天上の恋 地上の愛 V


「嘘だよ、嘘。なんて顔するんだよ」
アダムは吹き出して笑った。
今にも泣き出しそうに顔をゆがめていたサクラは腹を抱えて笑うアダムに呆気に取られる。

「君がなかなか戻ってこないのも心配だったのと、例の情報が嘘だったことを知らせようと思って地上に降りたんだよ」
「え、大天使様には私のこと、ばれちゃったんでしょ」
「そう。だけど大天使様が休暇をくれるって。暫らく人間界を満喫したらいいよ。あのカカシって人間にもようやく会えたみたいだしね」
訝しげな表情をしたサクラは額に手を当てて考えるような動作をする。
長年仕事を続けた上級天使が休暇を与えられることはよくあることだ。
だがサクラはその部類に属さない。

「でも私、天使としてたいした成績あげてないのに。それに会えたっていっても、私はカカシ先生にそんなに影響を与える存在じゃないわよ」
悩んでいる様子のサクラに、アダムは苦笑する。
「分かっていないのは君の方だよ」

サクラに言葉の意味を問い詰められる前にアダムは行動を起こす。
「じゃあ、話はもう済んだから。元気でね」
アダムはそのままサクラの身体を雲から突き落とした。
突然のことに身構える隙すら与えられなかったサクラは、顔をひきつらせたまま地上に落下していく。
「乱暴者―――!!」
遠ざかっていくサクラの悲鳴混じりの声に、アダムはくすりと笑う。

「本当は君を人間界になんか君を戻したくなかったんだけどね」
そう呟いたときのアダムの横顔は愁いをおびた、ひどく寂しげなものだった。

 

アダムは人間が嫌いだった。
人間なんて見栄と打算だけで生きているつまらない動物だと思っている。
エヴァと違い、魂を奪うことに躊躇したことなどない。
そして妹分のエヴァが一人の少年のために地上に行ってしまってから、よけいに人嫌いになった。
だからエヴァがいなくなるとすぐに彼女との約束を破り、大天使に密告した。
そうすれば、彼女は早々に連れ戻されると思った。

だけれど、それは大きな間違いだった。

エヴァの不在を知っても、大天使は怒る事はなかった。
逆に、大天使は笑顔で言ったのだ。
「神の御心のままに」
その意味に気付き、アダムは愕然となる。
後悔しても遅かった。

神はエヴァの言うように、無慈悲な方ではなかった。
仕事を任されたエヴァがカカシ少年の境遇に同情して地上に降りることも、全て神の計画のうちだったのだ。
傷ついた少年の心を救う最善の方法が、エヴァの降臨。
そして神の命令によるものではなく、エヴァ自身の意志で人間になるという行為に意味があることだった。

神によって定められたことに、一介の天使に口をはさむことはできない。
知っていたら、エヴァが地上に行くときに絶対に止めていたのに、とアダムは今でも悔しく思う。
人としての生など短いものだと分かっているが、始終側にいた事を思えば、たまらなく長く感じた。
アダムはエヴァが帰ってくる日を指折り数える毎日を送ることになる。

 

 

サクラがパチリと瞳を開けると、自分を覗き込むようにして見るカカシと目が合った。
かなりの至近距離に、当然サクラの口から悲鳴があがる。

「な、な、な、なんで先生が・・・!?」
サクラが慌てふためきながら自分を抱えているカカシの手から逃れようとすると、その身を強く抱きしめられた。
強い力に、サクラは大人しく身を預けている。
サクラの本意ではなかったが、仮死状態にあったために身体が上手く動かなかった。

日がまだ高い。
サクラは自分が倒れてからそう時間が経っていないことに気付く。
倒れた自分を発見したカカシが、木陰までつれてきてくれたのだと知った。

やがて、カカシの震える肩に、サクラは衝撃を覚える。
「カカシ先生、何で泣いてるの」
「サクラが・・・・死んだのかと思って」
サクラは不思議に思った。
エヴァとして天上から見下ろしていたとき、誰が死んでもカカシが泣いているのを見たことがなかった。
いつの間に、何がきっかけで心境の変化が起きたのだろうと思う。
自分がその要因であるということは分からない。

 

「カカシ先生が地上にいるかぎり、私は死なないよ」
サクラはカカシの背をゆっくりと撫でるようにさする。
そして、優しく言った。
「私を長生きさせたかったら、先生も沢山生きてね」


あとがき??
リクエストは「パラレルなカカサク。できればラブラブ」とのことでしたが・・・・済みません。
妙な話になってしまいました。(泣)

高村光太郎『知恵子抄』の中の「人類の泉」。
私にはかなりカカサクな詩なのですが(「あの頃」もそうかな)、それを読んでいて思い浮かんだ話。

「あなたは私の為に生まれたのだ」という一節がありまして、ちょっと心にひっかかった。
私はあなたに会う為に生まれた、というのではなく、あなたは私の為に生まれた、という言葉が新鮮だった。
熱烈な愛の言葉ですよね。
それで、そんなカカサクが書きたくて出来ました。

愛のために人になるといったら、人魚姫が頭に浮かぶ。アンジェリークもちょっと。(女王を諦めるところが)
「どうしようもない僕に天使がおりてきた」って感じで。(←?)
タイトルは、天上でカカシ少年に恋をしたエヴァは、サクラになって地上で彼の愛を勝ち得ましたってことです。
万人の天使より、カカシ先生の天使になることを選んだサクラちゃんのお話でした。
神様公認のカカサクだよ。(笑)

9200HIT、ベリル様、有難うございました。


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