忍草 四


里に戻る予定を急遽変更したカカシは、城主との契約を更新し、再び城仕えの身となった。
きっかけは、もちろんサクラの死だ。
サクラを殺した国を、どうしても許すことができなかった。
何としても一矢報いたいという気持ちからのことだった。

今回の事件がなくても、カカシが里に戻っていたなら、たぶん一生サクラと会うことはなかっただろう。
だが、生きていて会わないのと、死んでいて会えないのとでは、全く意味が違う。

サクラの縁談話を聞いたとき、カカシは動揺したが、さほど慌てたわけではなかった。
いつかは来ることだと、覚悟していたこともある。
そして、サクラとの間には、何にも変えられない絆がある。
どんなに離れても、環境が変わっても、別の人間を伴侶に迎えても、決して変わらぬ思い。
そのことを、お互いが分かっているのなら、サクラがどこに嫁に行こうと構わなかった。

そう思っていたのに。
サクラをがいなくなったことで、カカシは気持ちは完全に行き場を失ってしまった。
逝くのなら、危険な仕事の多い自分の方が先だと思っていたカカシが、思いがけず突き落とされた、孤独の闇。
永遠にサクラを失ってしまったのだという、例えようも無い喪失感。
そのような気持ちを紛らわすためにも、カカシは戦場に向かうことを決めた。
でないと、自分の精神がどうなってしまうのか、カカシ自身全く分からなかった。

 

サクラの死から数ヶ月経つ頃、輿入れに横槍をいれた領との戦は日が経つごとに激しくなり、戦火の炎は城内にも飛び火していった。
城からの避難を余儀なくされたアヤメが最後に向かったのは、大嫌いなはずの草の者の元だった。
近習から、かの者が帰城しているという知らせは受けている。
もう、この機会を逃しては、二度と話しをすることはできないかもしれない。
そうした思いがアヤメを彼のいる場所へと駆り立てていた。

果たして、彼は教えられたとおりの部屋にいた。
彼の姿を視界に入れ、知らず、アヤメの頬が緩む。
だが、交わす言葉の内容は険しく、口調も厳しいものだ。
「聞いたわよ、あんた休みなく前線に出てるんですってね。死ぬつもりなの」
カカシは突然現れたアヤメに全く注意を向けず、視線を他方へ向けている。
黙して話さないカカシに、アヤメは答えを察し、声の音量をあげた。
「姉上は、あんたが死ぬことなんて望んでいないのに」

返ってこない返事に、アヤメは半ば諦めぎみに俯いた。
暫しの時間が経過し、城の内と外から聞こえてくる騒音も激しくなっている。
もう時間がない。
部屋の外で待機している供の者も、アヤメを待ちわびてさぞいらついていることだろう。
唇を噛み締めたアヤメが部屋から退散しようとしたそのとき、カカシは初めて口を開いた。
「分かってる」
アヤメがハッと顔を上げると、それまで背を向けていたカカシが彼女を静かに見詰めていた。
先ほどの自分の言葉の返事なのだとアヤメが気付いたとき、カカシは表情を和らげて言った。
「それでも、サクラのいないこの世界に俺はなんの未練もないんだ」
晴朗で穏やかなその声はいさぎよく、何の迷いもないのだとはっきりと分かる。

「いろいろ心配してくれて有難うな。アヤメ」
初めてカカシの声で聞く、自分の名前。
姉に向けられていたものに近い、温かな声音にアヤメの眼から涙が吹きこぼれる。
「本当にうつけなんだから・・・」

アヤメはこのとき初めて理解した。
自分は姉を思う気持ちと同じくらい、この忍びのことが好きだったのだと。
姿形は全く異なっていても、姉とよく似た、優しい心を持っている人。
アヤメにとって、城内で対等な口調で話すことができる数少ない相手。
アヤメが心から安らげる場所は、姉とこの不遜な忍びのいる場所だけだった。
その二人を、自分は両方とも失おうとしている。
そのことが、アヤメはたまらなく悲しかった。

「元気でな」
やわらかな微笑を浮かべると、カカシはアヤメの前から煙のように姿を消した。
その後、一騎当千の活躍をしたカカシは戦場で命を散らし、二人が再び出会うことはなかった。

カカシの身体は里に戻らなかったが、後に戦功を認められ、慰霊碑に彼の名前が記されることになる。
彼の心情を後世に伝えるものは何も残っていない。
忍びの里の史書に書かれているのは、ただ卯月の乱での立役者となる働きをしたカカシという忍びがいたということのみだ。

