花のことば愛のことば U


ここは天国だろうか。

だって自分のすぐ傍にはサクラがいる。
夕焼け野原を二人並んで歩く。
この場所は知っている。
里の外れにあって、天候の良いときは本当に綺麗な夕日が見れる絶景のポイント。

サクラの短い髪が、彼女の歩調に合わせて肩の上でわずかに揺れる。
俺が知っているサクラはもっと小さかったはずだ。
それなのに、今隣に歩く彼女の身長は自分の肩にとどくところにある。
これなら屈むことなしに、少し顔を傾ければ視線を合わすことができることだろう。

やだな。
自分の願望が出てきてしまっているのだろうかとあさましく感じる。
自分が見つめていたことに気づいたのか、サクラが俺の方に顔を向けた。
目が合うと彼女は嬉しそうに笑ってその手を俺の手に絡ませてきた。

言葉はいらなかった。
自分はこれ以上ないほど満たされている。
特別な人が傍にいるというだけで感じることのできる幸福もあるのだと知る。

そうだ。
この風景は未来にあったかもしれない出来事。
サクラの言うとおりにこの任務を放棄していれば、きっと俺は彼女のとなりで笑っていられたんだ。

人生に悔いがないなんて嘘っぱちだ。
俺は最後の最後で大きな悔いを作ってしまった。
これからも彼女の成長を見守っていたい。
もっともっと彼女の笑顔を見たい。

生きたい。

失えないかけがいのない存在ができて、初めて強くそう思った。
そして、同じように生きたいと願う数多くの人間を殺めてきたという罪深さに改めて気づき。
涙が出た。

 

 

目が覚めると、そこは真っ白で、やけに息苦しいと感じる空間。
病室だった。
信じられない事に、俺は一命をとりとめたらしい。
死んだと思っていた仲間が救援を呼んでくれたおかげだった。
抜け忍がどうなったかは知らないが、皆の様子を見ていると、たぶん上手く始末したのだと思う。

未だに生きているということが事実として受けとめることが出来ずに呆然としている自分に、担当の看護婦が声をかけてきた。
「それ、よほど大事なものなんですか?」
「え?」
看護婦の指さした先は、握り締めたままの自分の右手。
「その手、どんなに開かせようとしても絶対開かなかったのよ」
見るとよほどきつく握り締めていたのか爪が手のひらに食い込んでかさぶたが出来ている。
すっかり固まってしまった指を苦労して少しずつ動かしてみる。
一本、二本。

そこにあったものは、俺の血がこびりついたサクラの守り袋。
サクラがいなかったら、きっと俺はこの場にはいなかった。
確かにこのお守りは自分を救ってくれたのだ。
血まみれの守り袋を見て、俺はようやくこれが夢ではないのだと実感する事ができた。

 

「先生ってば、もう動いたりしていいの?」
ナルトが扉をあけるなり驚いた声をあげた。
ようやく面会謝絶の状態から抜け出たことを聞きつけて、ナルトとサスケはさっそく見舞いに来たのだろう。
だが、病室の扉の前にはまだ絶対安静と書かれた札がぶら下がっている。
それなのに自分は今腕立て伏せならぬ、指立て伏せをしている最中だ。
「平気平気。早く体の調子戻して任務に復帰しないとお前らも自習は飽きたろ」
それもそうだが、瀕死の重傷で発見されたのはつい3週間前だというのに、どういう体の構造をしてるんだこの上忍の先生は、という二人の心情が顔にありありと出ている。
それでも、彼らもそれなりに心配しているのが伝わってきて嬉しかった。

「サクラは?」
てっきり見舞いに来る時は三人一緒だと思っていたので、彼女がいないことが意外だった。
ナルトとサスケはサクラの名前を出したとたん、ためらうような動作をした。
二人のその珍しい行動のおかげでとても不安な気持ちになる。
「何かあったのか。まさか怪我をしたとか病気だとか」
「いや、そういうことじゃない」
サスケは俺の言葉を即座に否定する。
「あいつは倒れたんだ」
「倒れた?」
自分の見た限り、彼女は健康そのもの。
最後に見た彼女も、取り乱してはいたがどこか具合が悪いところがあるようには見えなかった。

