花のことば愛のことば T
任務の途中で偶然見つけた赤いアネモネの花。
サクラは女の子だからこういうの好きかな、と軽い気持ちでその花を摘んだ。
他の二人がいると何かと煩そうなので、サクラが一人になったところを見計らって花を差し出す。「サクラ」
「なに、カカシ先生」
「これ、プレゼント」驚いて目を見開いたサクラは、次の瞬間には目の前の小さな花に負けず劣らずとても可愛いらしく笑った。
そしてそんな彼女の顔を見て、自然に自分の顔もほころぶ。
プレゼントは実は相手のためではなく、相手の喜ぶ顔を見て自分が幸せな気持ちになるためのものなのだと聞いたことがあるが、まさにその通りだ。「先生、有難う」
「いえいえ」
高級な花というわけでもないのにそこまで喜んでくれるとまたいろいろな花を彼女にプレゼントしたい気持ちになる。
今ままでどんな女子にも花など渡した事は皆無だというのに。
嬉しそうに花を眺めていたサクラがふいに視線をあげて自分を見た。
心なしか頬が赤らんでいると思うのは気のせいだろうか。「先生、この花の花言葉、知ってる?」
「花言葉?」
花にはそれぞれ意味のある言葉がついているということは知っている。
しかし、一般男子でその言葉をいちいち覚えているやつがいたら相当の花好きだろう。
そして自分はその部類の人間には属していなかった。「全然。知らない」
正直に答えると、にわかにサクラの表情が曇った。
「先生の馬鹿」
眉間にしわを寄せたサクラは、低い声でそう呟くとさっさと自分に背を向けて歩き出した。
急に態度を硬化させたサクラに、俺は暫しあっけにとられる。
さっきまで笑っていたのに。
自分にはサクラが不機嫌になった理由が全く分からない。
女心を秋の空とはよく言うが、あんなに小さくてもサクラは女なんだなぁと実感してしまった。
「花をプレゼントして怒られた?」
「そう」
任務報告の帰りにたまたま俺と同じ下忍担当の紅に出くわしたので、同じ女ならサクラの不可解な行動の意味が分かるかもしれないと、状況をおおまかに説明する。
「俺、もしかして嫌われてるのかなぁ」
肩を落とした自分に紅は苦笑して言った。
「本当に馬鹿ねぇ。その娘はあなたのプレゼントが本当に嬉しかったのよ」
サクラだけでなく紅にも馬鹿だと言われて、さすがに俺はムッとして紅を睨む。
「お前は知っているのか。アネモネの花言葉」
「知ってるわよ。これでも一応女の子だし」
何気に女の子の部分を強調してる紅に、そんな年でもないだろうと心の中でよけいなつっこみを入れる。「でも無意識にその花を選んだんだとしたら、カカシにしては上出来なんじゃないの。あなたが女の子の行動に一喜一憂してるなんて本当に珍しい事よね」
紅は自分に向かって意味ありげに笑いかけた。
すると、どこからか殺気のこもった視線。
顔は動かさずに視線だけを向けると、ナルトと仲の良い中忍のイルカ先生がこっちを睨んでいた。
たぶん紅を待っていたのだろう。
別に中忍が怖いわけでもないが、変に誤解されるといやなのでそのまま会話を中断し、俺と紅はお互い別方向に歩き出す。そして、俺はサクラに花をあげたことも、紅との会話のことも全く忘れてしまった。
「今日の任務は終了。明日は俺にA級の任務が入ったから、お前らは自主練習しててね」
下忍を担当している上忍に任務が入るということはままあることだ。
今回が初めてというわけでもないし、ナルトやサスケは自分の言葉にあっさりと納得してそれぞれ帰路につく。
ただ、サクラだけが違った反応を示した。「先生・・・」
いつもならサスケを追いかけるか、ナルトを追い払うかのように小走りで去るサクラが、いつまでも自分の傍で棒立ちになっている。
実に奇妙だ。
「どうした」
サクラの頭に手を置いて尋ねる。
サクラは自分の服のすそをしっかりと握り締めながらこう言った。
「行かないで・・・」
サクラを見おろす格好となる俺からは俯いているサクラの表情は分からない。
それでも少し震えたその声から、彼女が泣いているということを推測することは簡単だった。「サクラ?」
サクラの頬に手を置いて自分の方を向かせる。
涙でぬれたその瞳は真剣だ。
「先生、今度の任務は行っちゃ駄目!」
サクラは俺にしがみつくとそう叫んだ。
必死な物言いに不安になる。
今回の任務について、何か知っているのだろうか。「どうしてそんな事言うんだ?」
「先生が死んじゃう夢を見たの」
