未来予想図
休暇中、街中をぶらついていたカカシは珍しい人物と出くわした。
元暗部の同僚。
もっとも、カカシが暗部を辞めるのと同時に、彼も他の部署に移動になっていた。
現在、彼はさる大名家の警護にあたっているはずだ。
それがどうしてこのような場所にいるのかと、カカシは訝りながら近づく。
もとより彼の方でもカカシの存在に気付いていた。「久しぶりだな」
「ああ」
にこやかに挨拶を交わす。
そのやりとりに、どうやら切迫した問題で里に戻ってきたのではないことが分かり、カカシは安堵する。
カカシは元同僚の隣りに佇む人物に目をやった。
小柄な体型の女性のようだが、帽子を目深にかぶっているために人相は分からない。「それは、彼女?」
カカシが女性を指差しながら言うと、元同僚はあわててその手を払った。
「馬鹿。無礼は振る舞いはよせ。この方をどなたと思っているんだ」
「どなたって言われても・・・顔見えないし。あのー、どちらさんなんですか」
カカシの物言いに、元同僚は卒倒せんばかりに真っ青な顔色になる。
だが、元同僚の予想に反し、帽子をかぶった女性はクスクスと笑い声をたてた。「申し遅れました。わたくしは媛と申します」
緩やかな動作で、彼女は帽子を取った。
豊かな黒髪が、さらりと音を立てて肩にかかる。
年の頃、20前後の美女。
知的な輝きを秘めた瑠璃色の瞳が、カカシを楽しげに見詰めている。優美なその微笑に、一目で心を奪われた。
このような美しい生き物がいたのかと、カカシは暫らく口を利くことができなかった。
何よりも、初めて会ったはずなのに、ひどく懐かしいと感じる。
呆けたように媛を見るカカシに、元同僚が声をかけた。
「このお方は、今お仕えしている家の姫君なんだ」
小声で囁かれたその言葉に、カカシは妙に納得して頷いた。
にじみ出る気品と、上品な身のこなしは、どう見ても一般人のものではない。
立ち話もなんだからと入った茶店で、カカシは詳しい事情を聞いた。
庶民の生活を視察したいという媛の申し出を、彼女の父が三日の間だけという条件で許した。
急遽決まったことで用意が間に合わず、お忍びという形で、普段から身辺警護を勤めていた元暗部の彼が付き従うことになったのである。「で、お前一人って、何かあったとき大丈夫なのか」
「それが、姫が大人数の供の者を連れ歩いて、目立つようなことしたくないっておっしゃったから」
カカシと元同僚の視線が媛に向かう。
「だって、大勢で歩き回ったら、里の方達に変に思われるでしょ。そうしたら視察どころじゃなくなってしまうわ」
確かに、媛の言うとおりだ。
元々目立つ顔立ちの媛が供の者と連れ立って歩いていれば、身分のある姫のお忍びだとすぐにばれるだろう。「お前も大変なんだな」
カカシは元同僚を見ながらしみじみと呟いた。
7班での子供のお守りも相当労力がいるが、大名家に仕えることも気苦労が多そうだ。
姫を前に肯定するわけにもいかず、元同僚は困ったように笑った。「あなたは今、何をなさっているのですか」
「俺ですか」
カカシの装束から忍者であることは分かるが、詳しいことは話していない。
「俺は下忍達の世話をする教師をしているんですよ。で、今回申請していた休暇がやっと取れて、三日先まで休みが・・・・」
言いながら、嫌な予感がしてカカシは口をつぐんだ。
話を聞く媛の顔が明るく輝いたことが、その予感に拍車をかける。
「じゃあ、三日後まで暇なんですね」
「いや、暇ってわけじゃあ」
「先ほど大丈夫なのかと心配してくださいましたよね。それならわたくし達と一緒に行動して頂けませんか」
思ったとおりの展開に、カカシは頭をかかえる。
元同僚はカカシの実力を知っており、反対するわけもない。
ニコニコ顔で自分を見る媛に、カカシはもちろん断ることはできなかった。
細身の身体のどこにそんな体力があるのかというほど、媛はタフだった。
カカシと元同僚は街中のいたるところを連れまわされる。
普段身体を鍛えている二人も、こうした喧騒の中を移動することは全く違う体力がいった。
おまけに土地感のない媛が迷子になったり、騒動に巻き込まれたりで、ひと時も気持ちの休まるときはない。「お前、本当によく仕えてるよな」
「いや、姫はいつもはとても大人しい方なんだよ」
カカシは元同僚の言葉に、全く信用できないというようにかぶりをふった。
公園で休憩を取っている三人だが、媛は少ししたら再び街の店に顔を出すという。
「ちょっと飲み物でも買ってきます」
元同僚はブランコに座る媛に声をかけるとベンチから立ち上がった。
彼の姿が見えなくなると同時に、媛はブランコからカカシの隣りに移動してくる。「疲れましたか」
