今の話


カカシから「医者」の名で呼ばれる彼は、現在個人の医療院を経営しているが、昔アカデミーで保健医をしていた。
おかげで彼の知り合いは木ノ葉の忍びの者が多い。
医者にとってカカシは数多い忍びの友人の一人だ。

カカシがその子供を連れてくる前に、彼女の話は聞いていた。
森で出会った経緯や、お互い名前も知らずに打ち解けている関係であること。
医者はその時からすでに危ういものを感じていた。
子供の話をしているときのカカシが、別人のように優しい表情をしていたから。

カカシが普通に生活している人間だったなら、幼い子供との交流をただの微笑ましい話と取っていただろう。
だが、カカシは暗部に所属している忍びなのだ。
その生は常に死と隣り合わせ。
ちょっとした油断や優しさが命とりになる。
非情なことだとは分かっているが、暗部にいる間は必要以上に心を許す存在を作ってはならない。
医者が心配していたのは、子供の未来以上にカカシの身の上だった。

『子供のことを真から想うのなら、手を放すべきだ』

あの時は最良の選択だと思っていた。
だけれど、医者はあれから数年経った今、時々後悔することがある。
カカシに対する忠告は、彼の友人として正しい言葉だったのだろうかと。

街に出るために歩みを進める医者の視界に、あの森へと続く道が入る。
その場に立ち止まった医者の記憶は、過去へと遡っていった。

 

 

カカシに子供との別れを納得させ幾日か過ぎた頃、医者は確認のためというわけでもないが、滅多に入ることのない森へと足を踏み出した。
二人が逢瀬を重ねていると聞いた場所にそれらしい人影はない。
医者が安心したのもつかの間、少しばかり離れたところにある川に近づいた所で彼はハッとなる。
子供のはしゃぐ声に、それに続く笑い声。
医者は耳を疑った。
その笑い声が友人であるカカシの声にそっくりだったから。

案の定、川のほとりには桜色の髪の子供と仲良く会話するカカシの姿があった。
二人は手にした小石を水の上でどちらがより遠くに飛ばせるかという遊びに熱中している。
その光景を目にした時、医者は最初自分の言葉がカカシに無視されたことに苛立ちを感じた。
しかも、自分がここで二人の様子を垣間見ていることに、カカシは全く気付いてない。
医者にしてみれば、それは驚天動地の出来事だった。
あの、どんなときも油断のないカカシが、隙だらけだ。

やはり自分の考えは正しかったと確信しつつも、暫らく二人を眺めているうちに医者はあることに気付いた。
今まで目にした事の無い、カカシの生き生きとした表情。
いつもどこか疲れているようだったカカシが、子供といることで確実に癒されているのだと分かる。

カカシにも、子供にも、将来的に何のメリットもない関係のように思えたけれど、それは本当だろうか。
あの子供を失ったら、これからカカシのささくれた心は一体誰が救ってくれるのか。
カカシのためだと思っていたのに、その実自分の発言はカカシのことを全く考えていないものだったのではないだろうか。

カカシと子供の触れ合いを直に眼にして、医者の中で彼らの別離を強いる気持ちは確実に萎えていた。
苦渋に満ちた顔でその場を離れた医者のことなど知らず、川辺にはまだ二人の笑い声が響いている。

 

「そんなに走り回っていると危ないぞ」
カカシが告げた直後に、川岸で飛び跳ねていた子供はつまずいて水の中にしりもちをついた。
浅瀬だったこともあり水は30cmほどしかない。
たいした怪我もなく、子供はただ驚いて目をしばたたかせている。

「なーにやってるんだよ」
カカシが呆れたような声を出して手を差し出すと、子供は悪戯な笑みを浮かべてカカシを見上げた。
子供はそのまま手元の水を盛大にカカシにかける。
少しの間を空けて、水を滴らせたカカシは子供に手を差し出した格好のままにっこりと笑った。
その後二人の間に水のかけ合いの応酬が繰り広げられたことは言うまでも無い。

「このままじゃまた風邪ひくかな」
カカシと子供が共に頭からずぶ濡れになった頃、カカシは子供が風邪をひいて倒れたことがあったの思い出し、気遣うように言った。
心配そうに自分を見詰めるカカシに子供は微笑む。
「平気よ。ほら」
子供は言うが早いか着ていた薄桃色のワンピースを脱ぎ捨てた。
ぎょっとした顔で動きを止めたカカシに気付いた様子もなく、白いスリップ姿になった子供は脱いだ服を手近な枝に広げて置く。
「今日は天気も良いし、こうして木の枝にかけて干しておけばすぐに乾くわよ。お兄ちゃんも早く脱いだら」
「うわ。ちょ、ちょっと待て!」
自分のズボンをずり下ろそうとする子供に、カカシは慌てて抵抗する。

 

数分後、抵抗もむなしく子供によって常時身に付けている殆どの装備を外されたカカシがいた。
ズボンだけはかろうじて死守したが、ほぼ丸腰状態。
二人は服を干した木の見える位置にある大樹を背に、並んで座っている。
水遊びで疲れたのか、子供はカカシの身体にもたれてすっかり熟睡していた。
カカシは子供の無防備な寝顔に苦笑するとその肩を抱き寄せた。