その言葉に俺はホッと息をつく。
夢と現実を混同するなんて、やっぱりサクラは子供だ。
「サクラ、それは夢だろ」
「私の夢はあたるのよ。お願いだから行かないで」手を離せば俺が二度と手の届かない場所に行ってしまうと思っているかのように、サクラは俺の服を離そうとしない。
子供に泣いて頼まれたことなどなかったから、これにはかなり動揺してしまった。
どうしよう。
任務になんて行かないで、このままサクラの傍にいると言いたくなった。
もちろんそれは叶わぬことだ。
部下に泣いて頼まれたので、などという理由で火影さまからのお声かかりの任務を放棄なんてできるはずもない。
聡明なサクラなら誰よりもそのことを理解しているだろうに。「サクラも忍者なんだから分かってるだろ」
厳しい口調でサクラを諭す。
サクラはようやく服を掴んでいた手を離したかと思うと、自分の懐を探って何かを取り出した。
「じゃあ、これ持っていって」
小さなお守り袋を俺の手に渡して強く握り締める。
「ちゃんと返してくれないと駄目だんだからね。絶対よ」約束のつもりだろうか。
それともまた会う事ができるようにとのマジナイだろうか。
そんなものに頼るなんて可笑しいと思ったが、サクラの真剣な顔を見たら到底笑えなかった。
俺はそれを大事に胸ポケットに入れてしっかりと頷く。
「波の国では不覚を取ったけど、お前の先生は強いんだぞ。怪我なんてしないから安心して待ってろ」
そんな大口をたたいておいてこのざまだ。
任務内容は木ノ葉の森付近で目撃された抜け忍の始末。
ターゲットはたかが一人。
上忍三人を送り込めば簡単にことはすむと誰もが思っていた。
そして、それが油断に繋がった。敵は同じ顔を持った双子だった。
しかも血継限界の持ち主。
内通者がいたのか、一人だという偽情報をすっかり信じきっていた俺たちはまんまと敵に裏をかかれてしまった。今、俺は生きるか死ぬかの大怪我をおって、木陰にうずくまっている。
気配はたっていても、この深手だ。
すぐ敵は血の匂いをかぎつけてくるだろう。
どっちにしろ、このまま傷を放置しておけば長くない。
すでに味方は全員死亡。
助けが来る可能性はゼロ。
ということは、俺がすべきことは決まっているようなものだった。死体から写輪眼の秘密を探られる前にこの身体を始末する。
その術は分かっているし、やるならまだ体の動く今しかない。
暫くすれば体の感覚がなくなってしまう。
そうなってからでは遅い。生に対する執着はもともと希薄だった。
忍びが畳の上で死ねる事の方が稀有なことだ。
まだまだやりたいことはあったが、今までの人生に後悔はない。
・・・それなのに。
そのはずだったのに。
何故自分は命を絶つことをこんなにも躊躇しているのだろうか。気がつくとサクラのお守りの入った胸ポケットに手をやっていた。
持った時にやけに軽く感じたが、中には何が入っているのだろう。
袋を振って中身を手のひらに出す。出てきたものは、一枚の紙切れ。
濡れても大丈夫なように加工された透明なビニール素材の中に一輪の押し花が貼り付けられ、隣にその花言葉か書かれていた。『花言葉 “君を愛す”』
紅の言葉が唐突に思い出されて、そんな場合ではないのに破顔してしまった。
確かに俺にしては上出来だったよ。自分が何気なく渡した花を後生大事に押し花にして持っていたサクラ。
自分に泣いて行かないでくれと言ってくれたサクラ。
そして、いつもの元気いっぱいのサクラの明るい笑顔。
生死の境をさ迷う状況で、思い出すのはサクラのことばかり。
こんなになるまで自分の気持ちに気づかなかったなんて、本当に俺は馬鹿な奴だ。忍者は大切な人なんて作るべきじゃないな。
身体を始末しそこねてしまった。
ほら、もう指一本も動きそうにない。
薄れゆく意識の中、サクラをいとおしいと思う気持ちだけが俺の心に残った。
あとがき??
ギョエエェー。なんて凶悪なところで終わってるんだ。
Tとあるところからお分かりのように、Uに続いています。
もうちょっとだけ続きそうだったから。
できるかぎり、一話完結の話を載せていこうと思っていたのだけれど。
でも、これも一話完結として読もうと思えば、読めるか。
・・・いや、それでは苦情がきてしまう。(たぶん)何気にイル紅入ってるし。(笑)
カカシ先生の「全然」は、真田広之のCMと同じ口調だと思ってください。続きは早々に掲載します。済みません〜。