昔話 弐
「ただの風邪だよ。たいした熱もないし、すぐに目を覚ますと思うよ」
「そうか」
俺はホッと息をつく。
知り合いの医者に見てもらったところによると、子供は風邪気味の身体なのに無理をしたから倒れてしまったということだ。
確かに、暖かいとはいえ朝夕は冷える気候なのに、毎日長時間森で俺を待っていれば風邪をひいても当然かもしれない。
それでも、俺に会うために森を訪れてくれていたのかと思うと、胸が熱くなった。「お前が子供連れて凄い形相で現れた時は、殺されるかと思ったよ。自分が怪我した時だって平然としてるくせに」
肩をすくませると、医者は笑いながら言った。
「可愛い子だね。何、十年育てて嫁にでもするの」
「馬鹿を言え」
俺は呆れたように呟く。
「十年先なんて、俺が生きてるかどうか分からないだろう」
一気に場の雰囲気が暗くなってしまった。
でも、本当のことなのだからしょうがない。「あのさー」
医者はさも言いにくいという顔で俺を見た。
「お前、もうこの子と会わない方がいいんじゃないの」
医者の物言いに、俺は怪訝な顔を返した。
「このままだとこの子、お前のことしか見なくなるよ。今のうちにもっと周りに目を向けさせて、他に友達を作れるようにしなきゃ。お前が言うように、もしお前が死んだら、この子はこれから先ずっと孤独を抱えることになる」
率直なその意見に、俺は愕然とした。
あまりに的を射た言葉だったので、全く反論できない。同病相憐れむ。
子供と俺が意気投合したのは、きっとお互いから同じ孤独の匂いを感じたからだ。
俺は自ら進んで暗部に志願した身だし、その孤独は職業病のようなもの。
でも、この子供は違う。
子供には輝かしい未来があるべきだ。
俺がその光を遮っていいわけはない。「・・・分かったよ」
節目がちに呟くと、医者は同情的な視線を俺に向けた。
と言ったものの。
俺はこりもせず子供の待つ場所に足を向けていた。
頭では駄目だと分かっているのに、開いた時間ができると自然にこの場所に来てしまうのだ。
でも、この日俺を待っていた子供はいつもの姿ではなかった。
頭にリポンをつけて、隠していたおでこを出している。
「友達ができたの」
そして、今までどんな話をした時も見せたことのない明るい笑顔で俺を見た。子供の話は、ずっと初めてできたという友達の話。
俺は子供の友達という存在に、はっきりと嫉妬した。
子供が自分以外に注意を向ける存在ができたことが、面白くなかった。
幼少の時分に、大事なおもちゃを他の子に奪われた時と同じような感覚。
これでいいのだと思うのに、心の底の部分では納得できない。
そんな俺の暗い表情に気付いた風もなく、その友達の話を続ける子供を初めて憎らしいと感じた。「それでね」
「・・・煩いよ」
不機嫌そのものの俺の声に、さすがに子供が黙り込む。
暫しの沈黙。
「・・・ごめんなさい。いつも私ばっかり話しちゃって」
違う。
これはただの八つ当たりだ。
それなのに、涙を落として謝る子供を直視できない俺は立ち上がった。
「もうここに来るな。その友達のところに行け」
言い捨てると同時に、俺は姿を消した。
そのまま自宅に直行したものの、何をしても子供の姿が目に浮かぶ。
時計を見ると、あれから三時間以上経過していた。
もう時刻は六時過ぎだ。
森は真っ暗だし、いるはずはない。
でも。
頭のどこかでは予感がしていた。
気付くと無意識のうちに俺は外出の用意をして玄関の扉を開けていた。一気に林を駆け抜け、あの場所を目指す。
たどり着くと、案の定、子供はまだその場所に佇んでいた。
しくしくと泣き声をあげている。
このまま、森の獣に襲われれば小さな子供などひとたまりもない。
確信犯だとは思いたくはないが、これで子供の前に姿を現さないわけにはいかなくなった。「おい」
背後から声をかける。
振り向いた子供は、薄暗い中にも俺の姿を認めて、飛びついてきた。
そして泣きながら懸命に俺に訴える。
「ごめんなさい。もう友達の話、しないよ。友達のところにも行かないから、お兄ちゃんいなくならないで」切なる声に。
気持ちが、揺れた。このまま自分の住処に連れて行ってしまおうか。
ずっと手離さないで、側に置いておこうか。そんな俺の気持ちを何とか抑えていたのは、医者に言われた言葉。
子供のことを真から想うのなら、手を放すべきだ。
涙が出る。
