スカイブルーへようこそ!


「海、行きたいな」
「海――!?」

サクラの呟きに、カカシは思い切り否定的な声をあげる。
「何よ。カカシ先生は海、嫌なの」
サクラはカカシを軽く睨みながら言った。
「海なんて、混んでるし、潮でベタベタするし、最悪じゃないか。河かプールで十分だろ」
それ以上に、海には出会いを求めて若い男女がわんさかと集まる。
広い海に開放的な気分になるのか、夏場は多くの事件が発生する現場でもあるのだ。
そんな危険地帯に可愛いサクラを近づけさせてなるものか、というのがカカシの持論だ。

「海と河じゃ全然雰囲気違うでしょ!実はもう友達と泊まりで海に行く計画立ててたんだけど」
「駄目!絶対駄目!!」
いつになく強固に反対するカカシに、サクラは大きくため息をつく。
「分かってるわよ。仕事入ってるもんね」

カカシの思惑に気付かず、サクラは体よく勘違いしたらしい。
だが、サクラの言ったことは海に行くことができない最もな理由の一つだ。
7班はここのところ、ひっきりなしに任務が入っている。
休みを取れても、一日。
木ノ葉の里から海までは、どう急いでも日帰りは無理な距離だった。
よって、サクラは海に行くことができない。

「今年の夏は、海、無理かなぁ」
サクラは肩を落として意気消沈している。
寂しげなサクラの横顔に、カカシは暫し考え込んだ。
海に行くことには反対だが、サクラを悲しませることは本意ではないのだ。

カカシは別れ際にサクラの頭をなでながら優しく言った。
「サクラ、次の休み、うちに遊びにおいで。いいところ連れてってあげるから」
カカシの言葉に、サクラは急に表情を明るくした。
今までサクラが強引にカカシを外の行楽地に連れ出すことはあっても、反対は皆無だったから。
「本当!?じゃあ、私お弁当作って行くね」
「うん」
サクラは一度カカシに飛びついて抱擁を交わすと、嬉しそうに帰路を駆けて行った。
軽い足取りのサクラは、何度も立ち止まってカカシに手を振りながら帰っていく。
苦笑しながらサクラに応えるカカシは、自分がこれまでになく穏やかな表情になっていることに気付いていなかった。

 

 

次の休み、サクラは約束どおりカカシの家を訪れた。
白いワンピースに麦藁帽子をかぶったサクラは、お弁当の入ったバスケットを手に、カカシの家のチャイムを鳴らす。
チャイム音と同時に、部屋の中からばたばたと音が聞こえてきた。
「サクラ、ちょっと待ってろ」
慌てたようなカカシの声に、サクラは首を傾げながらもその場で待機する。

暫らくして出てきたカカシは、サクラを見てにこっと笑った。
「サクラ、ちょっとこれして」
手渡されたのは、アイマスク。
サクラは訝しげにそれを見たが、カカシは有無を言わせず彼女にそれを装着させた。
そしてサクラの持ってきたバスケットを片手に、カカシは手を引いて彼女を部屋の中に招き入れる。

「もう外していいよ」
言われてサクラはさっそくアイマスクを取る。
サクラの眼前にあったのは、まぎれもなく、海だった。

 

視界に広がる青は、海と空。
足元には白い砂浜。
水の中を颯爽と泳ぐ魚。
波の音のBGM。
おまけに、氷屋の“氷”という文字の幟。

「ビックリした?」
呆然と立ち尽くすサクラに、カカシは笑顔を向ける。
もちろん、部屋の中に完璧な海を再現できるわけはなく、擬似的なものだ。
青い色の薄手の布地を部屋の壁に貼り付け、砂を模したスチロール製の小石を床に撒く。
そこかしこに置かれた水槽には、多くの種類の魚が泳ぎ回り部屋を彩っていた。
波音の聞こえるスピーカーに魚やイルカの形のぬいぐるみ、そして魚介類の小物も置かれている。
氷屋の幟は運良く雑貨屋で見つけてきたものだ。
当然、カキ氷を作るマシンも氷にかけるシロップも購入してある。

「どお、結構手間かかってるんだけど」
反応のないサクラに、カカシが呼びかける。
サクラは瞬きもせずに部屋を凝視していた。
ひょっとして気に入らなかったのだろうかと、カカシは不安になる。
そして、その場の雰囲気を盛り上げるために、饒舌に話し出した。

「この魚、いくらすると思う?」
カカシは手前の水槽を指差す。
「実はこれ一匹で家三軒は建てられちゃう値段なんだよ。友達に無理言ってここにある魚全部借りてきたんだけど、そいつ今にも死にそうな顔して泣いてたよ」
アハハッと笑いながらサクラを見たが、彼女は表情一つ変えなかった。

そうだよな。
やっはり本物の海には適わないよな、とカカシがいささか気落ちしたとき、サクラの瞳に涙がにじみ始めた。
カカシがギョッとする間もなく、サクラの瞳からはぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。
「え、ちょっと。どうして」
カカシはおろおろとハンカチでサクラの涙を拭く。
それでもサクラの涙は止まらない。

「嬉しいのよーーー!!」
大声をあげると、サクラは本格的に泣き出した。
自分にしがみついて盛大な泣き声をあげるサクラを、カカシは困惑気味に抱きしめる。
防音はしっかりしているとはいえ、ご近所迷惑ではないだろうか。
カカシがそう心配するほど、サクラの声は大きかった。

 

サクラは自分のためにここまでセッティングしてくれたカカシの気持ちが、本当に嬉しかったのだ。
サクラ同様、カカシも任務続きの毎日で疲れている。
そして教師という立場上、ずっと気苦労も多い。
たぶんここまで用意するのには相当労力がいったはずだ。
自分の我が侭を叶えるためにせっせと準備するカカシの姿を想像するだけで、サクラは涙が出てきてしまった。

「カカシ先生、ごめんね」
「何が」
サクラの謝罪に、カカシは不思議そうな声を出す。
「だって大変だったでしょ。私がよけいなこと言ったから」
カカシは苦笑すると同時にサクラの頭をいつものようにくしゃくしゃとなでる。
サクラが顔を上げるのを見て、カカシは諭すように語りかけた。
「サクラ、それは違うよ。全然大変じゃない。サクラが嬉しいと俺も嬉しいから。だからサクラに謝られると、困る」

本当に困ったような声を出したカカシに、サクラは先ほどの言葉を訂正して言い直す。
「カカシ先生、有難う」
サクラの言葉に、よくできましたとばかりに、カカシはにっこりと笑う。
サクラもつられて笑顔をみせた。
「今まで生きてきてこんなに嬉しかったのは初めてよ」
カカシの半分も生きていないサクラは、鼻をすすりながら呟いた。

結局海に行くことはできなかったけれど、その日サクラは十分幸せなひと時を過ごすことができた。


あとがき??
タイトルが使いたかったんです。そうしたらこんな話に。
「スカイブルーへようこそ」といったら、山下和美先生の漫画。
従姉が好きで彼女の家に漫画が揃っていた。

私は海が嫌いです。心情的にはカカシ先生に近い。プールでいいよ・・・。
書き終えて気付いたのですが、沙恵さんの頂きものとかぶってますね。(海行けないところが)
済みませんー。(>_<)


駄文に戻る