「まぁね」
媛に気を使う元同僚と違い、カカシは思ったことを素直に口にする。
頬杖をついて遠くを見ているカカシに、媛はふふっと笑った。
「私はとても楽しかったです。今日まで有難うございました」
媛は丁寧に頭を下げながら言った。今日が丁度約束の期限だ。
明日からは媛はカカシとこうして気軽に会話することはできない世界に帰ってしまう。
急にそのことを実感してしまって、カカシは言葉が出なくなった。
話したいことはまだあるはずなのに、考えがまとまらない。このようなときにかぎって通行人も砂場で遊んでいた子供もどこかにいなくなり、狭い公園内にいるのは二人だけだった。
沈黙が続き、カカシは居心地の悪さに軽く身じろぎした。「私、本当はあまり戻りたくないと思ってるんです」
ぽつりと呟いた媛に、カカシはハッして彼女を見た。
カカシを仰ぎ見る媛の目はどこまでも真剣だ。
「私を連れて、遠くに逃げてくださいませんか」
カカシは有力大名に逆らい、血祭りにあげられた忍びを幾人も見てきた。
仲間だった忍びに追われ、謀反人を出したかどで、里全体が責を負う。
最悪の状況だ。
だけれど。
この美しい人が自分のものになるのなら。
それは全く安い代償なのではないだろうかと、カカシは思った。そう思うのなら、何故自分はすぐに媛に答えないのか。
媛に惹かれていることを自覚する反面、カカシの中に、何か反発する想いがある。身動きできないカカシを媛はじっと凝視していた。
そして、その瞳にカカシの揺れる心情を垣間見たのか、媛は表情を和らげて言った。
「冗談ですよ」
戯れにしては、媛のその声はあまりに悲しげだった。
カカシが媛に言葉をかけようとした瞬間、飲料水を手に元同僚が戻ってきた。
「お待たせしました。店が混んでいて」
「ご苦労さまです」
元同僚をねぎらう媛は、すでにいつもの笑顔を見せていた。
以後、カカシと媛が二人きりで会話をする機会はなく、姫君と過ごしたカカシの短い休暇は終了した。
焦燥感から寝付くことができなかったカカシは、次の日、朝一番に7班の集合場所にやってくる。
時間は定められた時刻より30分も前だ。
さすがに誰も来ていないよな、とカカシが伸びをしながら歩いていくと、橋の上に人影が見えた。
まさかと思いながら、カカシは目を凝らす。
そこには、7班の紅一点であるサクラが自分のいる方角を見詰めてぽかんと口を開けて立っていた。
そのマヌケな表情に、カカシは苦笑しながらサクラに近寄る。「おはよー」
「本物――!?雪が降るわよー!違う、槍が降るかもしれないわーー!!」
サクラはぱにっくを起こしてばたばたと手足を動かしている。
「こら、言い過ぎだろう」
カカシがサクラの額を軽く小突くと、彼女はようやく口をつぐんで大人しくなった。
まだ納得のいかないという顔はしていたが。
カカシは普段するようにサクラの頭をなでながら静かになった彼女の顔を見下ろした。ふいに、サクラのその面影が、別の誰かと重る。
思わず、サクラの頭上に置いたカカシの手の動きが止まった。
暫らく待っても反応のないカカシに、サクラが訝りながら呼びかけた。
「カカシ先生?」
だが、カカシからの返事はない。
「どうしたの」
サクラは自分の頭にあったカカシの手を取ると、不思議そうな声を出す。
心配そうに自分を見詰めるサクラを見て、カカシはようやく理解した。媛を見て最初にあれほど懐かしいと思ったのは、サクラに面立ちが似ていたから。
サクラが未来にそうなるであろう姿を、媛に見ていたのかもしれない。
そうして、媛へとなびく気持ちを引き止めていたのは、きっとサクラへの思慕。
「サクラ、俺好きな人ができたみたい」
「ええ、本当―!?」
ぼんやりとしていたと思ったら当然の告白に、サクラは目を白黒としている。
「だ、誰なの。私の知ってる人?」
女子は一般的に恋の話が好きだ。
興にのって訊いてくるサクラに、カカシは問い掛けた。
「うん。名前言ったら、サクラ協力してくれる?」
「もちろんよ!」
力強く答えるサクラに、カカシはにっこりと笑ってその名を告げた。
あとがき??
河村恵利先生の前田利長、永姫、淀君の関係を、カカサクでやってみました。
他の人に心惹かれて、サクラへの想いに気付くなんて、カカシ先生もよく分からない人ですね。
忍者と姫君の恋。一度やってみたかったんですよ。はぁ。
それをカカシ先生でやってしまおうというあたり、非難囂々なんでしょうが。(汗)
あれほどカカシ先生がらみは、サクラ以外のカップリングは認めんー!と頑固オヤジのように主張していたくせに。
済みませんー。(>_<)媛は“はる”と読みます。ちょっと「ローマの休日」っぽかったり。駄目?