嘘つきサクラ


その日サクラは公園のベンチに腰掛け、何をするともなしに人々の憩いの様子を眺めていた。
ここのところ毎日任務続きで、久々の休日だ。
いくつかの誘いの声を全て断ったのは、別に用事があったわけではない。
ただ、こうして何もしないで過ごす日があっても良いとサクラは思っていた。

 

「ちょっといいですか」
ふいにかけられた声にサクラが首をめぐらすと、同じ年の頃の少年が立っている。
見たことのない顔だ。
ということは、アカデミーの出身ではない。
「何ですか?」
サクラが返事をかえすと、少年は微笑んで言った。

「春野サクラさんですよね」

その問い掛けに、サクラの表情が怪訝なものに変わる。
見知らぬ人間にその名を呼ばれたことに警戒心がわいた。
よく見れば黒髪、黒瞳、きりりとした眉尻、通った鼻筋のかなりの美少年。

やだ、ちょっとだけサスケくんに似てるじゃない。

サクラの気持ちが僅かに動揺する。
だが、彼はサスケなら絶対に見せることのない、優しい表情でサクラを見詰めていた。
そのことがさらにサクラを落ち着かなくする。

「突然話し掛けたりしてすみません。隣り座ってもいいですか」
少年の言葉に頷いたサクラの顔は真っ赤だった。

 

「あれ、珍しいな。なんでお前がいるんだ」
「何だよ。いちゃ悪いのかよ」
開口一番のアスマの言葉に、カカシは憮然として応える。
だが、アスマが驚いたのもしょうがない事のように思えた。
休みの日に、カカシがこの上忍専用控え室にいることは今までなかった。
今、カカシは溜まりに溜まった任務の報告書をまとめるために机に向かっていた。

「俺だって今日もさぼろうと思っていたけど、サクラに言われちゃってね。お仕事頑張るカカシ先生も素敵―って」
ヘラヘラと笑うカカシに、アスマは思い出したかのように言った。
「ああ、そのお前の彼女、さっき見たぞ」
「えー、何してたー。デートに誘ったら断られたんだけど」
カカシが訊くと、自分の机の方に向かって歩いていたアスマはゆっくりと振り返った。

「男と楽しそうに歩いてた」
直後、カカシは見事に椅子ごとひっくり返る。
暫しの沈黙のあと、転がったままアスマを見上げ、カカシはひきつった笑顔を浮かべていた。
「・・・・・嘘」
「嘘ついてどうする」

 

「サクラーー」
「きゃあっ」
突然背後から抱きすくめられ、サクラは軽い悲鳴をあげた。
「何、その反応は」
面白くなさそうなカカシに、サクラは未だ鼓動を早めながら文句を言う。
「だってビックリするじゃない。それに、先生がこんな時間に来るなんて!」
カカシが7班の集合時間より早く現れたのは初めてだ。
まだサクラ以外の誰も集っていない。

「それより、サクラ、昨日誰かと会ってた?」
サクラを放したカカシがその瞳を見詰めながら言うと、サクラの顔から表情が消えた。
「・・・どうしてそんなこと訊くの」

まず、その返答が、カカシは気に入らなかった。
いつものサクラなら、カカシの質問に対してそのような返事はしない。
今のサクラは明らかに、訊かれることを拒んでいる。
アスマの見間違いということを固く信じていたカカシの信念が、少しだけゆらいだ。

「誰とも会ってないよ。公園に行ったけど、ずっと一人だった」

 

どうして嘘をつくんだろう。

公園のベンチに並んで座るサクラと少年を遠目に眺めながらカカシは思う。
探りを入れるカカシに、サクラは嫌そうな顔をしながらも
「今日も誰とも何の約束もしていない」
と言っていた。
任務終了後、何度も振り返りながら歩いていたサクラは、カカシの尾行を懸念していたのだろう。
そんなことをしても無駄なのに。
いつもは笑って言える言葉なのに、カカシの表情はやけに寂しげだった。
午後の公園、のどかな雰囲気にそぐわない二人のその思い詰めた表情から、なにか大切な話をしていることが分かる。
二人に気付かれないよう忍び寄ることは上忍には造作もないことだ。

 

「どうしても言うの。相手は上忍の先生なんだよ。恐くない?」
「平気だよ。僕の気持ちは真剣なんだ。これ以上隠しておくことはできない」
「うん。分かってるけど・・・」
「本当に、好きなんだ」
張り詰めた空気の中、サクラが嘆息をもらす。
「分かったわ。明日にしましょう。私もついて行くから、この公園で待ち合わせをして・・・」

二人の会話をそこまで盗み聞きした時点で、カカシはその場を離れた。
気持ちは想像していたより平静だった。
ショックが大きすぎると、逆に一切の感情はどこかにいってしまうものらしい。
だが、動揺はしていたようで、気付くとどうやって帰ったのか、自宅のソファに座っていた。

