第四章 橋


「うわ、お前あんまり動くなってばよ」
腹を抱えながら歩くナルトは、自分の懐のふくらみに向かって言った。
ナルトが身につけているパーカー。
その中に、ナルトは子犬を入れているのだ。
子犬は前開きのチャックの上部分から顔を出している。

サクラに言われたとおり、廃工場の中で子犬を見つけたナルトは、自宅への道のりを歩いていた。
店の閉店時間はとうに過ぎ、町は人もまばらだ。
繁華街の裏道、川沿いの夜道を、ナルトは街灯を頼りに進む。

「でも、サクラちゃんなんで犬が嫌いだなんて言ったんだろう・・・」
思案顔のナルトは、一人呟く。
鈍いナルトでも、サクラが何かを隠していることは分かっていた。
それでも、しつこく理由を訊ねたりしなかったのは、サクラが本当に困っているのに気付いたからだ。
理由は分からない。
でも、彼女は真実自分の力を必要としていた。
それだけで、ナルトの動く起因にはなる。

 

とぼとぼと足を進めるナルトの耳に、機械の作動音。
鞄に詰めた幽霊探知機。
それが反応している。
ナルトはすぐに辺りに気を配った。
すると、ほぼ予想通りに、サクラの姿を見つける。

「サクラちゃん!」
ナルトは機械のスイッチをOFFにすると、大きく声を出した。
その呼びかけに、サクラはきょろきょろと顔を動かす。
サクラがいるのは、川一つ向こう。
橋を越さないと、ナルトのいる場所へはたどり着けない。

「こっち!」
ナルトは懐から出した子犬をサクラに見えるよう手に持つと、川岸に作られた柵から身を乗り出す。
ナルトの姿を認めたサクラは、彼にその場に留まるよう身振りで示し、近くの橋に向かって歩き出した。
ナルトはもどかしげに橋を渡るサクラを見詰める。

 

 

「ナルト」
ふいに名前を呼ばれ、ナルトは振り向く。
見ると、アカデミーの同級生のシカマルが、路地から現れた。
「何だ、お前か」
興味なさげに言うと、ナルトは顔の位置を橋の方へと戻す。
「お前、こんなところで何してんだよ。サクラの家には行ったのか?」
「何だよ、それ」

サクラの姿を目で追いながら、ナルトは怪訝な顔で言う。
シカマルは自分を見向きもしないナルトを気にした風もなく、言葉を続ける。
「お前、まさかまだ知らないのか」
「だから、何のことだよ」
繰り返すナルトに、シカマルはごく軽い口調で答えた。

「死んだんだってよ。サクラが」

 

その言葉に、ナルトはぽかんと大きく口を開けた。
はたから見ると、とんでもなく間抜けな表情。

だが、それも仕方がない。
今現在、いるのだから本人が。
ナルトの視界の中に。

 

「香典の金用意しとけってさっきいのから連絡もらったんだ。俺は明日の告別式には出席するつもりだ。じゃあな」
いつものように、面倒くさそうに言うとシカマルは踵を返してその場から立ち去った。
残されたナルトは、まだ呆然と立ちつくしている。
声が、出なかった。
シカマルの言った言葉を、何とか飲み込もうとする。

誰が、死んだって?

混乱状態に陥ったナルトは、いつの間にか、サクラの姿が消えていることにハッとなる。
「ナルト」
慌てたナルトがその名前を口にするよりも早く、背後から呼びかけられた。
声のした方を見ると、昼間と同じ忍装束のサクラがすぐ傍らに立っていた。
全く気配を感じさせずに。

「どうかした?」
無言のまま自分を凝視してくるナルトに、サクラが訊ねる。
「・・・何でもないよ」
答えながら、ナルトはきっと何かの間違いだと思った。
サクラはここにいる。
それは事実なのだから。

 

「犬、見つけてくれたんだ」
サクラはナルトの抱える子犬を見詰め、嬉しそうに声を出す。
「早く何か食べさせてもらいなね」
「あ、こいつ、さっきミルク沢山飲んだんだ」
「そう」
サクラは子犬の頭に手を置こうとして、そのまま手を止めた。
躊躇するように彷徨わせたあと、サクラは結局手を引く。

