第五章 レンゲ畑


「さっきはごめんなさい」
「いえ、こっちこそせっつくようなこと言って、すみませんでした」
互いに謝罪すると、心のわだかまりも緩やかにとけていく。

「じゃあ、そろそろ体の方に戻りますか」
「・・・・うん」
短く答えたサクラは、案内人の顔を見上げ、強請るように両手を合わせた。
「お願い。最後にどうしても行きたいところがあるんだけど、いいかな」
「どこですか?」
「レンゲ畑」

 

サクラがその場所に今行きたいというのには、ちゃんと理由があった。
サクラの言うレンゲ畑は普通に行けばここから片道一日以上はかかろうかという遠い場所。
幼い頃ならまだしも、休みの不定期な忍の仕事をしていては、なかなか行けるところではない。

「今の季節、それは見事よ!」
サクラは昔一度だけ行ったことのあるその花畑の話を、瞳を輝かせて語る。
本当に楽しそうに話すサクラに、案内人は少なからず興味を引かれた。
「いいですよ。行きましょう」
「本当!?」
早く体に戻ることを進められると思っていたサクラは歓喜の声をあげる。

嬉しそうなサクラに顔を綻ばせた案内人は、数秒後、サクラの言葉を安易に了承したことを後悔するとは、思いもしなかった。

 

 

 

 

輝く星の下、案内人とサクラは草一つ生えていない広大な大地に立ちつくす。
二人の眼前にある大きな看板は、来年の春、この場所に大規模なレジャー施設が建つのだと告知している。
間違えたわけではない。
シャベルカーに掘り起こされ、きちんと整備された土地は、かつてレンゲ畑があった場所。
サクラの思い出のレンゲ畑は、どこにもなくなっていた。

 

「・・・・えーと、サクラさん」
俯いているサクラに、案内人は咳払いする。
「これ、見てください」
案内人はかぶっていた帽子をサクラの前に突き出すようにして見せる。
その帽子を一回転し、中に細工がないことを確認させる。
「はい」
案内人は帽子を一瞬にして一輪の花に変えて見せた。
タキシードにマント、手に白い手袋という装いからして、マジシャンそのものだ。

「これ、サクラさんにあげます」
案内人は花をサクラに差し出したが、彼女はまだ黙り込んでいる。
自分の励ましが不発に終わったことを案内人はすぐに悟ったが、出してしまった手は引くに引けない。
身動きならない案内人に、サクラはゆっくりと手を伸ばした。

「・・・・優しいね」
まだ元気のない様子だが、手元の花を見詰めるサクラは口元に淡い笑みを浮かべている。
彼女の瞳に涙がなかったことに、案内人は心から安堵した。

 

 

 

「レンゲ畑はなくなっちゃったけど、星は綺麗ね」
「そうですね」

元レンゲ畑には、すでに工事の機材が積まれている。
大きな土管の上に腰掛け、サクラと案内は満天の星空を眺めていた。
都心から離れていることもあり、言葉に出来ないほど見事な星の輝きだ。
周囲は灯りが必要ないほどの明るさだった。
結果は残念なことになったが、この星空を見れただけでも、この場所を赴いた価値はあったのだとサクラは思う。

サクラは空を振り仰ぎ、サクラは子供の頃によく歌った童謡を口ずさんでみた。
夜空に輝く星を歌った曲。

 

「知らない?『きらら星』の歌」
ワンフレーズ歌い終えたサクラは、傍らの案内人に訊ねる。
「僕が子供のときは、ちょうど戦がひどかったときですから。歌なんて歌ったら怒られました」
何気ない案内人の言葉に、サクラは暗い表情になる。
案内人が「失敗した」と思うよりも早くに、サクラは彼の手を掴んでいた。

「じゃあ、今、歌おう!!」
「え??」
「教えてあげるから。私のあとに続いてね!」
サクラは案内人の言葉を待たずに歌い出す。
「さん、はい」
合いの手を入れられ、案内人もつられて歌い始めた。

伴奏もなく、でたらめなメロディー、さらには、サクラのうろ覚えの歌詞。
二人の歌は、第三者はとても聞けたものではなかったが、歌っている方としてはなかなか楽しかった。