「カカシ先生が重症だって聞いて皆病院に集まったんだけど、サクラちゃん手術が終わっても先生の意識が戻るまで帰らないって言ってずっと祈ってたんだよ。睡眠も食事もとらなかったから、随分皆心配してた」
その時の状況を思い出したのか、涙ぐんでしまったナルトの言葉をサスケが続ける。

「それでお前の意識が戻ったとたん気が緩んだのか、今度はあいつが倒れたんだ。今はすっかり元気みたいだから今日も誘ったんだが」
「誘ったけど、何?」
言いよどんだサスケに俺は先を促す。
「行かないって言われた。なんだか怒っているようだった」
サスケは困惑した表情で言った。

怒ってるっていうのは、やはりあれかな。
怪我をしないと大嘘ついたことを根に持ってるのだろうか。
苦笑してる自分に、理由を知りたいらしいサスケの視線が向けられているのを感じたが、あえて黙っておいた。
二人だけの秘密を持つというのも悪くない。
「お前らには心配かけたな」
そう言って二人の頭をくしゃくしゃっと撫でる。
ナルトは嬉しそうに、サスケは照れくさそうに笑った。
7班の下忍を担当できたことは俺にとって、とんでもない幸運だったのかもしれない。

 

それからまた暫く時間がたったが、サクラはいっこうに自分に会いに来る気配がない。
痺れを切らしたのは俺の方だった。
忍びに忍耐がなくてどうするんだという気もするが、会いたいものはしょうがない。
こうなったら素直にあやまってしまうことに決めた。

外に出たところをうっかり看護婦に見つかるとかなり煩いので、夜中にこっそり病室を抜け出して彼女の部屋の窓を叩く。
彼女の部屋は二階だが、まだ術は使えなくても、木登りくらいなら可能だ。

「先生!?」
俺に気づいた彼女はすぐに窓を開けてくれた。
そして一瞬嬉しそうな顔を見せたが、すぐに表情は怒りのものに変わる。
「なによ。先生の嘘つき」
お姫様はまだご機嫌斜めの様子。
でもその怒りの表情も長くは続かなかった。
自分を睨むように見つめる瞳がだんだん潤み始める。

まいった。
怒られるより、泣かれる方が数倍辛い。
抱きしめようとして手を伸ばしたけれど、思いきり拒絶されてしまった。
「本当に本当に心配したんだから」
止まらない涙を手でぬぐいながら、自分に対する恨み言を言う。
「ごめん。サクラにもらったお守り駄目にしちゃったんだ。それでこれはお詫び」
そこで俺はとっておきの切り札を出すことしにした。
今回彼女に持ってきたのはカタバミの花。
花を受け取ったサクラは暫し思案に沈む。

そして意味を察することができたのか、叙々に彼女の瞳から涙がひき始めた。
「先生、花言葉知ってるの?」
サクラの問い掛けに、待ってましたとばかりに俺は答える。
「もちろん。“私はあなたとともに生きる”だろ」
その返答に、サクラはようやくいつものように俺の懐に飛び込んできてくれた。

恥ずかしながら、看護婦の人にお願いして花言葉の載っている本を購入してきてもらったのだ。
そして、彼女の不安を取り除くことのできる言葉をもつ花をわざわざ選んだ。
忍びの仕事をしているかぎり、安易に約束などするべきではないことは分かっている。
それでも、これは俺自身の願いでもあったから。

「正解よ」
正解者への賞品はもちろん、サクラのとびきりの笑顔と祝福のキス。


あとがき??
長かった。(Tとくっつけての感想)
もとは二つの話だったのをドッキングさせたからね。
私、花言葉なんて全く知らないからなぁ。本によって同じ花でも意味が違うし。
私はこう解釈したと思ってくださいな。
ちなみに、花の咲く季節はそれぞれ違うと思います。(駄目じゃん!)

笑顔とハッピーエンドがモットーの私の作品で死にネタはありえないのでした。(「るろ剣」のよう)
暗い部屋はこことは別物なので、そのうち死にネタ、バンバン使うだろうけど。

それにしても、甘甘。ひー。
っていうか、この二人いつのまにできていたのよ。うーん。


駄文に戻る