こんなに、こんなに、いとおしい存在を、どうして捨てられようか。
だけれど、大切だからこそ、俺は身を切る思いで別れを決意した。
「俺は悪い鬼だからこの場所にいちゃ駄目だって言われたんだ。別のところに行かなきゃならない。だから、さよならだ」
俺の言葉に虚をつかれた子供は唖然とした顔をしたが、すぐに俺を掴む手の力を強くしてきた。
「嫌!!」
絶対に放すまいとしているのか、しっかりと俺に取りすがっている。
振りほどこうにも、どうしても手を放してくれそうにない。
「絶対にまた会えるから」
「嘘よ」
子供は俺にしがみついたまま、悲鳴のような声をあげる。
半泣きの子供と、そのまま同じような押し問答が続いた。俺が困り果てていたその時、子供を捜しに来たのか、遠くの方から人の声が聴こえてきた。
彼らは人名らしきものを叫んでいる。
潮時だ。「おい」
声のする方向に首を向けていた子供が、俺を見上げる。
その額に唇を寄せた。
子供が驚いて俺から手を放したその隙を逃さず、トンッと子供の肩を押す。
「元気でな」最後に見た子供の顔は、出会った時同様、泣き顔だった。
それから俺はあの森に行くことはなくなった。
「カカシ先生、こんなところで寝てると風邪ひくよ。もう夕方なんだから」
その声に目を開けると、サクラの顔をすぐ間近にあった。
ちょっと昼寝のつもりが、変な夢を見ていたせいで、長い眠りになっていたらしい。
随分昔の夢を見たもんだ。
この場所があの子供と初めて会って木の上だったからだろうか。
あれ以来、全く来ていなかったから、この場所訪れたのは本当に久々だ。
大きくなっただろうなぁと、もう顔もおぼろげな子供に思いを馳せる。
たぶん、俺のことなんて忘れて幸せになっているはずだ。そういえば。
「どうしてお前がここにいるんだ」
「それは私の台詞よ。ここ、人が滅多に来なくて静かだから、私だけのお気に入りの読書場所なのよ」
サクラは腕組みをしながら口をとがらせている。
なるほど。
人が来ないことは知っているし、読書に最適というのは間違いないだろう。
「そいつは、邪魔して悪かったな」
俺が木から降りて歩き出すと、サクラも何故かその後ろをついて歩いてきた。長い間眠っていたせいか俺の腹の虫が大きく鳴る。
「腹減ったな。なんか食って帰るか。サクラ、おごってやるぞ」
「本当―」
呼びかけると、後ろを歩いていたサクラは俺の元に嬉しそうに駆けて来た。
「じゃあね、先生にこれあげる。夕飯までこれでしのいでよ」渡されたのは、『鬼あられ』と表記された煎餅。
俺の大好物。
「カカシ先生、これ好きでしょ」
確かにそうだけれど。
俺は不思議に思って訊ねた。
「何で知ってるんだ」「だって、カカシ先生初めて会った時に私にそう言ったじゃない」
サクラはおかしそうに笑って答える。
だが、俺には全く覚えが無い。
そういえば、7班で初めて集合した時に自己紹介らしきものをしたけれど、俺はそんなことまで話しただろうか。
不可解な気持ちで首を傾げる。「何をご馳走してくれるの」
俺に腕を絡ませて嬉しそうな声を出すサクラに、俺は思考を中断させた。
まぁ、サクラが言ってるのだから、いつ間にか口に出していたのだろう。
無理に気持ちを納得させて、サクラと俺は街へと続く道を歩き始めた。
隣りで揺れる桜色の髪を横目になんとなく思う。
あの子が君みたいになっているといいな。
あとがき??
スランプだった私を救ってくれた作品。
カカシ先生の一人称だからすらすら書けたのかしら?
カカシ先生がちょっと『キャンディ×2』の丘の上の王子様っぽくなっちゃったな。
それなら「君は笑った方が可愛いよ」とか言わせた方が良かったか。(笑)
書いてて、楽しかったんだけど、辛かった。いろんな部分で。ク〜。
でも、この話はお気に入りなのだ。
内容的に暗い部屋に置いたほうが良かっただろうか。
というか、これはカカサク??本当はもっとつっこんだ話だったんだけど、ソフトな感じにしました。(これで!?)
さすがに年齢的にヤバイかと。犯罪犯罪。
あーんなことや、こーんなこともしてたんですが、削除。(気になる言い方(笑))
子供の年齢は7,8歳を目指しました。
好きだって言ってた煎餅持ってずっと待ってたんですね。
きっと二度と大切な人を失いたくなくて積極的に行動するようになったのでしょう。実は二人は昔会っていたという、ベタな話でした。