第六章 火葬場


案内人とサクラは火葬場に用意された椅子に並んで腰掛けていた。
サクラの棺はすでに会場に到着し、棺を囲んで親族が最後の別れをしている最中だ。
サクラは自分の棺が遺体を焼く窯に入れられるのを、表情を変えることなく見詰める。

「・・・ねぇ。何で黙ってるの」
サクラは傍らの案内人に話しかけた。
案内人はサクラを見ることなく、ただ、浮かない表情で俯いている。
「君が、生き返らないのが悲しくて」
感情を押し殺した声で案内人は呟いた。

「取り柄って、何ですか?」
頑なな態度を崩さないサクラに、案内人は静かな口調で語り始める。
「おでこが広いことも、料理が下手なことも、手先が不器用なことも、みーんなあなたの取り柄なんじゃないですか。それに、あなたには明晰な頭脳があるじゃないですか」
「・・・・紙の上でのことよ」
サクラはつまらなそうに言う。

 

「いくらテストで満点を取っても、実戦では何の役にも立たないのよ。任務のときは足手まといになるばかりだし、いいところなし。担任の先生にまで見捨てられた私なんて、いない方がいいのよ」
「甘ったれるのもいい加減にしろ!!」
案内人は声を荒げてサクラの言葉を遮った。
立ち上がった案内人は、サクラの手を引いて場内を歩き出す。

「みんな、みんな悲しんでるじゃないか。見ろ!」
案内人はわざわざ泣いている親族の前で足を止めた。
彼らは、心からサクラの死を悼んでいるのが分かる。

「・・・今はね」
涙をこぼす従姉達を前に、サクラは皮肉げに顔を歪める。
「そのうちみんな私のことなんて忘れるわ。かくれんぼのときと同じよ。私のことを本当に必要としてくれる人なんて、いやしないのよ」
サクラは案内人の手を乱暴に振り払った。
「もう放っておいてよ!!」
吐き捨てるように言うと、サクラは案内人を見向きもせず会場の出口に向かって歩き出した。

 

 

「出火いたします」

係員の厳かな声が耳につく。
案内人は絶望的な気持ちでサクラの後ろ姿を見詰めた。
案内人がどうにかしたいと思っても、本人に戻る意志がなければ、魂は体へと戻れない。

無力な自分を呪い、案内人が半ば諦めかけたそのとき。
彼らの間を、一陣の風が通り抜けた。

 

 

 

「待ってください」

 

開かれた扉と、その声に、サクラは目を見開いて振り向いた。
肩で息をするカカシが、会場の扉の前に立っている。
そしてサクラの目線は、カカシの手にあるものに釘付けになっていた。

「・・・レンゲ」
呟くサクラの前を、何も知らないカカシが横切る。

「これ、サクラの好きな花なんです」
喪服の人々をかき分けて進むと、カカシは焼き釜の前に飾られているサクラの遺影の手前で立ち止まった。
「開けてください」
傍らにいる係員に命ずるように言う。
しかし、係員はあからさまに迷惑そうに顔をしかめた。

「困りますよ」
「一回でいいんですよ。この花、サクラ欲しがっていると思うんです」
カカシは乱暴に係員の肩を掴む。
「お願いしますよ!」
「・・・先生。もういいですから」
カカシを知る者が咎めるように言い、場内が段々とざわつき始める。

 

カカシと係員の押し問答が続く中。
唐突に、女性の甲高い叫び声がその場に響き渡った。

 

「開けてーーー!!!」

 

場内にいる人々は、目を丸くしてその声を出した人物へと視線を向ける。
「開けて、開けてちょうだい!!!サクラ、サクラを連れて帰るのよ。開けてぇぇーー!!」
カカシの行動に呼応するかのように、それまで黙して俯いていたサクラの母親が叫びだしたのだ。
「母さん!」
サクラの父が必死で彼女を止めようとする。
だが、取り乱した母親は泣き喚きながら、一心不乱にサクラの棺の入った釜の扉を叩いている。

サクラはその様を、呆然とした表情で見詰めた。
口を開けば小言ばかりで、最近ではあまり会話らしい会話をしていなかった。
常に控えめで、夫の後ろに数歩下がって従うような母。
その母が人目をはばからず暴れる姿など、サクラは想像すらしたことない。

 

いつの間にか、サクラは吸い寄せられるように彼らに近づいていた。
案内人も、静かにサクラのあとを追う。

 

 

