愛すべき人
ナルトの怒鳴り声が遠くから聞こえる。
嫌ね。
またカカシ先生に抗議してるのかしら。
あの子優しいから。
思ったことすぐ口に出るし。
そういうところがナルトらしくてとても好きだけど、今は。
邪魔だわ。「・・・ナルト、大丈夫だから」
「サクラちゃん」
私が重い瞼を開けてようやく声を出すと、ナルトが急いで駆け寄ってくる。
「本当に大丈夫?」全然大丈夫じゃないです。
身体の節々が痛くて当分動けないわよ。
でも私は口で心とは裏腹の言葉を紡ぐ。
「平気」
見るとナルトが安心したように顔を綻ばせている。
良かった。
私ちゃんと笑えてるみたいだわ。
下忍の平常の任務内容はいつも取るに足らないものばかり。
その反動なのか、任務のない日のカカシ先生の訓練は、結構厳しかったりする。
当然、女の子の私とナルト達ではハンデをくれるけれど、練習メニューはそう変わらない。
今日も体術の訓練で組み手をしたら、カカシ先生に完膚なきまでに打ちのめされた。5秒と持たなかったな。
先生相手とはいえ、情けない。
ナルトやサスケくんなら私と違って30秒はいけるのに。
でも、気を失うまで叩かれたのは久々だわ。いつまでもそのまま地表に転がっているわけにはいかないから、多少よろめきながらも、立ち上がる。
やあね、サスケくんまでそんな痛々しいものを見る目を私に向けて。
ナルトはナルトでまだ恨みがましい視線をカカシ先生に向けてるし。
平気だって言ってるのに。
カカシ先生が手加減してなきゃ私なんてとっくに死んでるわ。
それなのに倒れちゃう私が悪いのよ。
大体、カカシ先生が私に滅多なことをするはずがない。
だって。
カカシ先生は私の恋人なんだもの。
訓練終了後も足元をふらつかせていた私は、有無を言わせずカカシ先生に自宅まで送られることになってしまった。
「サクラ、まだ痛い?」
私をおぶって歩きながら、カカシ先生は心配そうな声を出す。
「うん」
カカシ先生相手なら、私は強がりは言わない。
どうせ分かっちゃうことだし。
でも。
「先生も痛かったでしょ。ごめんね」
カカシ先生は苦笑して頷いた。
「・・・うん」カカシ先生が私達のために、心を鬼にして厳しい訓練をしてくれているのだと分かっている。
将来、私達に死んで欲しくないと思っているから。
ナルトはどうだか分からないけど、サスケくんもそのことを理解しているから文句は言わない。
でも、私が弱いから。
いつまでたっても成長しないから。
カカシ先生はより一層苛烈な訓練を私に強いる。
本当はナルト以上に優しい人なのに。
訓練中のカカシ先生は私より辛そうな顔してるよ。
私以上に傷ついている。
心が。
だから、ごめん。「サクラが分かってくれてるから平気だよ」
「でも、ナルトがまた何か酷いこと言ってたでしょ」
ナルトは私のためにしているのだろうけれど、その言葉はカカシ先生を苦しめている。
そんなカカシ先生を見てると私も辛い。
どうしよう。
我慢してたのに、涙出てきた。
申し訳なくて。
早く強くなって、カカシ先生を安心させてあげたい。
早く早く。「サクラ」
私が泣いていることに気付いたカカシ先生が、優しく私の名前を呼んだ。
振り向いたカカシ先生と目が合う。
「忍者やめるか」
私は涙で濡れた瞳を大きく見開く。
出し抜けの問い掛けに、ひどく戸惑った。
思ってもみなかったことだ。
私が泣いているから、カカシ先生は何か勘違いしたのかしら。
それとも。「カカシ先生は私が忍者に向いていないからそんなことを言うの」
今度はカカシ先生の方が驚いた声を出す。
「違うよ。ただ・・・」
カカシ先生は俯くと、そのまま小さく呟いた。
「我慢できるかなって」誰が。
何を。
カカシ先生の言葉は大事なところが抜けている。
私、カカシ先生みたいに上忍じゃないから、先生の考えてることよく分からないよ。
もしかして、ナルトの言葉が響いてるのかな。
どんなことを言ったんだろう。
それからは沈黙が続き、カカシ先生はただ黙々と歩いている。
カカシ先生が私に何を言いたいのかは分からないけど、先生には私の気持ちを知っていて欲しいなと思った。「カカシ先生、私、昔凄く好きな人がいたの」
唐突な言葉に、カカシ先生は私を振り返って怪訝な表情をした。
「サスケだろ」
「違うよ」
予想通りの答えに、私は少しだけ微笑んだ。
サスケくんのことは確かに好きだったけれど、もっと好きな人は別にいた。
「その人はね、私のことを本当に大事にしてくれたし、いつも守ってくれてた。でも私はそれじゃ嫌だったのよ」
気弱な性格だった昔の私は、その人に守られている立場に安堵していたし、とても感謝していた。
でも、その人が風邪で寝込んで、久しぶりに一人で行動することになったある日、私は気付いてしまった。
他人に依存しすぎて、何もできない自分に。
いつもその人の後ろに隠れていたから、どうやって他の友達とコミュニケーションを取っていいのかも分からない。
私は、なんて狭い世界で満足していたのだろう。そして急に恐くなった。
このままでは駄目だ。
強くならなければ。でも、その人は私が自分から活発に行動することを快く思わなかった。
いつまでも私を庇護すべき、弱い存在としてしか見てくれない。
そのことに耐えられなかった。
だから、口実を作って。
その人から離れた。本当にその人のことが大好きだったけれど、自分が成長するために。
いつか対等な存在としてその人に認められるように。
「カカシ先生はその人みたく、私をケージに閉じ込めるような人じゃないから、好きなの。カカシ先生はいつも一歩引いたところで、ただ私達を見守ってくれている。そして本当に危ないときは絶対に助けてくれるって分かってるから、安心して行動できる。どんなに厳しい訓練も苦しいと感じないのは、カカシ先生が私達の先生だからだよ」
私は声を一層力強くしてカカシ先生の瞳を見詰める。
「私は自分自身をもっと向上させるためにも、忍者をやめるつもりはないです」私の言葉に揺らぐことの無い決意を感じ取ったのか、カカシ先生は表情を和らげると、再び前方に顔を向けた。
「すまない、ちょっと弱気になってたみたいだ。・・・サクラの方が俺より強いな」
遠くの木々を眺めながら、カカシ先生は少しだけ肩を落とした。
そして、さらりと一言付け加える。
「その人のことは今でも好きなの」
さりげなく訊いたつもりだろうけど、声のトーンが違う。
私はなんだか可笑しくなって噴き出してしまった。「別に気になって仕方が無いってわけじゃないぞ」
さらに追い討ちをかけることを言うものだから、私の笑いは止まらない。
耳まで赤くなって照れてるカカシ先生を見て、やっぱり、私カカシ先生のこと好きだな、としみじみと思ってしまった。
だって、大の大人が私の言葉で一喜一憂してるなんて、可愛いじゃない。
だから、私はカカシ先生の耳元で素直に本音を口にした。「昔の話って言ったでしょ。今はね、カカシ先生が一番好きよ」
あとがき??
お察しのとおり、昔サクラが好きだったのは、いのです。
勝手な解釈で申し訳ないですね。
本誌で全くフォローがなかったもので、つい。
猫かわいがりをすることだけが愛情じゃないのね。