忍草 壱


その日7班が体術の特訓のために訪れた場所には、古い慰霊碑が立ち並んでいた。
慰霊碑には任務中に殉職した木ノ葉の忍びの名前が数え切れないほど明記されている。
休憩時間の合間に慰霊碑を眺めていたサクラは、ある一つの名前に注目した。
「・・・あれ。カカシ先生の名前がある!」
「え!?」
サクラの傍らにいたナルトもサクラの指差した部分を目を凝らして眺めた。
その慰霊碑はかなり年代を経た代物で、苔むした石碑の文字は見難い。
ナルトはその名前の場所を手でなぞり、石に彫られた文字をゆっくりと口にする。
「えーと、カ、カ、シ。本当だ。“はたけカカシ”って書いてあるってばよ!」
暫らくして、ナルトもサクラ同様喚声をあげた。

自分の名前が出たことで、離れで休んでいたカカシは立ち上がった。
隣りにいるサスケは話に興味がないようで、動きはない。
「別におかしくないだろ。同姓同名の人間なんて」
カカシはサクラ達に歩み寄りながら声を出す。
「でも、カカシなんて変な名前、珍しいってばよ」
「・・・悪かったな。変で」
ナルトの言葉にカカシはふてくされたような顔をする。
サクラはそんな二人にかまわず、彼の死亡年代を特定していた。
「えーと、ここに書かれている年号からすると。・・・・300年も前の人よー」
「まぁ、それくらいだろうな」
カカシは前後に並ぶ慰霊碑を見比べながら言った。
彼らの眼前にある碑はこの場所にあるものの中で、最も古そうだ。

「ここに名前が記されてるってことは、書物にも履歴が残ってるかしら」
サクラは慰霊碑の側面に書かれた文字を鞄から出した帳面にメモを取っている。
「なんだ、サクラ、調べるつもりか」
「カカシ先生は気にならないの。同じ名前の人がどんな風に生きたのか」
自分を仰ぎ見るサクラに、カカシは曖昧な表情をする。
気になるといえば気になるが、わざわざ調べるのも面倒くさいといったところか。

「何か分かったら先生にも教えてあげるからね」
カカシはサクラの頭を撫でながら微笑んだ。
「楽しみにしてるよ」

 

翌日から、サクラはさっそく木ノ葉で一番古い図書館で書物と格闘していた。
古文書の写しは持ち出し禁止の貴重な書だ。
古語辞典を片手に、歴史上の事件、各国の情勢と照らし合わせながら調べていく。
一日や二日で終わる作業ではなかったが、もともと勉強熱心なサクラには全く苦にはならない。

300年前の“カカシ”は、確かに当時の書物に名前が残っていた。
詳しい生年月日は不詳。
彼は卯月の乱で命を落としている。
卯月の乱は、現在木ノ葉の里と呼ばれている一帯を治める城主の娘が、隣国への輿入れ途中、両国の結びつきを妬んだ別国の刺客に襲われ命を落としたことに端を発している。
四方の国々を巻き込んだこの争いはやがて世を戦国時代へと導く結果となる。

サクラは発端となった事件の、城主の娘の名前を知りたいと思ったが、それはどこにも記されていなかった。
その昔、女性の身分は極端に低かった。
特別な場合を除き、女性名は全くといっていいほど書物には残らない。
「男女差別よね」
いくら調べても分からないことにむくれたサクラは、呟きながら机に突っ伏した。

図書館に入ったのはまだ昼間だったが、書物を読みながら熱中している間に長い時間が経過し、サクラの視界に入った窓の風景はすでに夕焼けに照らされている。
そろそろ閉館の時間だ。
開架資料を返さなければと思うのだが、身体が重くて動作がにぶい。
午前中の特訓に加え、午後に図書館通いは少しばかり根を詰めすぎただろうか。
「んー」
サクラは椅子に座ったまま軽く腕を伸ばし、うめき声を発した。

 

輿入れの途中で亡くなったお姫様。
婿殿の元へたどり着く事の出来なかったお姫様。
可哀相なお姫様。
彼女は最後に、何を思ったのだろう。

名前は何というの。

 

「サクラ」

優しく呼びかけられ、サクラはとっさに半身を起こす。
いつの間にかうつらうつらとしていたのか、その瞳は寝ぼけ眼だ。
「あれ」
椅子に腰掛けていたはずなのに、目の前にあるのは小さな文机で、サクラは敷物の上に座っている。
それに、図書館で調べものをしていたのだ。
だが、サクラが座しているのは和室の個人部屋。
桜の大樹が描かれた屏風や掛け軸が眼前に飾られている。

「どうかしたのか」
サクラの背後にいた人物が心配そうに声をかけた。
最初にサクラを呼んだのと同じ声だ。
振り返るのと同時に、サクラは顔を綻ばせる。
「・・・カカシ先生」
よく見知った人物に、心から安堵する。

「私、図書館で調べものをしていたのよ」
一生懸命に説明するサクラに、カカシは訝しげに訊ねる。
「図書館って、何だ?」
「・・・・」
訊かれると、サクラも答えることが出来ない。
それに、調べものとは、一体、何を調べていたのか。
混乱して考え込むサクラの頭に、カカシが手を置いた。

「寝ぼけてる場合じゃないぞ。城主様がお呼びだ」
「え、父上が!」
驚いたサクラは大きな声を出す。
一国一城の主として忙しい身である父が、サクラと対面する機会はあまりない。
サクラは何かよっぽどの不始末でもしたのかと慌てた。

「何だろう。お茶とお花のお稽古、さぼったのがばれたのかしら」
おろおろと視線を彷徨わせるサクラに、カカシが吹き出した。
「あの時は、サクラを捜しながらじいやさんが泣いてたぞ」
含み笑いをもらすカカシを、サクラは真っ赤な顔で睨んだ。
だがあまり功を奏さなかったようで、カカシの笑いは止まらない。
「だって、窮屈じゃない。私にはお姫様なんて、向いてないのよ」
サクラは口を尖らせながら言った。

「次に生まれてくるときは、絶対にカカシ先生みたいに忍者がいいわ」
サクラの妙に力の入った主張に、カカシは不思議そうな顔をする。
「何で忍者がいいんだ?」
サクラはゆっくりとカカシを振り返ると、暫しその眼をじっと見詰める。
意味ありげなその視線に、カカシは何故か落ち着かない気持ちになった。
困惑気味に眉をひそめたカカシに、サクラは口の端を緩めて微笑を浮かべる。

「だって、格好いいじゃない」
拍子抜けするサクラの答えに、カカシも相好を崩した。
「忍者だって、格好いいだけじゃなくて、苦労も多いんだぞ」
「えー、例えば」
「そうだな」
カカシはサクラを見下ろしてにんまりと笑う。
「我が侭なお姫さまのお守りとか」
軽く額を小突かれて、サクラは頬を膨らませた。
「何よ。私の警護のために雇われてわざわざ里から来てるくせに、そんなこと言っていいの。お給料減らすように父上に言うわよ」
「冗談だよ。冗談」
そっぽを向いてしまったサクラに、カカシは笑いながら謝罪する。

 

こうして平和に笑い会える日々が残り僅かだということを、この時二人は知る由もなかった。


あとがき??
リョクさんが細かい設定を考えてくださったので、ストーリーはわりと早く決まりました。
つ、続きは、なるべく近いうちにアップしたいですが。(汗)
でもこの話、難しい・・・。

サクラ姫が警護役のカカシ先生のことを「先生」と呼んでいるのは、時代劇で用心棒のことを「先生」と呼ぶのと同じ感覚です。


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