傷だらけのカカシの身体を見て、子供は最初驚いて硬直していた。
「気持ち悪い?」
笑顔と裏腹のカカシの悲しげな声音に気付いたのか、子供は激しく顔を横に振って言った。
「は、箔がついて格好良いと思う」
真っ赤な顔で強く主張する子供に、カカシは唖然とする。
どこでそのような言葉を覚えたのだろう。
破顔したカカシは子供の頭をくしゃくしゃとなでると朗らかに笑った。

きっと今敵の襲撃を受けたらひとたまりもない。
それでも、カカシはこの幸福な気持ちのまま逝けるのだとしたら、それはそれで幸せなような気がした。
こんなに穏やか気持ちになれる日が来るとは思わなかった。
カカシは自分を変えた張本人の頬に軽く触れてみる。
柔らかくて暖かくて、気持ちの良い肌触りだ。

カカシが面白がって頬をつついていると子供が煩いというように眉を寄せて顔を背けた。
「・・・んんーー」
唸り声らしきものをあげたが、子供の瞳はかたく閉ざされている。
その可愛らしい動作にカカシの顔に笑みがこぼれた。

起きないよな。

カカシは子供の頬に手を添えると、確認するようにゆっくりと顔を近づける。
子供の頬はとても柔らかかったけれど唇はそれ以上だった。
目を覚まさないよう、軽く触れる程度の行為だったが、カカシにはこれまで交わしたどの口づけよりも甘美なものに感じられた。

 

それから数日後、医者はカカシが子供と決別したことを知った。

子供と会わなくなってからのカカシは変わった。
全く笑わなくなった。
いや、表情は相変わらず豊かなのだが、あの子供といる時のカカシを知っている医者からしてみれば、表面上だけの偽りの笑顔だということがありありと分かる。
川辺で見た時の、心の底からにじみ出るような楽しげな微笑みは一度として見られなかった。

医者はそんなカカシを見ているのが辛かった。
自分がよけいな口出しをしたせいなのだろうかと、負い目を感じていたこともあり、医者はカカシをさけるようになった。
頻繁に医者に会いに訪れていたカカシも、彼のそんな態度に気付いたのか、やがて姿を現さなくなった。
そして、彼らの事情など関係なく季節はめぐっていく。

だから、その日のカカシと医者の再会は本当に久しぶりの事だった。

 

本屋から出てきた直後にすれ違った二人連れに、医者は思わず振り返る。
笑顔のカカシと桜色の髪の少女。
まるで数年前の光景を再現したかのようだ。
二人の姿しか目に入らなくなっていた医者には、街の雑踏が遠くから聞こえてくるように感じられる。
やがて驚きに立ち尽くしている医者に気付いたカカシが、傍らの少女を伴って近づいてきた。

「よぅ、元気?」
軽い口調で、長いブランクを全く感じさせない声音。
その隣りにはカカシと同じように微笑みを浮かべる少女。
彼女があの時の子供だということは、医者には一目で分かった。

良かった。
再会できたのか。
医者は感動してしまって、暫らくの間声が出なかった。
嬉しかった。
二人が再び出会えていたことが。
カカシがこだわり無く歩み寄ってくれたことが。

黙っている医者に、彼女の方から声をかけてきた。
「お久しぶりです。以前はお世話になりました」
丁寧に頭を下げられる。
カカシは不思議そうな顔をして医者と彼女を交互に見た。
「何、サクラ、こいつのこと知ってるの」

医者はその言葉に仰天する。
まさかカカシは彼女とあの子供が同一人物だということに気付いていないのだろうか。
医者が彼女を見ると、指に手を当てて「黙っていろ」というような動作をしている。
その顔は苦笑混じりだ。
彼女につられて医者も笑った。

笑顔で見詰め合う彼らに、カカシは不機嫌そうな顔になる。
「二人して何を笑ってるんだよ」
カカシがすねたような声を出すものだから、医者とサクラはついに声を出して笑ってしまった。

任務の最中は敵の行動の裏の裏まで洞察する能力を持っているカカシが、プライベートではここまで鈍い奴だとは。
そしてこんな小さな少女に手玉に取られている。
医者はそのギャップが可笑しくてたまらない。
膨れ面のカカシを彼女が一生懸命なだめている様を、医者は顔を綻ばせて見詰めていた。

 

楽しげな二人に、長い間カカシに対して抱いていた悔いの念が霧散していく。
重い枷が外れた医者は彼女に会えたことでカカシ同様、ようやく心から笑うことが出来たような気がした。


 あとがき??
ろり子さんの「『昔話』のような話」というリクエストに、無理やりひねり出した話。
しかも「第三者から見たカカサク」という言葉に、かなり悩みました。

『昔話』で省いた水遊びのシーンをろり子さんが見たいとおっしゃっていたことを思い出したのと、ロリOKということでちょっとはじけてみました。(ちょっと?)
サクラちゃんの年齢、一桁。・・・・はーんーざーいーだーーー!!
何だか年齢が低いというだけで、かなりエロい雰囲気が。(汗)気のせいかしら。
やっぱり省いたままの方が良かったかも。
済みません、済みません。

今はズボンといわずパンツというのですよね。(クリーニング店のおばさんに言われた。ズボンって死語なのー?)
しかし「パンツを脱ぐ」というと別のものを想像しそうだったのでやめた。
カカシ先生がズボンを脱がなかったのは、私が先生の下着を想像できなかったから。うーん。

年齢が低かろうとそうでなかろうとカカサクは書いていてやっぱり楽しいです。
『昔話』関係の話はこれで打ち止め。

7000HIT、ろり子様、有難うございました。


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