子犬の姿を見てつい手を出してしまったが、霊体であるサクラに犬を触ることはできない。
そして、ナルトには、犬嫌いだと言ってしまったこともある。
曖昧な表情で子犬を見るサクラに、ナルトはやはり何か不自然なものを感じた。
どこが、とははっきりとは言えない。
でも、サクラの様子が、違うように思える。

 

そして、何気なく視線を逸らした先に、ナルトは信じられない光景を目の当たりにした。

ナルト達の傍らにある、とある店の裏窓。
橋の袂にある街灯が二人を照らし、その場に立つ人物の姿をガラスに映している。
だけれど、それは一人分。
ほぼ同じ場所にいるというのに、ガラスはナルトの姿しか映していなかった。

表情を強張らせたナルトは、ゆっくりと、顔をサクラの方へと戻した。
自然を装い、声を絞り出す。

「・・・少し歩こうか」
「うん」
ナルトの言葉に、サクラは頷きながら答えた。

 

 

 

たわいない話を続け、二人はいつも任務地に向かう前に7班が待ち合わせる、橋の上まで来ていた。

「私、こっちだから。ナルトの家はそっちでしょ」
立ち止まったサクラは、夜道の先を指差しながら言う。
「・・・うん」
「じゃあね」
僅かに微笑むと、サクラは橋の反対側へと歩き出す。
このとき、ナルトの頭をよぎった、ある言葉。

橋はこの世とあの世を繋ぐ境界。
渡りきった者は、二度と元の世界に戻ることはできない。
灯りの少ない橋に、サクラの後ろ姿は、闇に向かって歩いているように錯覚させる。

 

「サクラちゃん」
思わず呼びかけてしまったナルトは振り向いたサクラに、戸惑ったような顔をした。
考えが、上手くまとまらない。
しょうがなく、ナルトは思いつくままに言葉を吐き出す。

「犬、嫌いだなんて、嘘だろ」
「・・・ごめんなさい」
ナルトの問い掛けに、サクラは眉を寄せながら、小さく言った。

謝罪の言葉。

重みのある言葉。
犬のこと、だけを言っているのだろうか。
ナルトは不安な気持ちでサクラを見る。

 

目を伏せたサクラは以後言葉を発することなく、自分の家のある方角へと歩き出す。
暫しその後ろ姿を眺めていたナルトだが、諦めたように踵を返した。
互いに、別々の道を歩き始める。
だが数歩も行かないうちに、ナルトは再び振り返った。

「サクラちゃん!!」
すでに数m離れた場所にいるサクラに、大きく呼びかける。
サクラは、今度は肩越しに顔だけで振り返って見せる。
ナルトは、懸命に笑顔を作って、その言葉を言った。

「明日、また、この場所で会おうな」

 

何気ない、別れ際の挨拶。
この場所で、何度も何度も繰り返し言った言葉。
でも、今、彼女にそれを伝えておかないといけない気がした。

暗くて、サクラの顔は判別し難かった。
だけれど、ナルトの目には。
泣きそうな顔のサクラ。

白い手を振ると、サクラは何も言わずに駆け去ってしまった。

 

 

 

案内人は、サクラに怒鳴られた場所で、そのまま座り込んでいた。
自分の、不注意な発言を大きく反省して。
灯りが人気のない公園内を照らす中、かすかに、人の気配を感じた。

見ると、彼の座るベンチの傍らで佇むサクラ。
その面立ちから、先ほどまでの悲壮感はなくなっている。
案内人は安心したように微笑を浮かべた。


あとがき??
一ヶ月に一回どころか、半年くらい放ってしまった。すみません。(汗)
これ書くために『四月怪談』を観たのですが、何回も観ているというのに、またジーンとしてしまった。
やはり、良い作品です。名作!
上手く表現できなくて、すみません。
さらにすみません。
全5章のつもりだったのですが、気力がつきました。
全6章にします。
今回、当初予定していた場面の半分しか書いてません。申し訳ない。(=_=;)
そのうち全部書き直したいですわ。


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