「しょうがないですねぇ・・・」
係員は襟元をただすと、ため息をつきながらサクラの父親に向き直る。
「こういう方は同じことを何度も繰り返すんですよ。本当に一度だけですよ。よく言い聞かせてください」
「はい。申し訳ありません」
サクラの父は妻をなだめながら頭を垂れた。

棺を置くための台が再び設置され、釜の扉が開かれる。

棺の上部分が開かれサクラの顔が見えると、カカシは僅かに相好を崩した。
眠っているように安らかな顔。
だが、サクラの肌は身に纏う装束よりも白い。
死者の色だ。

 

「サクラ」
菊の花に囲まれたサクラに、カカシは優しく呼びかける。
「レンゲ、お前の言った場所になかったから、随分探したんだぞ・・・」
カカシはサクラの手の上にレンゲの花をそっと置いた。
満足そうに微笑みながらも、カカシの瞳にはうっすらと涙が滲んでいる。

カカシが葬儀に姿を見せなかった理由が、サクラには今はっきりと分かった。
仕事着のまま、一晩かけて野山を歩いたカカシの手足は、所々泥で汚れている。
棺のすぐそばで一部始終を傍観していたサクラの目からは、いつしか涙がこぼれ出していた。

 

 

 

今しかない。

 

案内人は、そのことを十分に理解していた。
それでも、彼の手をためらわせたものは。
サクラと過ごした、楽しかった時間。

サクラが生き返ることを望みながら、同時に、全く反対の気持ちが心に芽生えていたことに、初めて気付く。
だが、それはけして叶えてはいけない想い。
自らの気持ちを抑え込むようにして、案内人は固く目をつむった。

「さようなら」

言葉と共に、案内人はサクラの背を強く押し出した。

 

 

 

その変化に、いち早く気付いたのはサクラを食い入るように見詰めていたカカシだった。
かすかに、動いたように見えたサクラの指。
カカシは瞼をこすりながら再びサクラの姿を凝視した。
すると間違いなく、サクラの手がレンゲを確認するかのように動いている。
同時に、真っ白だった顔は、少しずつ赤みを帯びたものに変わっていくのが分かった。

「お、お、お母さん!」
カカシはサクラから目を離すことなく、隣にいるサクラの母の肩をゆする。
我に返ったサクラの母親は、驚いた表情のまま動きを止めた。
二人が見守る中。
サクラの睫毛が、震える。

 

「サクラ!!」
カカシが棺の中のサクラの肩を掴み、半身を起こさせた。
カカシ腕に支えられながらも、サクラは確実に瞳を開けて呼吸をしている。
うつろだった瞳は、段々と生気を取り戻していった。

一瞬の沈黙のあと、常識では考えられないその出来事に場内にいた人々から歓声がわき起こる。

「信じられない!」
「どうして・・・」
皆興奮を押さえきれずに声を出し合う。
だけれど、その声はいずれもサクラの生還を喜ぶもので満ち溢れていた。

 

 

 

大騒ぎする彼らの姿を遠巻きに眺め、一人佇む案内人は顔を綻ばせる。

「ありがとう」
晴れやかな笑みが浮かべ、案内人は呟いた。
「君のおかげで、ようやく見つけることができたよ」

火葬場をあとにし、歩き続ける案内人は、いつしか最初にサクラと出会った場所にやってきていた。
眼前には、天国へと繋がる大きな扉。
彼の中の満足感。
それが、この場所へと導いていた。

 

一度も振り返ることなく、やがて彼の身体はまばゆい光に包まれていった。


あとがき??
長々と続いたこの話もついにエピローグを残すのみとなりました。
お付き合い頂いた方々、ご清聴ありがとうございます。(涙)
このお話、最初はサクラ一人称で書き始めたものでした。
しかし、この章の案内人さんがサクラの背中を押すことをためらう場面を書きたかったから3人称にしたのでした。
カカサク、というより、案内人×サクラなお話ですね。

こんなの書いていてなんですが、私、カカシ先生の涙って想像できない・・・・・。
カカシ先生は、泣きたいときに泣けない不器用な人のイメージです。
感情を殺して外面を取り繕うことになれてしまった人。
衝撃が大きければ大きいほど冷静な顔になる。
後々になって、ああ、あのときの自分は悲しかったんだなぁと気付いても、時期を逃していて泣くに泣けない。
ま、そのために、サクラが傍にいるんですが。
あれ、カカサク語り?


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