しあわせなかんじ


 昔、仲間の、いや、仲間だと思っていた人間の裏切りで死にかけたことがある。
奴は自分を囮に、敵をおびき寄せた。
最初から自分を捨て駒として利用するために近づいたのだ。
寸でのところで九死に一生を得た俺は、病院の天井を眺めながら、固く心に誓った。
もう誰にも心を許したりしないと。
あんな奴を信頼して、友達だと思っていた自分が馬鹿だったのだ。
そう思わないと、見舞いに訪れ、それまでと変わることなく笑顔で話し掛けてくるそいつを殺してしまいそうだったから。

 

ふいに身近に感じた気配に、カカシは思わずクナイを手に身構えた。
誰もいない職員室で、どうやらうたた寝していたらしい。
目の前には、驚いた表情の紅が立っている。
「ちょっと、その物騒なもの早くしまってよね。人がせっかく親切にこれ掛けてあげようと思ったのに」
紅は手にした防寒用の布をカカシに向かって放り投げる。
「・・・背後から忍び寄るなよ」
「起こしちゃ悪いと思ったのよ」
不機嫌そうなカカシに一瞥をくれると、紅は荒々しく扉を開けて部屋から出て行った。
残されたカカシは布を手に立ち上がる。
この場でもう一度寝なおす気にはなれなかった。

いつまでもこの調子では駄目だと、とカカシにも分かっている。
だけれど、人が近くに寄ってくると、反射的につい構えてしまう。
チームワークを大切にしろと生徒達に口煩く言っている自分こそが、一番人を信じていない。
信じて、また裏切られたらと思うと、たまらなく恐いのだ。
過去の思い出はカカシの心に今も深い傷となって残っている。
あの時の絶望を忘れることは生涯ないだろう。
人との接触が恐いなど、全く自分はなんて臆病な人間なのだろうかと、カカシは溜め息をついた。

 

家に帰って寝るかな、と欠伸を噛み殺しながら歩いていると、木蔭に座り込んだサクラが視界に入った。
手にした本を熱心に読んでいるようで、カカシの存在に全く気付いていない。
丁度暇だったこともあり、カカシがからかい半分の気持ちで歩み寄ると、顔を上げたサクラはカカシを見上げて嬉しそうに笑った。
「カカシ先生。任務報告の帰り?」
裏表の無い、真の笑顔。
サクラに微笑みを返しながら、全く子供は得だとカカシは思った。
警戒心も起こさせる間もなく、すんなりと人の心に侵入してくる。

カカシがサクラの隣りに座ると、サクラは心配そうにカカシの顔を覗き込んだ。
「先生、なんだか疲れてるみたい。何かあったの」
敏感なサクラに驚きながらも、カカシは素直に言葉を返した。
「ん、なんか嫌な夢みちゃって。気分が悪いんだ」
「夢―?先生ったら、子供みたいなこと言って」

サクラは安心した表情をすると、可笑しそうに笑った。
年ごろの少女特有の、高く澄んだ、響きのよい笑い声。
サクラが笑っていると、カカシは何故か自分まで嬉しくなってくる。
理由が分からず、不思議な気持ちでサクラを見詰めていると、彼女は急に笑いを止めてカカシに向き直った。

「先生、いいこと考えた。もうちょっとこっち来て」
怪訝な顔をしながらも、カカシはサクラの手招きに応じて身を近づけた。
「なに?」
にっこりと笑ったサクラはおもむろにカカシの腕を引くと、その頭を自分の膝の上にのせる。
突然のことに慌てて身を起こそうとするカカシの肩を、サクラが強く押さえ込んだ。
「もう一度寝れば嫌な夢なんて忘れちゃうわよ。私が膝枕してあげるから、安心して寝てね」

サクラはすでに子守唄らしきものを歌って、カカシの背をぽんぽんと軽く叩いている。
暫しあっけにとられていたカカシは、もしこの状況を知り合いにでも目撃されたらと顔を真っ赤にしていた。
それに、サクラの行動はまるで自分を子供扱いしている。
年齢的には、反対だろう。
自分を押さえてるサクラの力など微力なものだし、カカシが抵抗しようとすればそれは簡単に振りほどける。
でも、カカシはどうしてかそんな気にはならなかった。

サクラの優しい手に、心地よい声。
普段は頼りないとしか思えないサクラの元で、この上なく安堵している自分に気付いた時、カカシは自分の胸のうちにある想いにも気付いてしまった。
サクラの一番身近な居心地のよいこの場所を、他の誰にも奪われたくないと思う。
なんだかとても幸せな感じだから。

 

