夢見る魚 U


カカシに与えられた任務の内容は、近年台頭してきた反火影勢力の本拠地の制圧。
善政を敷いている火影が治めている木ノ葉の里ですら、そのような一派はいるのだ。
本来なら中忍のとある班がこの任務につくはずだったのだが、一応の目付け役として上忍の一人が同行することになった。
そこで火影から声がかかったのがカカシだった。
偶然にも、カカシは本拠地のある場所に一度来訪したことがあったのが理由だ。
その時は、別の要人の暗殺任務のためだったのだが。

 

そして目的地に向かうために夜営をした幾日かの間、カカシは奇妙な夢を見た。

夢の中で、カカシは魚になっている。
自宅で飼っている、白い魚のうちの一匹だ。
いつもと違い、水槽の中から、外の風景を魚の目を通して見る。
妙、としか言いようのない気分だった。

やがて魚の世話を頼んだサクラが現れ、エサを与えながらその日の行動を、普段カカシにするように魚に語りかけた。
内容は主にナルトやサスケ、そしてカカシの代任となった上忍のこと。
どうやら、その上忍とサクラは相性が悪いらしく、文句ばかりもらしている。

「酷いのよ。サスケくんばかり贔屓しちゃってさ、私には体力ないから忍者向かないだって。それだけならまだしも、ナルトのこと、嫌―な目で見るのよ。失礼しちゃうわ」
相手の顔を頭に思い浮かべたサクラは、握りこぶしを作って力説している。
「敬語を使えって煩いし。カカシ先生はそんなこと、煩く言わなかったのに。それにカカシ先生は短所は出来るだけ努力して補うようにしろって、それでも駄目なら長所を伸ばしていけばいいって言ってくれた」
段々と口調が緩やかになり、サクラの眉尻も下がっていった。
口をつぐんだサクラは軽く唇を噛み締める。
自然に視線が下方へと向かった。

「いつも遅刻ばかりで不満ぶつけてたけど・・・私達、随分カカシ先生に頼ってたのね」

ゆっくりとした動作で水槽に額をつけ、サクラは目を閉じた。
涙がこぼれないようにするために。
ひんやりとした水槽の感触が心地よい。
高ぶった心を静めることが出来そうだった。

無意識のうちに、本音が口をついて出る。

 

「早く帰ってきて・・・」

小さな。
だけれど、強い気持ちのこもった声。
サクラはきっと言葉として外に出ていることに気付いていない。
目を瞑り、祈るように手を組んだサクラの、切なる想い。

その様に、カカシの胸がズキンと痛んだ。
普段のサクラはカカシの前では、決してこのような表情はしない。
いや、見せまいと努力しているのか。
カカシが知っているのは、いつでも笑顔で元気なサクラ。
だけれど、それがサクラの本当の姿なのかと言ったら、カカシは自信が持てなかった。
もしかして、自分はサクラに無理をさせていたのだろうか。

 

カカシがそう思ったところで、目が覚めた。
眼前には鬱蒼とした森。
カカシは一瞬自分がどこにいるのか分からないほど混乱した。
「どうかしたんですか」
飛び起きたカカシに、見張りのための番をしていた中忍が心配そうに声をかける。
額の汗を拭うと、カカシは大きく呼吸をし気持ちを落ち着かせた。
「・・・いや。何でもない」
生返事を返した後、カカシは、まんじりともしないまま朝を迎えてしまった。

 

 

木ノ葉の里を出発し3日目、一行は目的地までもう目と鼻の先という場所までたどり着き、計画を練り準備を行うための最終ミーティングが行われた。
目付け役のカカシは中忍達の話し合いを静かに聞いている。
カカシの存在は万が一の時の保険であり、彼は切羽詰った状況に追い込まれたとき以外に中忍達の行動に口をはさむつもりはなかった。

「カカシさん。これ見てください、これ」
「はいはい」
ミーティングの間の休憩時間、一生懸命に話し掛けてくるその中忍に、カカシはいささかうんざりした返事をかえす。
彼は初対面の挨拶時に、前々から“写輪眼のカカシ”のファンだったことを告げた。
以来、彼は何かとカカシの後をついてくる。
口では邪険にしながらも、カカシの彼に対する態度はそれほどきついものではなかった。
どことなく、人懐こい雰囲気が7班の生徒であるナルトに似ていたからかもしれない。

僅かな時間を見つけてはまとわりついてくる中忍にカカシは渋々付き合っている。
だが中忍の彼はカカシの様子を気にせず、手にした写真を見せながら嬉しそうに言った。
「俺、この任務から帰ったら結婚するんですよ」
写真には、幸せそうに微笑む男女のカップルが写っている。
中忍の隣りには、彼同様、見るからに人の良さそうな温和なイメージの女性が寄り添っていた。

「可愛い彼女だな」
「そうでしょー」
お世辞も通じないようで、中忍はにこにこと微笑んだ。
「カカシさんに彼女はいないんですか」
「いないよ」
何で、と言いたげな顔をしている中忍に、カカシは苦笑しながら答える。
「俺みたいに上忍になるとそれこそ命に関わる任務ばかりだからな。泣かせたくないだろ」

怪訝な表情をした中忍は眉をひそめながら言った。
「それならなおのこと、恋人がいた方がいいんじゃないですか」
息巻く中忍に、カカシは不思議そうに訊ねる。
「どうしてだ」
「大事な人がいれば、絶対に帰って来ようと思うでしょ。俺は生死の境目って、結局そういうところにあると思います」

 

言われた直後、カカシの脳裏に夢で見た、サクラの悲しげな姿がよぎった。
あの時、カカシは何があっても帰らなければと思った。
サクラの涙がこぼれてしまう前に。
自分は全くサクラにふさわしくない男だ。
それでも。
サクラは自分のために泣いてくれる心の優しい子だから。
サクラの元へと帰りたい。
サクラのためにも、死にたくない。

遠くの木々に視線を向けたまま、カカシは静かに呟いた。
「・・・そうかもしれないな」
「そうですよ」
カカシの言葉に、中忍は満足そうに微笑んだ。

 

サクラといると、自然に笑うことができる自分に、カカシはとうの昔に気付いていた。
同時に、この瞬間が永遠に続くことを願っている自分にも。
喉まで出掛かった言葉を、何度も飲み込んだ。
告白して、もし拒まれたら。
二度とこの同じ空間を共有できなってしまう。

サクラに逃げ道を用意するというたてまえで、逃げていたのは自分の方だった。
カカシは今度の任務から帰ることができたら、サクラに自分の気持ちを思い切って伝えてみようと思った。
自分が思いのたけを告白すれば、サクラも普段隠している弱い部分をさらけ出してくれるかもしれない。
そうしたらお互いのために、より良い関係を築くことが出来る気がした。


あとがき??
Vで終わり。というか、終わるのか?ってくらいに筆が止まってます。(汗)
ラストは決まってるんですけどね。難しい。
カカシ先生大ピーンチ&お魚さん、有難うー!って感じの話です。(←?)


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