「アハハッ。お、可笑しいー!!」
やがてサクラは腹を抱えて笑い出した。
「あなた、随分と音痴ねーー」
「君の教え方が悪いんじゃないですか」
「しっつれいね!」
頬を膨らませたサクラに、案内人もまた大きな声で笑う。
どれだけ騒いでも聞く者がいないのだから、気持ちは楽だ。

笑顔のサクラを横目に、思い切り腹から笑ったのは、死んでから初めてのことじゃないだろうかと、案内人は思った。

 

 

「ねぇ。あなたは何で死んじゃったの」
「僕、木ノ葉の中忍だったんですよ」
「嘘!!!」
サクラは大仰に驚き、傍らに座る案内を穴が開くほど見詰める。

あからさまな視線に、案内には心外だとばかりに顔をしかめる。
「本当ですよ」
「てっきり売れないマジシャンか何かで、先行きが不安で自殺でもしたのかと」
「・・・・手品は単に趣味です」
案内人は憮然とした表情で言った。

「じゃあ、あなたの死んだ理由って・・・」
「そうですよ」
案内人はサクラから目線をそらし、空を見上げた。
遠い昔に思いをはせるように。
「僕は任務中に死んだんです。敵に刺されて、出血多量で」
自分の死を語るにしては、あまり感情の入っていない声だった。

 

「あなたと同じように、死ぬ瞬間に自分の人生が走馬灯のように浮かびまして。それで、気付いてしまったんです」
言葉を切り、案内人はサクラの顔を見遣る。
「僕は出会うべき人にまだ会っていなかったって」
熱心な案内人に、サクラは曖昧に首を傾ける。

「僕ね、人生っていつか出会う大切な人のためにあるって思うんです。それで、僕のような後悔をして欲しくなくて、あなたのように生き返れる体があるのに彷徨っている人を案内することにしたんです」
「・・・ふーん」
頬杖を付いて相槌を打つサクラに、案内人はにこりと笑った。
「こんな話したの、あなたが初めてですよ」

 

やがて、地平線の向こうの空が白み始める。
夜明けの瞬間が訪れたのだ。
案内人は土管の上で立ち上がると、サクラに手を差し出した。

「戻りましょう。今日はあなたの告別式です」

 

 

 

 

自宅前で案内人に別れを告げ、サクラは自分の遺体がある居間に向かう。
様子を窺うと、式はすでに始まっており、サクラの知り合いは大方集まっていた。
読経が流れ、皆しんみりとした顔で俯いている。
中には、通夜の席にいなかったナルトの顔もあった。
だけれど、カカシの姿だけはやはりない。

サクラは唇を噛みしめ、もと来た道を戻っていった。

 

「あれ?」
サクラの家の前で佇んでいた案内人は、玄関から出てきたサクラに怪訝な顔になる。
「どうしたんですか」
「私、生き返らない」
「・・・はい?」
突然のことに、案内人は素っ頓狂な声を出す。
「私の取り柄のない人生を終わらせて、これからあなたの仕事のお手伝いをするわ」
揺るぎない瞳で、サクラは決然と言い放った。

冗談ではなく、本気で言っているのだと分かり、案内人は顔色を変える。
「き、君、自分が何を言っているか、分かってるのか。君の体は、今日燃やされて灰になる。あとで泣いてもわめいても、絶対に生き返れないんだぞ!!」
「分かってる」
「僕の仕事なんて、つまらないものなんだよ」
「立派な仕事よ」
「つまらない!!生きるってことにくらべたら、本当につまらない!!」
二人が言い争う間にも式は進み、やがてサクラの棺を乗せた霊柩車は出発していく。

「ちょ、ちょっと待ってよ!」
案内人は車を引き留めるが、当然、運転手にその声は聞こえていない。
「先回りしよう」
サクラの手を掴み、案内人はサクラの棺が運ばれる予定の火葬場へと向かう。

 

霊柩車が到着するまでの間、案内人の必死の説得にも、サクラはまるで聞く耳を持たなかった。


あとがき??
長かった!!!!次がラストの章。
じつは、この章を書く前に、次の章とエピローグを書き終えてました。あら。
この五章が一番の鬼門。全然まとまらない。(涙)
四章とくっつくはずだった五章。一体、どれだけ長い話を書くつもりだったんだか。

元が名作なだけに、イメージ壊したくなかったんだけどなぁ。
すみません、すみません。(>_<)


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