姿はどこにもなかった。

 

 

 

サクラと案内人がサクラの家に戻ると、ちょうど喪服姿のサスケとイルカが玄関から出て行くところだった。
時間はまだ早いので、二人は通夜が始まってすぐに来たのだろう。
「では、失礼します」
イルカがサクラの父親に頭を下げている。

「あああーーーー!!」
サクラは声をあげると、落胆した表情で俯いた。
「サスケくんが私を見てどんな顔するか見たかったのに・・・」
「残念でしたねー」
全く同情していないと分かる声に、サクラは案内人を睨みつける。
そして、通夜の参列者に視線を向けた。

アカデミーのごく親しい友人と、親戚一同が集まっている。
喧嘩友達のいのが真っ赤に目を腫らしているのを見て、サクラは胸がじんと熱くなった。
一人一人の顔を目に焼き付けるようにして順を追って見詰める。

そして。

 

「・・・・いない」

「カカシ先生、ですか?」
呆然として呟かれたサクラのその言葉を聞いた案内人が、すかさず訊ねた。
サクラの顔が瞬時に強張る。
図星だった。
ナルトは今会って来て、自分のことをまだ知らないようだったので仕方がない。
だが、アカデミーの元担任であったイルカが来ているのだ。
現在担任であるカカシに、知らせがいっていないはずはない。

サスケがどんな顔で自分の遺体と対面したのかが見られなかったことより、カカシがこの場にいないということにより大きな衝撃を受けている自分に、サクラは混乱していた。
怒りとも悲しみともつかない感情がサクラの心の中で渦巻いている。

「・・・何か私のこと話すかもしれない」
気持ちを落ち着かせるように深呼吸すると、サクラは並んで歩くイルカとサスケの後を追った。

 

 

サクラが二人に追いつくと、ちょうど話題はサクラが一番知りたいと思っていたものだった。
背後にサクラが付いて来ているとも知らずに、二人は話し込んでいる。

「ナルトとカカシはどうしたんだ」
サスケの問い掛けにイルカは困惑して答えた。
「ナルトの家は何度電話かけても繋がらなくてな。さっきもサクラの家からかけさせてもらったんだけど。あいつ、なにやってんだか」
「カカシは?」
「それが・・・」
イルカは話しづらそうに頭をかく。

「サクラの母親からアカデミーに連絡が入ってすぐ知らせに行ったんだけど、あんまり関心がなかったみたいで」
その時の情景を思い出したのか、イルカは溜め息をついた。
「用事を思い出したって言ってどっか行っちゃったんだよ。サクラのこと聞いてもあまり驚いてなかったし、結構冷たい人なのかな」
イルカの言葉を聞いた後、サクラは動かなくなった。
イルカとサスケの姿がみるみる遠ざかっていくが、サクラはその場に立ち尽くしている。

 

信じていた世界が足元から崩れていくような感覚に、サクラは眩暈を覚えた。
カカシがどのような用事を思い出したのかは分からない。
だが、生徒の通夜より優先させるような用事など、滅多にあるわけはない。
それともカカシにとってサクラはそれほど気にとめる存在ではなかったということなのか。
サクラは情けなくて涙が出そうになった。

振り向くといつでも差し伸べられていたカカシの温かい手に、優しい眼差し。
それらは生徒だからという義務感からだけのものだったのだ。

 

 

「・・・あのー」
「煩いわね、あなたうざいわよ!大体なんでそんな格好してるのよ。嫌がらせなの」
背後から聞こえてきた案内人のためらいがちな声に、サクラは目くじらを立てる。
案内人は困ったような顔をして答えた。

「これは案内する魂に警戒されないように、姿を変えてるんですよ。その人の心を占めている身近な男性に変化するように。大体父親だったり、兄弟だったり、それから、恋人だったりするんです。あなたの場合肉親じゃなかったみたいだから、好きな人なのかなぁと思って」
「・・・でも、ナルトもあんたのことカカシ先生に見えてたじゃないの」
「それは、僕があなたの記憶に合わせてそういう風に見えるようにしたからですよ」

サクラは再び黙りこんだ。
沈黙が続き、案内人はサクラを労わるように話し掛ける。
「・・・失恋って辛いものですよね。だけど」
「煩いって言ってるのよ!!独りにしてよ」

サクラは自分に慰めの言葉をかける案内人に乱暴に言うと、そのまま駆け出した。
なによりも、案内人のあの顔を見ていたくなかった。
こんな風に自分の本当の気持ちに気付くなんて、最悪最低だ。
サクラは死にたい気分というのはこういうことかと思ったが、すでに自分は半分死んでいるような状態で、これからどうすればいいのか見当がつかなかった。


あとがき??
ようやく終わりが見えてきたかな。残すところ、あと二章。
案内人の奇妙な扮装の理由も次で明かされる。はず。(笑)
カカシ先生、相変わらず出番なし。
このまま終わっちゃうかもなぁ。アハハ。(シャレにならない)
それにしても、急にサクカカっぽくなってきたわね。
これからどうしよう。うーん、うーん。

と、ここまでは随分早く書き終えてました。
アップできなかったのは、単なる私の怠惰のせいです。済みません。
前回から何ヶ月空いたのか、数えるのも恐ろしい。
自分でも内容忘れまくりです。ひー。一行程度とはいえ、大まかな内容書き残しておいて良かった。
次回が映画版『四月怪談』一番の見せ場なので(たぶん)、また時間かかりそうです。(汗)
もう一度映画を観て、続きの展開考えなければ!


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