 

 

「サクラ」

肩を叩かれ、サクラはびくりと身体を震わせる。
見上げると、見慣れた顔。
居眠りをしていたのか、白昼夢を見ていたのか、ぼんやりと視線を彷徨わせるサクラを心配そうに見ていた。

「大丈夫か」
サクラは頷くと、軽く目元を擦りながら傍らに立つカカシを見上げる。
「カカシ先生、何でいるの」
「毎日図書館に通ってるみたいだから、今日もここかと思って。サクラ、最近疲れてるみたいだし、あんまり無理するなよ」
思いやりのある言葉をかけられ、サクラは戸惑い気味に答える。
「うん。今日はもう帰るわ」
サクラは慌てて資料を片付け始める。

広げたまま散らばしていた本をまとめるサクラに、カカシはしみじみと声を出す。
「お前、そんなに勉強好きなら、忍者より学者になった方がいいんじゃないか」
「何よ。忍者は向いていないって言いたいの」
むくれるサクラに、カカシは微かに苦笑する。
「いや、そうじゃないけど」
カカシは少し口調を真面目なものに変えてサクラに訊ねた。
「前から聞きたかったんだ。どうして忍者になりたいと思ったんだ」

問われて、サクラは言いよどむ。
改めて聞かれると、明確な理由などないことに気付いた。
ただ、幼い頃からなんとなく忍者になるのだと決めていた。
だがその微妙な感情をカカシに伝えるのは難しい。

「だって、格好いいじゃない」
適当な答えを見つけてサクラは笑いながら言った。
カカシは呆れ顔でサクラを見遣る。
「忍者だって、格好いいだけじゃなくて、苦労も多いんだぞ」
ため息混じりに呟かれたカカシの言葉。

 

会話の直後。
ふいに襲った奇妙な既視感。

 

カカシとサクラは同時に顔を見合わせる。
「・・・なんか、先生と似たような会話したことなかったっけ」
「いや、たぶん、ないと思うけど」
互い首をかしげる。
暫しの間、二人は口をつぐんで考え込んだ。
確かに覚えがあるのに、記憶をたどっても全く分からない。

「まぁ、いいや。サクラ、明日も任務があるんだから早く帰れよ」
釈然としない気持ちを抱えながらも、カカシはサクラに指示をする。
立ち去ろうとしたカカシを、サクラが呼び止めた。
「あ、先生ちょっと待ってよ。一緒に帰ろ」
サクラは椅子から立ち上がると、山積みになっている開架資料と辞書を持ち上げる。
足元をふらつかせて歩くサクラに、カカシは大部分の本をサクラの手から奪い取って言った。
「一度に持てないときは、分けて運べよ」
資料を片手にスタスタと受付に向かって歩き出したカカシのあとを、サクラが笑顔で追いかける。

「明日の任務、何だろうね」
「さあ。どうせまたナルトが嫌がるような雑用だろ」
サクラの問い掛けに、カカシは視線を前方に向けたまま返答する。
「でも、もし困難な任務でも大丈夫よね。カカシ先生がついてるし」
「まあな」
当然とばかりに答えるカカシに、サクラはくすりと笑った。
サクラは、繰り返し言葉を紡ぐ。

「カカシ先生と一緒だもんね」
サクラは何故か浮き立つ心でその言葉を呟いた。
傍らにいるカカシの存在を、甚だ頼もしく思いながら。


あとがき??
リョクさんのリクエストは
・ 輪廻転生モノ
・ 戦国時代みたいな時
・ カカシとサクラの前世(年齢差は今くらい)
・ 死ぬ
・ 生まれ変わって今の忍者の教師と生徒で出会って今度こそ結ばれる
というものだったのですが、うまく消化されてますでしょうか。(汗)

最初にリクエストを見たとき、正直悩みました。リク内容がとても細かく設定されていたので、私に書ききれるだろうかと。
いつも以上に手探り状態で書いてました。
ですが史学科の私にとって、時代物はまさに私の領域。
苦労しましたが、その分思い入れが強くなりました。
サクラの死は自害の方が時代にふさわしいのですが(敵に殺されることが恥になるらしい)自殺した人間は二度と生まれ変われないので、あのような感じにしました。

草=忍者
忍草=慕い思う原因となるもの
こうした意味から、タイトルを決めました。

長い事お待たせして申し訳ありませんでした。
11000HIT、リョク様、有難うございました。


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