春待人
「それ、呆れるのを通り越して、諦めてるのね。別れ話が出る日も遠くないんじゃないの」
紅のその言葉に、カカシは戦慄すら覚えた。
彼女との別れ。
それが自分にとってこれほど脅威になっていたことに、カカシは初めて気付く。
「変なこと言うなよ」
「変じゃないわよ。だって、怒ってもくれないんでしょ。それは望み薄ね」
珍しく青ざめた顔のカカシに、紅は明るく言った。
「彼女の方は、もう新しくお付き合いしようと思ってる人がいたりしてー」
からからと笑う紅とは対照的に、カカシは全く笑えなかった。
話の元はカカシの寝坊癖について。
任務の時のみならず、彼女とのデートでも時間通りに待ち合わせ場所に行ったことはないというカカシに、紅が驚いて言った言葉が冒頭の台詞だった。
最初の頃は、カカシの彼女、サクラはデートのたびに遅刻するカカシに腹を立てて物凄い剣幕だった。
「たまにはわざとらしい言い訳する前に、ちゃんと謝ってよね!」
こうなると、もう手のつけようがなく、カカシはサクラをなだめるのに一苦労だ。
でも、カカシにしてみればそれがまた楽しかったりする。
カカシの遅刻の要因として、サクラは怒ってる時の顔が一番チャーミングだから、ということも含まれていることを、サクラは知らない。だが、最近ではそういうことは全くなくなった。
サクラは静かにカカシの遅刻の言い訳を聞いている。
それが終わると、ただ「そう」という返事をするのみだ。実はカカシもそのことに違和感を感じていないわけではなかった。
それに追い討ちをかけるような、紅の言葉。
「サクラ、次の休みこそは絶対に遅れないからな」
真剣な表情で自分を見つめるカカシに、サクラはそっけなく言った。
「いいわよ、別に。無理しなくても」
伏し目がちに呟かれたその声に、カカシはさらに疑惑を強くした。
几帳面なサクラの言葉とは思えない。
やっぱり、という嫌な予感を頭の中で打ち消しながら、カカシは再び繰り返した。
「遅れないからな」
カカシの強い口調にも、サクラは微笑を返しただけだった。
次の休日、奇跡的にもカカシは決められた時間ちょうど、いや、それよりも早くにその場所に現れた。
不安で一睡も出来なかったのだから当然かもしれない。
カカシは公園の噴水広場にある長椅子に腰掛ける。
噴水前は恰好の待ち合わせ場所らしく、カカシと同じように、いかにも人を待ってますという風の人々が集っている。サクラの姿はまだない。
30分経つ。
カカシと同時期に周りにいた人々は、待ち人が現れて皆笑顔でこの場所をあとにした。
相変わらず人は絶えないが、その顔ぶれはかなり入れ替わっている。
段々日が高くなってきた。サクラの姿はまだない。
1時間経つ。
正午になると、さらにこの場所は混雑してきた。
することもなく、カカシはぼんやりと人間観察をする。
待ち合わせをしている人間は同性の友人だったり、親子だったり。
だが、目に付くのはやっぱりカップルが多い。
どう見ても美女と野獣、またはその反対という組み合わせもあるが、大体は服装や髪型が似かよった男女が主だ。
そして、その誰もがカカシを残して楽しげに去っていく。サクラの姿はまだない。
1時間半経つ。
カカシはそろそろ本格的に心配になってくる。
まさか来る途中に事故にあったり、何か事件に巻き込まれたりしたのでは。
サクラの家まで迎えに行ってみようかと思う。
だが、ここまで待ったのに、すれ違って会えなかったというのは馬鹿らしい。
立ち上がりかけたカカシは、落ち着かない気持ちのまま、元のように椅子に座りなおす。見上げると、どこまでも続く青い空。
水辺ではしゃぐ子供達の声が、否応なしに耳に入る。
聴こえてくるのは、みな明るい笑い声。サクラの姿はまだない。
カカシの待ち人がようやく姿を見せたのは2時間後のことだった。
「ごめんなさいー。親戚の伯母さんが急に遊びに来たの。でも、うち、両親が旅行中で他に誰もいなくて」
サクラは息を切らして駆けて来た。
荒い息でとぎれとぎれになりながらも、長椅子に座ったままのカカシに弁解する。
「・・・・」
「カカシ先生?」
何も言わないカカシに、サクラは首を傾ける。暗い表情をしたカカシは、自分に向かって伸ばされたサクラの腕を強く引いた。
サクラは長椅子に倒れこむような形で、カカシに抱きしめられる。
「先生・・・」
周囲の視線は二人に集中している。
サクラが困ったような声を出すと、カカシのか細い声が聞こえてきた。
「・・・・寂しかったよぅ」上忍らしからぬ弱々しい声音。
サクラからその顔は見れないが、たぶん半泣きだ。
サクラは溜め息をつくと、カカシの背を優しく叩いた。
「私はここにいるよ。遅れてごめんね」以後、カカシがデートに遅刻することはなくなった。
この日のサクラの言い訳が真っ赤な嘘だったことをカカシが知るのは、ずっと後のことだ。
カカシが毎回きっかり2時間遅れてやってくることに気付いたサクラは、ちゃっかり自分も待ち合わせより2時間後に訪れるようになっていたのである。
あとがき??
サクラちゃんの一人勝ち。(笑)
待たされる側になって、初めてその気持ちを理解したカカシ先生の話。
私、こんな上忍の先生は嫌です。でも私が書くと、どうしても情けなくー。ひー!!私は待たされるのがすっごく嫌いです。だから待ち合わせの時間には絶対遅れません。
なので、相手が遅れてくると、めっちゃ怒ります。
待った時間で最長は1時間です。
新宿アルタ前で6時間も人を待ったことがあるという友達の話には脱帽です。