知らずのうちに眠りの世界に引き込まれていたカカシは、サクラの呼び声で目を覚ました。
「カカシ先生、そろそろ日が暮れるから帰ろ」
カカシは寝ぼけ眼で目をこする。
見回すと、周囲はすでに夕闇に包まれ始めていた。
どうやらかなり長い時間眠りこけていたらしい。
他人が側にいるのにここまで熟睡したのは初めてだ。

カカシはどこか気恥ずかしい心もちで立ち上がったが、サクラは座り込んだままで動かない。
「どうかした」
カカシが声をかけると、少し顔を赤くしたサクラが言い難そうに呟いた。
「・・・足がしびれて動けない」
一瞬の間の後、大爆笑したカカシに、サクラは恨みがましい視線を向ける。
「なによー」
「もっと早くに起こせばよかったじゃないか」
いまだ苦笑しているカカシに、サクラはプイと横を向く。
「・・・だって、先生があんまり気持ち良さそうに寝てたから、起こしたくなかったんだもん」
サクラのあたたかい心遣いに、カカシは顔をさらに綻ばせた。
そして、やっぱりこの子を手放したくないな、と自分の気持ちを再確認した。

 

数刻後にようやく足を動かせるようになったサクラは、カカシの「送ろうか」という言葉を拒否して、一人で帰ると言った。
「カカシ先生、なるべく人通りの少ない道を通って帰った方が良いよ」
意味不明の忠告をして、サクラは笑顔で帰っていった。
不可解なサクラの言動に首を傾げながらも、カカシは言われたとおりに人気の無い道を選んで家路につく。

滅多に人の通らない裏道を歩いていたカカシの前に、偶然にも先ほど怒らせてしまった紅が現れた。
買い物の帰りなのか、沢山の袋を両手に抱えている。
紅はカカシの姿を見止めると、ポカンとした表情で動きを止めた。
紅のそんな間の抜けた表情を見たのが初めてだったカカシも、立ち止まって紅を見た。
暫く二人はそうして相対していたのだが、先に我に返ったカカシが口火を切った。

「さっきは悪かったよ」
カカシの謝罪の言葉に、紅は忘れていたのか少し考えてから「ああ、別にいいわよ」と言った。
「それより」
カカシの顔をしげしげと眺めながら紅は問い掛ける。
「あなた、今まで誰といたの」
紅の唐突な質問を不審に思いながらカカシは返事をかえした。
「サクラだけど」
「へー」
感慨深げに頷くと、紅はしきり感嘆した声を出している。
紅の言いたいことが分からず、カカシは多少イラつきながら彼女を睨んだ。
「なんだよ」
剣呑なものを含んだ声に、さすがに紅も表情を改めて真面目な顔つきになる。

「あのさ、私前から思ってたのよ。いつもへらへらした笑顔を浮かべてるのに、自分の近いところにはまるで他人を寄せ付けないあなたが、本当に心を許す人間なんて現れるのかしらって」
微笑みを浮かべた紅は楽しそうに続けた。
「でも、サクラって子はあなたの心の中まで入っていけたみたいね」
自分の心を見透かしたような紅の言葉に、カカシは度肝を抜かれた。
驚きのあまり、つい素直に疑問が口をついて出てしまう。
「え、なんで」
動揺するカカシに、紅は無言で鞄から取り出した手鏡を向ける。

そこには『お寝坊さん。たまには遅刻しないで来て下さい』とメッセージの書かれた顔があった。
かなり馬鹿っぽい。
サクラの別れ際の言葉が思い出される。

「カカシ先生、なるべく人通りの少ない道を通って帰った方が良いよ」

「やられたなー」
サクラの悪戯に怒るどころか破顔したカカシは、そのまま噴き出して笑ってしまった。
上忍の顔に落書きをすることに成功した下忍は世界広しといえど、サクラくらいかもしれない。
カカシがどれほどサクラに気を許しているか、これでは誰でもお見通しだろう。

「良かったわねぇ。幸せで」
しみじみと呟かれた紅の言葉に、カカシは笑顔で頷いた。


あとがき??
ノルマは「カカシ先生の顔に落書きをするサクラちゃん」。
一応、クリア?(汗)
スラスラと書けたので、やはりリクエストがあった方が書きやすいんですかね。
かなり好き勝手やってしまって申し訳ないですわ。
何だかカカシ先生が可愛い人に・・・。
顔に落書きというリクエストだけで、ここまで妄想を広げるとは、私ったら本当にカカサク馬鹿だわ。

膝枕は、ただ、ただ、カカシ先生羨ましいーという気持ちで書きました。
ラブラブなのか、そうでないのか微妙ですね。
気持ち的には両想いって感じでお願いします。(誰に言ってるんだか)

5000HIT、沙恵様、有難うございました。


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