 

それまでのカカシだったら、恋人の浮気を知ればすぐに別れてしまっていた。
それなのに、サクラとは別れたくないと思う。
相手を分からないように始末してしまおうかと、野蛮な考えも浮かぶ。
しかし、その案も即却下された。
サクラを悲しませたくない。
昔のカカシを知る暗部の仲間だったら、とんだ腑抜けになったものだとカカシを笑うだろう。
幼い少女に骨抜きにされた馬鹿な奴だと。
だが、それでも構わないとカカシは思った。
どうしたって、サクラに嫌われたくない。
サクラが自分に嘘をついたと知ったとき、カカシがの心を占めていたのは怒りではなく、ただ悲しいという気持ちだけだった。

 

翌日、サクラは午前中の任務が終了すると、すぐに姿を消した。
だが、行き先は分かっている。
とりあえず、向こうから別れ話を切り出されるなんて冗談じゃないと思ったカカシは、昨日と同じ公園で待ち伏せをしていた。
そして折りよく現れた二人に、カカシから声をかける。
「サクラ」
少年の方を向いて話し込んでいたサクラは驚いてカカシを振り返った。
「か、カカシ先生。どうしてここに!?」
目を丸くしたサクラは仰天して大きな声をあげる。

その瞬間まで、カカシはサクラが自分に全く未練がなく、この少年を選ぶというのなら、それはしょうがないことだと思っていた。
潔く身を引くのも愛情のうちだと。
でも、いざサクラを前にしたら、そのような気持ちは吹き飛んでしまった。
好きなものは好きだし、やっぱりサクラは可愛いのだ。

カカシはサクラの腕を掴んで自分の方へと引き寄せる。
そしてカカシと少年はサクラを挟んで向かい合わせに対峙した。

「知ってると思うけど、サクラは俺の彼女なんだ。二人の気持ちがいくら真剣だろうと、俺はサクラを手離す気はない。悪いけど、サクラのことは諦めてくれ」
カカシの言葉に、サクラと少年は揃ってぽかんとした顔でカカシを見た。
公園の入口付近での突然の告白に、それまでざわついていた道行く人々の会話もピタリと止まり、その視線はサクラ達に集中している。

赤面したサクラはカカシの手を振り払うと、大声を張りあげた。
「カカシ先生、何勘違いしてるのよ。馬鹿ー!!」
静寂に包まれていた現場に、サクラの甲高い声が響き渡る。
頭ごなしに怒鳴られて、今度はカカシの方が呆気にとられた表情になる。
少年は含み笑いをもらしながら、はっきりと言った。
「僕が好きなのはサクラさんじゃないですよ」

 

「なんだ。あの子が好きだったのは、いのちゃんだったんだー」
「そうよ。いのの親友ってことで、いののことをいろいろ訊かれただけなのよ。でも、いのってばアスマ先生と付き合ってるでしょ。相手は上忍の先生だし、やめた方がいいって言ったんだけど、どうしても自分の気持ちを告白するってきかなくて」
「でも、何で俺に嘘ついたんだよ」
「カカシ先生、アスマ先生と仲良いから。彼から自分がいのに告白するまで誰にも言わないで欲しいって言われてたし。どこから情報が漏れるかわからないじゃない」

サクラはカカシの家のソファでくつろぎながら事情を説明している。
アスマと仲が良いと言われたことはカカシにとって少なからず心外なことだったが、たぶん同じことを言えばアスマもそう思うことだろう。
あの少年は「誤解させるようなことをしてすみませんでした」とカカシに丁重に頭を下げて帰っていった。
どうやら、いのへの告白は一人で行くことにしたらしい。
そうなると、もうサクラ達が介入する話ではない。

未だに膨れ面をしながらサクラはカカシを睨んだ。
「本当に恥ずかしかったんだからね。人が沢山いる前で、あんなこと言って。それに嘘ついたのは悪かったけど、先生、私のこと全然信じてくれてなかったんでしょ」
「・・・悪かったよ」
サクラに背を向けたカカシはしょげた様子で俯く。
それを見て表情を和らげたサクラは、カカシの背に抱きついて明るい口調で付け加えた。

「でもね、すっごくすっごく嬉しかったよ」


あとがき??
元ネタが戦国武将の佐々成政と早百合の伝説だと言っても誰も分からないことだろう。(笑)
河村恵理先生の漫画にもなってる。
早百合の浮気を疑った成政が、浮気相手もろとも二人を斬首したら、実は浮気の噂は真っ赤な嘘だったとういう。
のちのち後悔の涙を落とす成政。いと憐れ。

しかし、私には好きだから殺すってのは理解できないので、こんな話になりましたわ。ハハ。
さりげなくアスいの。(笑)彼の告白はどうなったんでしょうねぇ。
また嫌なカカシ先生書いちゃったよ・・・。


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